先日 神奈川の実家の

さいごの点検に 兄と行って

捨てるのはしのびなく

持ち帰って来たものです


①飾り棚にあった

ブルドックソースさんの記念品

台に 1971年とありました


鋳物でずっしり重たいです

調べてみたら

メルカリでは 20000円となっている気づき

玄関に置き 番犬にしました



②兄と私が小学生の頃に使ったハーモニカ

洗って 磨きました

母が 捨てないでいたことを知って驚く



③緑色の ミニー達

庭に夏みかんの木があったり🍊

家族中で はっさくが大好きで

よく食べていたので

この皮剥きを使っていました

私は とりさん って呼んできたけど

ミニー という名称があるらしい気づき


赤いネット入りの はっさくに

おまけで ミニーが入っていた

昭和の時代。


まるに いの字

"出水地区柑きつ連" と

鹿児島県の配布者名があるのは

珍しいかも。


調べてみると

このミニーは 色とりどりで

今でも安価で買えることがわかった


④レトロなゴミかご

もしかしたら

昭和30年代のものかも。

しっかり作られていて

いたんでいないのが すごい。



⑤縄文風の花器など 

母もこんなのが好きだったのね

母が生け花をしていたので

花器、花瓶 いくつか持ち帰りました



⑥鎌倉彫風の。。。

A4用紙 が入る大きめな箱です

木製か?すごいなー!と思ったら

ずっしり重たいけれど

プラスチック製なので 驚きました気づき


箱の裏に

"贈 株式会社 〇〇"

と金色の文字で書いてありまして

調べてみたところ 横須賀市内の

その会社はなくなっているようですが

〇〇ビル は健在とわかりました


私が送った

わがやの子供達の写真がたくさん

出てきたので この箱に収納しました



⑦母の洋裁関連のもの


母が生きた証のようなものだ悲しい飛び出すハート


母は 若い頃 洋裁を習っていたので

大抵のものは縫えた

編み機を買って 子供達にニットものも

たくさん作ってくれた 器用な人だった


私は21-24歳までフラメンコをしていて

その衣装も縫ってくれました


母の洋裁用の木製の 低い台があって、

幼い頃 私は 

その台の片脚をたたんで 滑り台にして

きゃっきゃ気づきと遊んでいたこと

思い出しました


母は おこらなかったな。

すべてにおいて 寛大でした。


⑧緑の 健康だるま達

(贈ったのは12年前です)

両親の健康を祈願して

私が贈った 高崎だるまです


あまり長患いせずに

ふたりとも天寿をまっとう出来たので

ご利益はあったと思う





だるまを贈った当時は

父は透析治療 10年目でした

10歳だった長男が書いてくれた手紙、

だるまの裏に たたんであるのを

見つけました😢


良い言霊、純粋な願いって

大事なのかもしれません。

父はその後 4年も生きられたので。


⑨父と母の若い頃のアルバム

結婚式の写真、家族写真など



見せてもらった事がなかった写真

昭和39年2月です

この世に居ない人も多いので

兄と見て しみじみ しました



⑩生き残り頭脳ゲーム


子供の頃大好きだったゲーム⇩


きょうだいで遊んだり

近所の子供達も大好きで 楽しく遊んだ


帰省時に うちの子供達も遊んで

たくさん思い出があるので

捨てられませんでした

(知ってる方いるかな。。?)

ボロボロの箱に収まっています


年末 家族が集まったら

遊びたいと思います照れ気づき


ありがとうございました♪