あなたの瞳に映るもの

 それが全てだと思わないで

 まだ青すぎる実を拾いながら笑う横顔

 その苦さを知っても小さな翼が運ぶものは輝いて

 生まれて来ただけで完璧だと

 飛び立つ後ろ姿を抱いた



 マスカレイド 一話
 Little Bird




「また、現れたらしいよ」

「只の噂じゃ無かったの?」

「最近、多いよね」

「本当に居るのかな?」

「さあね…でも捜査員の人は捜してる」

「見た人も居るらしいし」

「三眼の怪物だって」

「あれ、昆虫人間じゃないの?」

「異世界の悪魔とか」

「突然変異した怪人かも」

「どっかの研究所から逃げ出したミュータントだったり」

「「「「怖いよね~」」」」


 それは只の都市伝説や噂の類いの話。
 言うだけ言って、やがて旬を過ぎれば忘れられていくだけの、下らない人づての伝言ゲーム。

 半年前位から広がり始めた真偽の判らない与太話。
 子供達にとってみれば他愛の無い連帯感を生むだけのきっかけでしかなく、それに自分が巻き込まれる等とは夢にも思わない他人事。

 それはリングと同じで表と裏は決して交わらない。

 だが世の中には『メビウスの輪』という物が存在し、表が裏に裏が表に変わる事もごくごく稀にあったりもする。





「てやあ!!」
「たあぁぁ!!」

 そこは中央第四区の公民館、そのストライクアーツ練習場。

 そこで組手を行っているのは、赤毛と金髪の健康美な二人。

 周囲から注目を浴びながらも、二人の組手は続く。

「やっぱり、ノーヴェさんとヴィヴィオの組手は迫力あるね、コロナ」
「インターミドルが終わってから、更に気合い入ってるから。リオだって、そうでしょ?」

 インターミドルと呼ばれる大会が終わり1ヶ月程が経った。

 色々な出会いと戦いを通じ、心を通わせ己が力を競い切磋琢磨しあい、そこそこの成績を修めた少女達。

 が、彼女達の青春が終わった訳では無い。

 それぞれの力量を知り、新たな目標に向かう少女達は特訓に余念が無かった。

「よしっと、そこまでだ。ヴィヴィオ」
「ええっ、まだ私はやれるよ?」
「お前に余力があっても、時間に余裕は無いんだよ」

 組手をしていた赤毛―ノーヴェ―が構えを解く。

「う~ん…それじゃあ、しょうがないけど…」

 少し不満そうだが、金髪の少女も構えを解く。

「クリス、モードリリース」

 タオルを抱えて宙を浮かんできた兎の外装をしたデバイス『セイクリッドハート』が、美少女の魔法を解く。
 光に一瞬包まれ、金髪の少女は『大人モード』から十歳の姿に戻っていた。





「ヴィヴィオ、何焦ってんだよ?」

 練習を終えリオやコロナと別れ、夜が深まり暫く経った夜道で、唐突にノーヴェは切り出した。

「んん、どうして?」
「最近のお前は、何かに急かされてる様にしか見えないからよ…」

 大会が終わってからのヴィヴィオは、特訓に余念が無い。
 以前よりも更に強くなる為なのだろうが、過剰な訓練は身体に悪いのである。
 明らかに身体への負担が増加している事を、この少女は自覚しているのだろうか?

「う~ん、確かに早く強くなりたいし…ミウラちゃんと再戦の約束もしたし、もっと色んな人とも戦ってみたいし…そう思うと、何だか居ても経っても居られなくて」

 笑顔で答えるヴィヴィオに苦笑いするノーヴェ。
 強くなる事と、競い会う事が楽しくて楽しくて仕方ないのだろうが、それで身体を壊しては元も子もない。

 まして、彼女の事を心配している人間と疎遠になりつつある事等、考えもしてないだろう。


 最近は無限書庫に殆ど顔を出してくれないとボヤいていたユーノ。
 裏方であり地味な存在である彼。

 だが…そのユーノこそがノーヴェにヴィヴィオのコーチを頼んだ張本人であり、彼女の身辺警護に一番苦心していた事を知る者は少ない。



 スカリエッティ製作のナンバーズ達は、普通の管理局局員達が評価するよりもユーノの事を遥かに高く評価している。

 スカリエッティ自身がユーノに対し好意的(ノーヴェ達後発組は理由を知らない)であり、無限書庫が本局にあったので直接的な襲撃こそしなかったが、彼と無限書庫を野放しにしたのが敗因だとクアットロは考えているらしい。



