あらら・・・
前回の記事がちょうど1年前ですか。
それこそ「織姫と彦星」ですなあ。(;^_^A
なんか編集エディタも変わってしまって書き辛い。
たった1年ですが、何やら隔世の感があります。
まあ、おそらくこんなにサボっていたブログを読んでくださる奇特な方もいないでしょうからww、ちょいと「備忘録」的に綴っていきたいと思います。
今、実は自宅療養しています。
7月13日に手術しましてね。しかも、緊急手術。
病名は「網膜剥離」です。
その病状の変化があまりにも早過ぎて、危うく手遅れ(失明)になっちゃうところだったので、もしたまたまこの記事を目にされた方がおられたら、参考にしていただけたら幸いです。
最初はホントに微かな違和感だったんです。
6月27日、ちょっと訳あって、埼玉県の熊谷市に営業車で荷物を取りに行った時でした。熊谷はこのところの猛暑で注目を浴びたところでもありますね。ウチの会社から熊谷って遠いんですよね~。圏央道から外環を使って2時間半といったところでしょうか。
荷物を受け取って帰り道、運転中に左目に違和感を感じました。左端の方に光の筋が走ったんです。ごくたまに。「気のせいかな?」と思うくらいのほんの微かな違和感でした。
それから2日後の29日、会社からの帰り道でまだ陽の落ちない明るい空。見上げながらふと右目を瞑ると、視界いっぱいに黒と白のちっちゃな点が無数にあって、右目に比べてフィルターがかかったみたいに暗いんです。
「あれ?なんだこれ?」
僕は元々若い頃から飛蚊症で、視界の中に細かい紐状のものが飛んでいるのは日常茶飯事で慣れていました。でも、それとはやはり違う。
家に帰って症状をネットで調べると、どうも白内障にそっくり。「おいおい、もう早くもそんなのかよっ!」っと自分自身にツッコんでww病院を調べてみると、会社の最寄り駅に評判のいい眼科を見つけました。
週開けておかしかったら眼科に行こうかな。そう思いました。
でも、後から先生に言われたのは「何故その時に来なかったの!?その時に受診していたら、もっと良い状態で治療できたのにね」でした。この眼科、土曜日もやっていたんです・・・やはり、「後悔先に立たず」なんですよねえ。
翌週になっても症状は変わらず、かと言って悪化もしないので様子を見ていた7月4日、山梨に車で日帰り出張をしたんですが、この時に症状が進んでしまったのかもしれません。後で先生に「運転はあまり良くない」と言われてしまいました。翌5日、それまで左目にかかっていたフィルターが急に酷くなって、かなり視界を暗く塞ぐ形になりました。正直左目だけでは1m先の同僚の顔が分からないくらい。
「こりゃあ、さすがにまずいな」と思ったんですが、木曜日は休診。しかたなく翌6日に病院に行きました。
色々検査をしてもらって分かったのは、眼底出血していること、その出血が酷くて(暗く見えていたのは出血でした)眼底が見えないこと、しばらく安静にして出血が吸収されるのを待ってもう一度検査する必要があること、「硝子体出血」もしくは「網膜裂孔・網膜剥離」の可能性がある、ということでした。
「運動などはせず、できるだけ安静に努めてください」という先生の指示で、日を追う毎にフィルターが薄くなっていき、「おっ、これなら眼底もちゃんと見えるかな」と一安心していた再検査の11日でした。この日の朝から目にまた異変が・・・
左目の視界の下から、黒い半円みたいなものが少しずつ出てきて、昼過ぎにはそれが視界の半分を覆うまで広がってきたんです。(-_-;)
精密検査の結果、先生に告げられたのはやはり「網膜裂孔・網膜剥離」でした。写真を見せられたのですが、素人から見ても明らかに網膜が裂けています。そこから硝子体という液体が裂けた隙間に入り込んで網膜が剥離してしまっているとのコト。
網膜剥離は時間との勝負だそうで、先生が紹介状を書いてくださって、隣の市にある眼科手術で実績のある大学病院に「明日必ず行きなさい!『緊急入院・緊急手術』の可能性が高いから入院準備もして行きなさい!」っと言われ・・・(;^_^A
会計の時も事務員さん3人くらいから「明日必ず行ってくださいね!」っと念を押され、バタバタと用意し、カミさんと息子に事情を説明し、翌日朝一で大学病院へ。精密検査の結果、やはり即入院。
