慶長2年6月12日(1597年7月26日)没。
旧暦なのでグレゴリオ暦だと違う。
毛利元就の三男。
超愛妻家。
毛利家は、戦国時代ここまで仲の良かった兄弟はいないだろうってぐらいに仲が良いです。
お父さんの元就公が実弟謀殺してますから、自分の子ども達はそうならないよう口を酸っぱくして訓戒(脅迫?)しました。
14歳で初陣して、支城を陥とすというとんでもない才能みせてます。
毛利家の元上司にも、人たらしの猿にも気に入られて、陪臣でありながら五大老に抜擢。武将評価では常に上位にランクインしてます。
あの黒田如水とさえ友達になれるという懐の広さの持ち主。
元就公が70過ぎても子どもつくっちゃったりしたもんだから、異母弟たちには「お父さん」ポジションで慕われていたようです。
ただ毛利家当主の毛利輝元公の教育はスパルタ…と本人達は思っていたようですが、まだまだ甘かったようで毛利家の衰退を招いてます。
なまじ自分たちが優秀だったから後継をしっかり育て忘れたか…?
欠点は猿曰く「勇気が足りない」らしいが、もし勇気があったら中国大返しのとき全力で追撃しているだろうから、猿はもっと感謝するべきだと思う。
顔も良くて頭も良い。
天は二物を与えたようですが、そのわりに得をしたように思えないのは…元上司や養子のせいかもしれません。