おはよーございます(小声)。只今3:00です。世間は寝静まっております。今日はイベントの予定に合わせてスケジュールを組んだのでこの時間に出発することにします。

車で1時間10分走って森林公園1番駐車場に着いた。4:30、あたりはまだ真っ暗。

駐車場から歩いて6分ほどで森林公園駅。まだ誰もいないかと思いきや始発待ちの人が結構いる。大声で話す外国人グループがいたので駅構内は賑やかだった。5:00発の始発に乗り込む。

6:00に東武東上線の終点池袋駅に着いた。ここで山手線に乗り換えて高田馬場に向かう。高田馬場駅前の違法建築群は撤去されてただの壁になっていた。

夜はアジア系外国人ばかりになる駅前通りを歩いて行く。

と、思ったらお目当てのなぎちゃんラーメンは駅前すぐの場所にあった。地下にある店だが24時間営業なのと座って食べられることから早朝でも多くの客が来ている。

中華そば790円。チャーシューメンではないのにチャーシューが一杯。無料のライスにラーメンスープとマヨネーズと胡麻と紅生姜をかけて食べると美味しい。ちゃん系ラーメンは味・量・価格・立地・時間の全ての面に置いて満足度が高い。私の東京での朝食の定番になりつつある。

食い終わったので行動開始。原宿駅で山手線から降りて至近にある明治神宮前駅に向かう。ここからは千代田線となる。

7:00、乃木坂駅の西側出入口に着いた。こちらは乃木坂の由来となった乃木希典邸とは反対となる場所。陸橋を渡るために階段を昇る。

陸橋の中央はトンネルになっている。乃木神社前で乃木坂トンネルに入った車がここを通って青山霊園へと出るのだ。トンネルの上には外苑東通りから分かれた別の道が伸びているがそれは陸橋の手前でどん詰まりとなってしまう。

これは青山霊園の中央を貫く道。台地上かつ墓地のみという立地なので見晴らしが良い。

今日最初のお参りスポットが稲葉正邦墓所。稲葉は最後の老中として知られる人物。徳川慶喜時代の内政の最高責任者(国内事務総裁)であり戊辰戦争直前の薩摩藩邸焼討を指示したことで知られる。

その隣に日清戦争の頃の参謀総長川上操六の墓があったのでついでにお参りしていく。川上は軍事戦略に長けた人物だったが早くに死去、後任の田村怡与造も激務が祟って死去、それで児玉源太郎が日露戦争の陸軍戦略の中心人物となった。

そこから道路を挟んで反対側にあるのが三島通庸の墓所。通常1区画で1つの墓所だがここは4区画ぶち抜いて使用している。しかも墓石がデカい。大久保利通の墓所より立派だと感じるくらいだ。近代史の人物でこれを越える墓所は天皇家の多摩御陵と西大井の伊藤博文墓所くらいしかない。栗子峠・安積疎水・那須疎水など多くの土木事業に関わった三島の人徳故なのかも知れない。

伊地知正治の墓を見かけたのでお参りしていく。伊地知は薩摩の有能な軍人だったが明治六年の政変で西郷と袂を分かった。

これにて乃木坂駅に戻る。朝日に照らされた街並みが美しい。

南では六本木ヒルズが圧倒的な存在感を放っている。乃木坂駅から千代田線で国会議事堂前駅へ。ここで溜池山王駅へと移り南北線で本駒込に向かう。


参道にあるのが八百屋お七と吉三郎を供養する塚。東京において八百屋お七は平将門に次ぐくらい人気の怨霊である。あちこちの寺院で弔われているのがその表れであろう。

その先に二宮尊徳の墓あり。側にはお馴染み金次郎像。

鳥居耀蔵墓所。硬骨漢の奉行として知られる人物。

板倉勝静墓所。板倉は坂下門外の変以降の幕政を担った老中。案内板が無いのでなかなか見つからなかった。

偶然にも安場保和の墓を見つけた。安場は後藤新平を見出した人物。谷干城の中正党や西郷従道の国民協会に参加した。

吉祥寺で1番の史跡が榎本武揚の墓所。蝦夷共和国の総裁として五稜郭で戦ったのはよく知られているところ。彼が設立した大学の学生が定期的に清掃しているのでとても清浄な墓域となっている。

