軽気(kalki)のまにまに

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- 本気で性格を変えたい人へ -
なぜ性格を変えるのは難しい?
どうすれば性格を変えられる?
無意識とは?
どうすれば無意識を意識できる?
無意識の意識化など解ります。

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それは、考えが甘いですよ。
他人(ひと)の嫌がることをすれば、次の瞬間、自分が他人(ひと)から嫌がらせされる
恐怖に怯えることになります。
傷つければ傷つけられる恐怖。殺せば殺される恐怖。いじめればいじめられる恐怖。
この恐怖は死ぬまで続きます。逃げれば逃げるだけ、正当化すれば正当化するだけ
自分が苦しむことになります。自分がそうなのだから。
傷つけたから自分が傷つけられてもしょうがない。
殺したから自分が殺されてもしょうがない。と思うことで恐怖や不安を和らげることは出来るけど
他人(ひと)の嫌がること(自分がされて嫌なこと)は、しないことが、ぶなんでしょう。
この恐怖や不安は、未遂なら無意識の意識化で解放されるけど、
やってしまった人は諦めるしか方法はないのです。

 

善があると言う事は、自分の中にある悪の表れです。
馬鹿にしてやる(悪)って思ったから、馬鹿にしちゃいけない(善)って思った。
殺してやる(悪)って思ったから、殺しちゃいけない(善)って思った。
馬鹿にしてやるって思ったことがない人は、馬鹿にしちゃいけないもない。(無)
殺してやるって思ったことがない人は、殺しちゃいけないもない。(無)
この無の状態が心の平穏です。恐怖や不安から解放された状態です。

 

無意識を意識化すると気にならなくなります。
馬鹿にされても気にならない。
殺される恐怖も気にならない。
ただ、それだけって思うかもしれませんが、これが重要なことなのです。
身体をケガした時、ズキズキして傷口が気になりますが、癒えれば傷が気にならなくなります。
心の傷も身体の傷といっしょ。心の傷も癒えれば気にならなくなります。

 

無意識を意識化する方法は人それぞれだと思う。
重要なことは、
無意識(拒絶している感情)を受け入れる。
思考パターンを変える。
私の場合は、
「思うだけならあり」
「馬鹿にしてやる」そんなこと考えちゃいけない(感情の拒絶)→無意識 を
「馬鹿にしてやるって思ったけど、やっぱやめとこう」→意識化
「殺してやる」そんなこと考えちゃいけない(感情の拒絶)→無意識 を
「殺してやるって思ったけど、やっぱやめとこう」→意識化
こんな感じです。
大人なら簡単なことです。ただ子供は難しい。
三つ子の魂百までとことわざがある通り子供の頃に拒絶した感情(無意識)を意識化する
ことで、心の傷(トラウマ)を癒すことができるようになります。

 

他人(ひと)は、自分の無意識を映し出す鏡です。
果たして、その人が本当にそうなのか?本人でしか分からないことなのに、
こいつは、こういう奴だと決めつけるのは、「自分がそうだから」
「自分がそうだから、そう思うだけ」なのです。
嫌いな人とは、自分の中にある嫌いな部分を映しているだけ。擦り付けているだけ。
嫌いな人の嫌いな部分が、自分が囚われている無意識です。
この無意識を意識化することで、性格を変えることができるようになります。