 全体を見渡しつつ細部への気配りを忘れないユーノ。
 その彼の情け無さそうな顔を思い出すと、ノーヴェはヴィヴィオに全てを打ち明けたくなる衝動に駆られるが、ぐっと堪える。
 彼はそんな事を絶対に望まないであろうから。

「…まあ、その…何だ。あんまり根を詰めすぎて、身体を壊しても仕方ないしよ。珠には身体を休める意味も兼ねて、普段会ってない人とかに会いに行ってみるとかどうだ?」

 それは、ノーヴェにとって微かな老婆心。
 余計な事かと思いつつ、この程度ならばと。

「う~ん、ノーヴェがそう言うなら…お爺ちゃん達も会いたいってメール来てたし…」
(そっちじゃねー!)

 ガックリと肩を落とすノーヴェ。


 ―そんな時―


「あれ、クリス? どうしたの?」

 人気の無い公園に差し掛かった時、兎のぬいぐるみを模した外装のデバイスがヴィヴィオの鞄から飛び出す。

「どうしたんだ?」
「わ、判らない…こんなの初めてだよ」

 公園の林の中へと飛んでいく愛機をヴィヴィオも追いかける。

「あ、おい!? 何処へ―」

 ノーヴェもそれを追いかけようとするが、彼女は気付いてしまった。

「…何だ、お前は?」
「へえ…粗悪品の癖に、俺様に気づきやがったか」

 そこに居たのは、指輪やチェーン等で不良っぽい姿の青い髪の男。
 その男は、ノーヴェの遺伝子的に『弟』に当たる少年とよく似ていた。

「ホクト…?」
「ああん? ああ『ゼロサード』の事か…あんな試作品と一緒にすんじゃねえよ『劣化コピー』が!」





 林の中を真っ直ぐ飛んでいくクリス。
 そして、それを追うヴィヴィオ。

「止まって、止まってったらクリス!」

 ヴィヴィオの制止にも関わらず飛び続けたクリスは、やがて一本の木の根元へと降りる。
 そこ居たのは赤黒い一匹の小動物。

「これって…」

 追い付いたヴィヴィオが確認するに、それは一匹のイタチ科の生物だった。
 ぐったりとしているが、微かに息をしている様で腹部が少し上下している。

「ど、どうしよう!?」

 慌てるヴィヴィオに右手を胸に当てて頷くクリス。

「任せてって?」

 クリスは一つ頷いた後で、イタチに向かって治癒魔法をかけ始める。

「クリス…?」

 こんな魔法をクリスに登録した覚えの無いヴィヴィオは、不安そうにクリスとイタチを交互に見る。
 やがて、イタチはその小さな瞳を開いた。

「…ここは…」

 少し震えた後、イタチが小さく呟く。
 明らかに人の声だったので、思わずヴィヴィオはイタチに語り掛けてしまった。

「き、君、喋れるの!?」
「…くっ、しまった…」

 ヴィヴィオの声に驚いたのか、イタチは起き上がろうとするがフラフラと体勢を崩す。

「だ、駄目だよ、じっとしてないと! 今、獣医さんに―」

 横たわって動けないイタチを抱えるヴィヴィオ。
 そこで初めて彼女は気付いた。
 生暖かいヌルッとした感触で、イタチの毛色の意味に。

「ひっ!?」
「僕に…触るな!」

 抱き上げたままの体勢で固まったヴィヴィオを怒鳴るイタチ。
 思わず落としそうになるのを何とか我慢する。

「くっ…僕を置いて、さっさと逃げろ。巻き込みたくないんだ!」

 力なく身を捩るイタチだったが、ヴィヴィオは彼を手放せない。

「だ、駄目…ちゃんと獣医さんに…傷の手当を…」

 暗い林の中で判らないが、ヴィヴィオの顔からは血の気が引いている。
 未だ嘗て、こんな状況を体験していないので当然といえば当然なのだが。

「…遅かったか」