裏道より吉祥寺を出る。

本駒込駅で南北線に乗り隣の駒込に向かう。本駒込は本郷の駒込ということから来た名称だという。

駒込駅に着いた。ちょうど台地と低地の境界にある駅なので東西の出入口で標高がかなり異なる。ここは台地上にある染井吉野桜記念公園。ソメイヨシノ発祥の地である。

駒込駅からは山手線で日暮里へと向かう。

9:00。日暮里駅西口の御殿坂の脇に建つ本行寺に着いた。

墓地の奥にあるのが永井尚志の墓。大政奉還に関わった若年寄である。

今度は日暮里から山手線で巣鴨に向かう。

巣鴨駅前バス停から草63バスで巣鴨四丁目バス停へ。

バス停からしばし歩くと本妙寺となる。

この寺は安藤信正とともに政権を担った久世広周一族の菩提寺である。老中だけあって墓石は立派。

すぐ隣には勝海舟と考えを共にした大久保一翁(忠寛)一族の墓あり。

さらに進むと剣豪千葉周作の墓。

本妙寺は北へ垂れ込む地形なので眺めが良い。

歴代本因坊の墓があった。よく知らない。

遠山の金さんの墓が間違いなく寺1番の売りとなる史跡だろう。桜吹雪の季節に来たいものだ。

明和大火の犠牲者供養塔。明暦大火の火元はここ本妙寺もしくは隣にあった老中阿部忠秋邸とされる。

本妙寺からその先の染井霊園へと歩く。霊園で真っ先に見かけたのが岡倉天心の墓。永遠の平和と刻まれている。

民権運動・社会主義に関わった福田英子の墓。墓銘は旧姓景山となっている。

横浜鎖港問題・兵庫開港問題に関わった酒井忠績の墓。最後の大老である。

外務大臣として幣原外交を行い総理大臣として日本国憲法を制定した幣原喜重郎の墓。その功績は挙げたらキリがない。

松下村塾出身でハワイ領事となった正木退蔵の墓。説明板が立っていたのでお参りしたがそれほど重要人物なのだろうか。訪れたい墓所を全て訪れたらちょうど10:00になった。巣鴨駅に戻り山手線で高田馬場へ向かい西武新宿線に乗り換えて東大和市駅を目指す。

東大和市駅には1時間後の11:00に着いた。東大和は駅前に薬用植物園やアイススケート場がある個性的な街。イベント会場の清原中央公園まではシャトルバスが出ている。11:20にバスに乗る。

イベント会場は東京街道団地の真っ只中。東京街道団地は昭和30年代に造成された都営団地である。2000年代に建て替えられて現在では整った外観の団地となっている。江戸街道のことをこのあたりでは東京街道と呼ぶそうだ。

12:00。清原中央公園では既に東大和オールフェストが始まっていた。

公園の一角にあるリビングテラスという商業施設を見て回る。

官房長官ではない方の木原議員が挨拶していた。


12:50からはサンバグループのグルーポ・デイシャコミーゴの公演。わとちゃんのダンスは千円の投げ銭が激安だと思えるくらい価値がある。

見たいものは見たので13:30発のバスで東大和駅に戻る。西武新宿線で小平駅へ。駅北口は小平霊園の参道の雰囲気だが南口は閑散とした郊外都市といったところ。

駅近にある史跡は小平駅前稲荷くらい。この神社の幟はよく目立つ。

インドカレー店のスワガット。沿線に同名の店がいくつかあるのでチェーン店なのだろう。


15:00に小平を出て西武新宿線で中井にやって来た。中井では必ず路上を歩いて乗り換えしなければならない。通常乗り換えは面倒なものだがここは妙正寺川沿いの谷間らしい風情があって歩くのにも嫌な気がしない。ちなみに西武新宿線中井駅は中落合、都営大江戸線中井駅は上落合にある。中井という地名になっているのは我々が乗り換えの際に歩かない駅裏側の部分である。

都営大江戸線で中野坂上へ。ここは西新宿に次いで超高層ビルが乱立する街。アクロスシティ中野坂上ハイツ・中野坂上サンブライトツイン・ハーモニータワーの巨姿が駅前の三方を塞いでいる。やはり東京ではこういう景観を見たい。

都市景観の中を南に下っていく。道はその先にある神田川に向かって坂だと感じるほどに傾斜している。

16:00。ビル街の中に古き姿を残す成願寺。

表情豊かな仏像たち。

成願寺を建てた鈴木九郎の墓。鈴木九郎は紀伊国熊野よりこの地へやって来た人物。西新宿の十二社熊野神社を建てたり当時角筈と呼ばれていた歌舞伎町を支配したりして中野長者と呼ばれた。都内には他にも大福長者江戸氏・白金長者柳下氏がいたという。

中野の森公園では多くの子供達が遊んでいる。幹線道路より一歩裏に入れば低層住宅が連なっているのがこの中野坂上なのだ。

サンブライトアネックスの奇抜な造形を見て中野坂上は終わり。今度は丸ノ内線で新宿に行きそこで山手線に乗り換えて目白へ。

豊島清掃工場(池袋駅北側)の煙突まで見えるほどに眺望が開けているのが目白駅。目白駅は以前おとめ山公園とフランク・ロイド・ライトの小路に来たきり。山手線では1番縁の無い駅かも知れない。目白の高級住宅街としては近衛文麿が住んだ目白近衛町と田中角栄が住んだ目白台があるが今回向かうのは尾張徳川家の徳川ヴィレッジである。

