人が魔に魅入られるのには、それもそれなりに能力がある人が堕ちるにはよほどのスキがあったのだろうかね。

でもそのことを書いた本を何度も何度も再版するようでは著者の責任を問わざるを得ない。

自分の思い込みで正しいと思うことをするが、それが間違ったことだと未だに認識できないとしたら、もう魔は一体化してしまったのかな。

ユダが、ダイバダッタがルシファーが堕ちたように。



最近はかなり注目が薄れてしまったけど「日月神示」と言う予言書がある。

これまでもかなり当たっているはずなのだがその割になぜか注目されない。



神が「世の建て替え建て直し」をすると、今の文明のほとんどを壊すと言っているからかもしれない。

心正しい人は何があっても、どこにいても救うとも言っているがどうなることやら。

さてその中に「(これからは)魔を倒すのではなく抱き参らせよ」と言う一節がある。

つまり「魔を改心させろ」と言っているのだ。

個人的には、思うにもともと「魔」の殆どは人であり、恨みや欲望により歪んでしまっただけだと考えているがそれをどう改心させたらいいのかさっぱりわからない。



一つヒントはあるけどね。

かつて鶴岡八幡宮の平家池には怨霊化しかけた平家の人々が囚われていた。

菊水様たちと彼のブログの読者の協力により、救われ、今や安徳天皇様、平清盛様を中心に魔に対する力になっていただいている。



安徳天皇様のような存在がいるのかすらわからないが、「抱き参らせる」、改心していただくには誰かが中心となり、祈りの力で救うしかないのではないかな。