合格発表の日……第一志望の学校に合格。涙がこぼれてた。
でも合格したよろこびでの涙じゃない…
あの日の出来事からずっと毎日泣き続けて…
この日も例外なく勝手にあとからあとから涙があふれてくる…
ナオトの姿はない。
あれ以来二人で勉強することはなく、
会っても知らない人同士のような関係が続き、
遠慮してかナオトはボクとは違う学校を受験していた。
頬をつたう涙を拭いながら独りきり…
思い出したくもない出来事を回想しながら…
合格者番号が記載されている掲示板の前で立ち尽くしていた。
晴れて高校生活がスタート。男女共学の進学校。
緊張しながらの初登校。自分の教室へと向かった。
軽く深呼吸をしたあと…
思いきってクラスのドアをくぐるとフランクな雰囲気。
堅苦しいイメージを想像してたボクはホッとしていた。
数ヶ月が経過すると学校にも慣れはじた。
仲の良い友達も数人。気になる男の子もできた。(笑)
まさに順風満帆。
気がつけば涙を流す日々から笑顔がもどりはじめ…
過去の悪夢がまるで現実じゃなかった気さえしていた。
「ねーバイトしてみない?
学校には内緒でさ、一緒に頑張っちゃおーよ♪」
親友のエミだった。
アルバイト?一瞬、驚いたけど魅力的な響きがした。
大人な感じがしたからだ。
ボクは少し考えたあと、この提案に賛同した。
校則は厳しかったけど…学校外の刺激に惹かれた。
はじめたアルバイト先は宅配ピザ店。
配達係ではなく、厨房でピザを焼く仕事。
楽しかった。もちろん勉強はちゃんとした。
ボクとエミは学年でも成績は常に上位だった。
すべてが上手くいってた。
青春って感じで毎日が新鮮で楽しくて。
いつだって笑顔があふれてた。
……………夏休み前までは。
連日の猛暑。学校は夏休み。
バイトバイトに明け暮れていた。
とある週末の夕方…お店は大忙しだった。
次から次へと注文が入り、配達が追いつかない状態。
「ごめん!申し訳ないけど配達行ってくれる?
歩いて5分のマンションなんだけどデリバリーお願いっ!」
店長からボクへの配達指令。
バイクの免許はなくても徒歩で行ける距離。
何の抵抗もなく集金用のウエストポーチを腰に巻いた。
ウォーマーにはラージサイズのピザが2枚。
なかなか重いなあ…などと思いながらも現地到着。
オートロック式の綺麗なマンションだった。
「ご苦労さん!!!」
大きな声と同時にドアが勢いよく開いた。
甘いフレグランスの香り……
「あれ!?詩織ちゃん???」
聞き覚えのある声。包まれたことのある香り。
ナオトのお兄さんだった。
呆然とした。
「な、なんで………」
硬直しながらか細い声を漏らした。
「ひっさしぶりだなーっ!元気だった?
ここさーダチの家!今日は仲間らと騒いでんだよ!」
奥に目をやると…煙が充満して部屋が白く見えた。
見るから怖そうな人が数人。
そのなかの一人がこっちへきた。
「おーお姉ちゃん可愛いじゃん♪一緒にピザ食べようよ♪」
いきなり強引に腕を掴まれた。すると、
「こら!やめろや!これな、オレの女!!!」
耳を疑った。この人なにをゆってんだろって。
女?オンナ?え?ボクのこと?みたいな。
自分をレイプした人が目の前で彼氏宣言してる。
愕然としながらも必死に冷静さを保ち会計を済ませた。
「バイト何時あがり?