西口を進んで行く。高級住宅街だと聞いているので心なしか高級そうに感じる。

目白の高級住宅街の代表格がこの徳川ヴィレッジ。尾張徳川家は市谷防衛省・上智大学・戸山の箱根山の場所に屋敷を持っていたが昭和になってこの地を松本藩主戸田氏の末裔より購入した。現在でも尾張徳川家の末裔が住んでいるが敷地の大半は賃貸向け高級住宅となっている。内部は立入禁止なので外から見るのみ。

徳川ヴィレッジから北東へ向かう。高級住宅街なので不審者に気を配っているのかそれとも単に私の服装が貧乏くさいから見ているだけなのか知らないが道行く住民にチラチラ見られていると感じた。高級住宅街の大凡の批評としては成城・白金・青葉台は来る者拒まず、代沢・大和郷・赤坂七丁目は普通程度、田園調布・元麻布・山王は敷居が高い、城南五山・松濤は他所者お断り、という印象を受けた。

高級住宅ばかりの場違いなエリアを抜けて目白庭園に着いた。

目白庭園は民家の敷地だった場所に作庭された比較的新しい庭園。軒下の石畳上にベンチが設置されているのが斬新である。

庭園を出て高級住宅街を東に進む。

西武池袋線の高架沿いに出た。線路壁面はどうも高級住宅街に似つかわしくない。これがあるだけでスラムの雰囲気が漂ってしまう。

花の橋から南方を見る。遠方のビルは新宿だろうか。

山手線と西武池袋線に挟まれた狭隘部を進む。建っているのは製粉所とか工場の類い。目白の高級感はもはや無い。

その先に真新しいマンションが現れてやや持ち直すが、

路地に入ると古い雑居ビルと留置線が織り成す景観に逆戻りしてしまう。ただこのあたりは退廃とした空気が漂っているだけで治安が悪いわけではない。そもそも歩いている人が少ない。

明治通りに出た。ジュンク堂書店に寄っていきたいところだが本を買うだけのお金が無いので通り過ぎる。

17:00。三省堂書店を覗いてみたが品揃え的にダメだった。調べたらもうすぐ営業終了するようだ。

池袋駅に着く。カラフルなネオンで満たされる光景は流石に大都会である。当初の予定ではこれで帰るつもりだった。昼に食べたチーズナンが重かったので弁当でも買って帰ろうかと考えた。でもどうせなら東京でしか買えないものをテイクアウトしたい。こういう時いつもならキッチンABCでテイクアウトするが腹がもたれている今、味が濃いものは食いたくない。かといって他の物は何も思い当たらず。色々迷ったが決まらなかった。

駅前で右翼団体が街宣していた。「皆さんよく考えて投票してください」とか口調は極めてソフト。軍歌をガンガン流して「劣等民族に正義の鉄槌を!」とか絶叫するタイプの街宣を見たいのだが今の時代どこの団体もやっていないようだ。これもコンプライアンスか…。

18:00。そうしているうちにハレザまで来てしまった。ハレザは安田財閥系デベロッパーの東京建物が開発した物件。重厚さと可憐さが同居する外観は池袋に不釣り合いなくらいだ。ちょっと疲れたのでここの中池袋公園で30分ほど休憩を取る。

アレでも見てこようと向かったのがこちら。街中に堂々と存在するヤバいお店。天狗の団扇マークを見れば何がヤバいのか分かるだろう。合法な物しか扱っていないようだがそれにしても葉っぱマークを並べすぎである。下北沢の大麻堂みたいにTシャツとか売ってるのなら入るがドラッグだけなら興味は無い。

19:00。グリーン大通りを歩いていて偶然見かけたのがこの御神輿みたいな行列。雑司ヶ谷津鬼子母神の御会式が始まるらしい。池袋駅方面に向かっているのでついて行ってみる。


行列が向かっている鬼子母神まで来てみた。これから何か行われるのだろう。

家族連れとカップルばかりで居心地悪いのでこれにて帰ることにする。

20:00。雑司が谷駅は鬼子母神のすぐそばだと言うのに全く人がいない。尤も再開発中のどん詰まりエリアなので普段から人がいないが。都市部に残された空地のような空気感である。ここで副都心線に乗れば森林公園まで戻ることができる。

副都心線は和光止まりなのでここで降りて弁当を買っていくことにした。駅前に西友とかいくつかのスーパーがあるが自宅近くには無いサミットがあるのでそこに向かう。

サミットは駅西方500m先のやや高い場所にある。ローストビーフ丼とかナシゴレンとか馴染みのない弁当が売っている。来て正解だった。

21:00。和光駅前に戻る。駅前にあるロイヤルホストがいい感じ。昭和のドラマにはこういう駅を見下ろす場所にある喫茶店で恋人同士が待ち合わせをするシーンがよく出てきた。