 イタチの呟きと同時に、ヴィヴィオの横の木へと誰かが叩き付けられる。

「ノーヴェ!?」
「へっ、『劣化コピー』ごときが…俺に敵う訳がないだろうが?」

 叩き付けられたのはバリアジャケットを纏ったノーヴェで、その後に現れたのは青いプロテクターを身に付けた男。

「あなたがノーヴェを!?」
「ああん? まあ、9号をやったのは俺様だがな…!?」

 睨み付けるヴィヴィオを見下す男。
 悪意しか感じられない笑顔は、何処かで見た覚えがある。

「まさか…ホクト君?」
「おいおい、どいつもこいつも俺様をアレと勘違いしやがって…ん、お前は―」

 知り合いに似た男が、じっとヴィヴィオを見つめる。
 その口端がつり上がると同時に、イタチがヴィヴィオに叫ぶ。

「に…逃げるんだ…『ヴィヴィオ』!」
「えっ!?」
「クックックッ…まさか、『聖王』まで居るなんてなぁ…俺様はツイてるぜ」

 左手で顔を抑えて笑う男。

「今まで散々邪魔されてたのが、一気に片付くんだ…俺様の手で!」

 男の冷たく鋭い視線に一瞬たじろぐヴィヴィオだったが決意を固め、イタチを地面へと下ろす。
 今、戦えるのはヴィヴィオしか居ないのだから。

「クリス、行くよ! セーットアーップ!」

 光に包まれたヴィヴィオの身体は大人へと変わり、動きやすさを重視したバリアジャケットを纏う。

「チーム・ナカジマ所属、高町ヴィヴィオ。お相手します!」
「相手になるか、ガキが!」

 ヴィヴィオが構えた直後に男が拳を突き出す。
 途端に彼女は不可視の衝撃波で吹き飛ばされる。

「きゃああぁぁぁ!?」

 背後にあった木がへし折れる勢いでぶつけられるヴィヴィオ。
 直後、男はヴィヴィオの間近まで踏み込み、無防備なボディに一撃を捻り込む。

「ガハッ!?」

 クリスによる防御魔法は確かに発動したが、そんな物をお構い無しに衝撃がヴィヴィオの腹部を貫く。
 意識が混濁する様な痛みの中で、ヴィヴィオは恐怖を感じた。

 ―本物の痛みという恐怖を―

「ああん? 少しの歯応えもねえなあ…そこの9号でも、もうちっとは粘ったぞ?」

 ヴィヴィオの顔を鷲掴みで宙に浮かせる男。
 その痛みとボディへの一撃で、彼女は抵抗らしい抵抗も出来ない。

「ああ…ぁああァァ…」
「まあ、当然の結果だ。お前みたいな守られてるだけのガキが歯向かう事が無謀なんだよ?」

 更に力を加える男に対し、ヴィヴィオの中に居るクリスは懸命に防御魔法を強化する。

「無駄な足掻きを…まあ、お前は連れ帰って研究材料になるらしいが、こいつ等は死んで貰う」
「…待て…」

 ヴィヴィオを持ち上げたまま、男が視線を声のあった方へと向ける。

「そんなナリで、よくも俺様を睨めるもんだなあ?」
「…彼女を…放せ…」

 地面に這いつくばったままのイタチが、男を片眼で睨み付ける様に顔を上げているのがヴィヴィオには微かに見えた。

「片眼潰れて身体中に致命傷食らって、変身時間も残ってねえ畜生以下のテメーが…俺様に命令出来る立場かよ?」
「ああ…くぅ…」
「…それ以上…僕を…怒らせるな!」

 ヴィヴィオの呻き声が上がった瞬間、イタチが暗い球体に包まれる。
 夜の闇より深い黒が徐々に形を変え人型を成していくが、それは明らかに人間では無い。

 ひび割れた甲殻と吹き出す赤い蒸気。
 折れていたり、欠けていたりする角や爪。
 赤い大きな眼は右目が潰れていた。
 滴り落ちる赤い滴は止まる事もない。


 そこには、ヴィヴィオが見た事も無い傷だらけの『異形』が居た。