終わったらそこのファミマで待ってろよ♪」
え?ボクは言葉に詰まった。
「な!必ず来いよ!バックレたら…ぶっ殺しちゃうかも♪」
笑顔で脅迫。優しい声で恐ろしい言葉を並べた。
血の気がひき…呆然としながらもその場を立ち去った。
そのあと店に戻ってからは失敗の連続。
包丁で指を切っちゃったり、オーブンで火傷したり。
怖くて怖くて…身体が小刻みに震えた。
走馬灯のように悪夢がよみがえってきた。
「どしたの?詩織だいじょぶ?」
心配そうな面持ちでエミが声をかけてくれた。
無言でうなずくだけしかできないボク。
助けて…助けてよ…心の底で何度も連呼してた。
タイムカードを打刻し息をのんだ。
逃げよう…そう思いながらも…
気がつけば指定されたファミリーマートに着いてた。
途方にくれ雑誌コーナーでたたずんでいると、
心臓の音が耳鳴りのようにドキンドキンって響いてくる。
どうしよう…どうしよう…どうしよう…
頭の中では「どうしよう」の大合唱だった。
「お待たせえ!!」
ガラの悪い人達と一緒にナオトのお兄さんが現れた。
ものすごくハイテンション。
店員さんや店内のお客さんが怖がるほどに。
もちろんボクはそれ以上に恐ろしかった。
「行くぞー!」
無理やりボクの肩に腕をまわすと表に出た。
一体どこに?これからボクはどうなるの?不安だらけ。
いや、不安や心配という類いじゃなく恐怖そのものだった。
「パーティーだ!パーティーだ!」
お酒で酔ってるわけではない。それはすぐにわかった。
異様な雰囲気。逆らったら……。
ボクはピザをデリバリーした部屋に連れてこられてた。
抵抗なんかできるはずもなく…黙ってソファに座っていた。
テーブルの上には、小さなポリ袋が散乱している。
袋の中には蝋石を砕いたような白い粉と塊が見える。
そのポリ袋を指差しながら…
「これなにかわかる人ぉ~~~♪」
「はあああぁ~~~~いっっ♪」
陽気な集団?いやそんなんじゃない。
その光景はまるで異常者の集まりだった。
「おいおい…可哀想じゃねーかあ~
詩織ちゃんをハブにしちゃいかんだろ~♪」
「そろそろ彼氏の出番じゃね?」
一斉にボクへ視線が注がれる。
忘れ去られた状態でほんの少しホッとしていたのに。
「なあ詩織ぃ~どーする~♪
打つ?吸う?飲む?塗る?どれにするぅ~♪」
意味がわからない。ただ怖い、それだけだった。
「初心者だろーし、いきなり刺身じゃキチーだろ♪
最初は、やっぱ炙ってあげちゃえば♪ごっくんでもいいし♪」
さらに意味がわからない。みんなは終始含み笑い。
ボクは生きた心地がせず、ただただ経過を見守るだけだった。
「お~し♪んじゃアルミホイル持ってこーい♪」
おもむろにポリ袋手に取り、隅の部分をハサミで切った。
ホイルの上にコロンッ…と結晶の欠片ががいくつか落ちる。
その結晶をハサミの先で軽く砕いている。
「完成~♪さあ~いってみよーかあー♪」
「詩織たんキメキメターイム♪」
ボクの手に短く切ったストローを握らせ…
目の前に白い粉ののったアルミホイルを差し出した…
「パイプ咥えてごらん♪」
無理やりストローを唇に押し当てられた。
「今から煙があがるからその煙を一気に吸い込め!
一気にな!もったいねーからちゃんとぜーんぶ吸えよ!」
ライターの炎がアルミホイルの下へと近づいてくる。
ジュジュ―――――ッ★
結晶が焼け溶ける音と同時に白い煙が立ち昇る。
言われるがまま…一気に煙を吸い込んだ。
「ゲホゲホッッッ!!!!!!」
咽た。思いきり咳き込んだ。
タバコすら吸ったことのないボク…当然だった。
苦い…とにかく苦くて…口のなかは変な味が充満した。
「ぎゃっはっはっは♪♪♪」
みんなは大爆笑しながらボクを指さした。
「まー最初はしょーがねーよ♪
ささ!どんどん、がんがん、いってみよー♪」
それから数回、強制的に白い煙を吸わされた。
何度も何度も咳き込んだ。咽て咽て…。
煙くて苦しかった。苦くて吐きそうだった。
だけど…気がつけばある感覚に包まれていた。
苦痛じゃない…
恐怖じゃない…
上手く表現できない…
なんだろ…このフワフワした感じ…
自分の鼓動が心地よく感じられる…
なにもかもが溶けてゆく…なんにも考えられない…
ボクはソファーにもたれかかりボーっと天井を眺めていた。。。