但し、緊急入院ということで病室も仮、手術もいつ受けられるか分からない(今日かもしれないし、明日かもしれない)っという、もの凄く不安な状況になっちゃいました。
なんせ小心者の僕です。「いつだよ~・・・いつなんだよ~・・・せめて心の準備でもさせておくれよ~・・・」などと言う心の叫びなど届くわけもなくww、時は無常に過ぎていきます。
目の手術なんて初めてですからね。術中も術後もどんな感じなのか全く分からないし、何がどうというわけではないんですが、やはり漠然と怖い。
あまりにもビビり過ぎて看護師さんに「患者さんから手術で辛いコトとか聞いたコトありませんか?」なんて聞いちゃって、「う~ん・・・麻酔がメチャメチャ痛いって言ってた方がいましたね」なんて言われて、固まっちゃったのはナイショです。(爆)
結局、翌13日の10時。なんの前触れもなく「yukkiさん、手術室が空いたので今から手術になります!」っと、戸惑う僕のことなど全く意に介せず、看護師さんに車椅子に乗せられ手術室へ。
僕が受けた手術は「硝子体茎顕微鏡下離断術」。それと、将来的に白内障が進行する可能性もあることからそれを未然に防ぐ為の「水晶体再建術」の2つでした。最初は1時間くらいと言われていたんですが、終わってみれば約2時間。やはり、僕の場合ある程度剥離が進行してしまってからの手術だったので、時間を要したのでしょうね。
局所麻酔でかなりビビっていたのですが、麻酔は点眼式で全く痛くありませんでした。それでも手術中はごく細い管を4本眼球に刺して、剥離したところをレーザーで焼き固めていく過程で「ちょっと押された感じがしますよ」と言われるんですが、押されたどころじゃなくて思わず足をパタパタ動かしちゃうくらい痛かった・・・( ノД`)シクシク…
しかも、執刀医と助手さんのリアルでエグい会話がずっと聞こえてるのもなんとも・・・(;^_^A
無事手術は成功して、元の視力まで戻るのは難しいみたいだけれど、どうにか失明だけは免れました。
でも!何が辛いかって、術後ですね。焼き付けた部分が剥がれないように、眼球内にガスを注入しているんです。このガスで患部が剥がれてこないように2週間ほど抑えるんですが、これが空気よりも軽いので常に「うつ伏せ状態」を保たなくちゃいけなくて。
歩く時と食事時以外はずっと「うつ伏せ」。これがね。もう腰・背中・肩・首にもの凄いダメージ!執刀医曰く「手術時と同じかそれ以上に頑張らなくちゃダメ!」っと口酸っぱく言う、その意味がホントに分かる。もう、辛いなんて簡単な言葉では言い表せないくらいしんどかった・・・( ノД`)シクシク…
実際、術後の3日くらいはほぼ一睡もできてないっす。だから、食事してる時に舟漕いじゃう。(;^_^A
遊び疲れた子供かっ!ww
今は右側を下にして眠っていいようになったんですが、いまだにダメージがそこかしこに残ってるし、横向きで寝ていいって言われた時は「うう・・・天国だ~・・・」っとマジで泣きそうになるくらい感謝した。(笑)
あれ?逆さまになっちゃった。これが炎症を抑えるための目薬。1日4回さします。
何故、網膜剥離になっちゃったのか?
糖尿病によるものだったり、激しくぶつけてしまったりというのがその原因であることが多いんですが、僕はどちらでもありません。
どうやら、硝子体が減少し、普通は網膜から剥がれていくんですが、その硝子体が網膜に癒着していて、網膜を引っ張ってしまい、それで裂けてしまったのではないか、ということみたいで。
ちなみにこの「硝子体剥離」自体は、誰にでも起こり得ることで、えーっと、その、自分ではあまり言いたくないんだよなあ・・・
「老化によるもの」なんだってさ。(`Д´)ノフンッ!
普段、両目で視ているが故に、こういった些細な変化というのを見逃しがちです。
この記事が、読んでくださった同じような症状を自覚された方の、一助となってくれたら。そう思います。
しかし・・・
かれこれもう2週間。
お酒飲んでません。
少なくとも次の診察がある8月2日までは許可が出ないので3週間以上禁酒。
きっと肝臓は見違えるほどリフレッシュされているコトでしょう!(爆)