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Excape / いくすけいぷ

新世紀エヴァンゲリオン・ファン・ノベル・サイト“のべるすけいぷ”管理人のいくさんの創作ノート。
に、なるようなならないような。

エイプリル・フールですなー。
なにやら馬鹿なことを言って善良な男女が騙されて右往左往する様を嗤って楽しむという、実にわたしのためにあるような日ですなー。
でも、そういえば、このブログにはエイプリル・フールのネタを撒いたことはほとんどなかったような。
おととし、小ネタを投下しただけだったかしら。
毎年別のサイトで大ネタを仕掛けるので、こっちに労力を割く余裕がないんですよね。

それで、大ネタを仕掛けるからにはやっぱりウケて欲しいので、良いエイプリル・フールってどんな記事だろう、なんてことを考えたりもします。
その結果、自分なりに重視しているのは、どうやらこういう点のようです。

・ちゃんと読めば嘘だと分かること

徹頭徹尾真面目な嘘をつき通してしまうと、読んでても嘘だと分かりません。
まあ、嘘をつくのに礼儀も定規もないので、別段それでもいいのだろうとは思いますが。
これ、後でけっこうめんどくさいことになるんですよね。
一昨年のネタは、見抜くのがかなり難しいネタだったんですけど、今は自動翻訳というのがあるので、海外の複数のサイトで中途半端に紹介されてしまって、「これはフェイクだろう」「いや、フェイクにしては手が込みすぎている」みたいな論争になっちゃったんですよね。
で、「これはエイプリル・フールのジョークです」というのを自分で説明して回らないといけない羽目になり。
あれほどキマリの悪いこともありませんなー。

・読者に行動を促すこと

あくまで目的は、騙された人を見て嗤うことですから、騙された人が「ああ、騙されたー」と言ってくれないと分かりません。
最初から最後までふんふんふんと読まれて、ああ、面白かった、ためになった、で帰られてしまうと、わたしがちっとも楽しくないわけです。
騙された人にも騙されなかった人にも、何らかの行動を取るように仕向けるとか、コメントを残させるとか、何かしらのアクションを取ってもらえるようにしとくと楽しいです。

・行政当局を巻き込まないこと

ずいぶん前のネタですが。
警察庁から請け負った仕事に関する愚痴を書いたことがあったんですけど、呼び出されてお説教を食らいました。
冗談の通じない相手を巻き込むと、笑って済ませてもらえません。
警察庁に関する部分は全部事実だったのが更に良くなかった。

・他人の悪口を言わないこと

これはわたしは自分ではやったことはないんですが。
やられると分かるんですなー。

冗談なんだから悪口を書いても訂正すればいい、っていうわけにはいかんのです。
人間だもの。

・版権に注意すること

ついつい、どっかで見つけてきた写真をフォトショで加工して「UFO発見したったwwwワロスwwww」とかやりたくなるんですが、ダメですよう。
特にネズミのやつとかダメ! 絶対!

・ネタばらしをどうするかまで考えておくこと

自分の冗談を説明する羽目になっては面白くありません。
ネタばらしまでがエイプリル・フールです。
そこまできちんと仕込んでおきましょう。


こんなとこですかなー。
では、メリー・エイプリル・フール!
先週の金曜日、ちょこっと時間が取れたので、映画を見に行くことにしました。
今はどんなシャシンが掛かってるんだろうと思って調べてみたら、シャドウゲームはその翌日の土曜日に封切りなんですね。残念。
じゃあ別のにするか、ということで、「神々と男たち」「J・エドガー」と悩んだ挙句、「英雄の証明」でした。
「悩んだらシェイクスピア」って学校で教わったので。

小屋は超久しぶりの渋谷東急です。
この前ここに来たときは何を見たのか忘れてしまったくらい久しぶりです。
座席は「D12がいいです」って言ったら、「だいぶ前の方ですけどいいですか?」って聞かれてしまいました。
前の方で見るの好きなんですよね。
バルト9とかだと最前列に座ることも。
矯正視力0.6で目が近いせいもあるかもしれないんですが。
でも、そんなふうに教えてくれるなんて、とても親切です。

それで、「英雄の証明」は、シェイクスピア最後の悲劇「コリオレイナス」のリメイク作品です。
原作は共和制時代のローマの政治劇ですが、それを現代劇にアレンジしてあります。
有名な作品ですし、あらすじは省略でいいでしょうか。Wikipediaに書いてありますし。
いや、Wikipediaに書いてあるのはシェイクスピア作品のあらすじだろう、これは現代劇なんだから当然違うでしょ、っていうと、実はほとんどおんなじなんですなー。
そのあたりの事情は後で詳しく。

主人公はケイアス・マーシアス・コリオレイナス。将軍です。
ラテン語読みではカイウス・マルティウス・コリオラヌスでしょうけど、英国人の書いた英語の劇の主人公なんですから、以下は英語読みで通そうと思います。
マーシアスは、紀元前5世紀のローマに実在した(と考えられていた)ガイウス・マルキウス・コリオラヌスをモデルとしています。
彼の物語はプルタルコス「対比列伝」の中で語っています。

その主人公を演じたのは、「シンドラーのリスト」で収容所長の少尉を演じたレイフ・ファインズ
ヴォルデモート卿もこの方ですね。
イっちゃってる役をやらせたら天下一品ですなー。
(二番手は、スティーヴ・ブシェミだと思います。ちょっと方向性が違うけど。)
本作でも、概ね怒鳴ってるか泣いてるかどっちかです。
プライベートでもイっちゃってるスキャンダルがありましたけど、このヒトくらいになると「芸の肥やし」と言われれば納得してしまいそう。

それで、実は、監督・制作もファインズです。
これが初監督作品なんですなー。
彼はもともと舞台俳優です。
ロイヤル・シェイクスピア・カンパニーにも参加していて、「ハムレット」トニー賞を取った唯一の俳優だそうですよ。
もちろん「コリオレイナス」も演じていて、その役に思い入れがあり、映画でそのリメイクを撮ろう、ということでできた作品だそうです。
やっぱりそういう役が好きなのね。

マーシアスの母ヴォルムニア役には、「ジュリア」オスカーを取った、ヴァネッサ・レッドグレイヴ
オスカーの受賞スピーチでひと騒動起こしたくらいの反体制活動家ですけど、今回の役はそういう意味ではまさにハマリ役ですなー。
女優にはあまり使わない「怪演」の二字がぴったり来る素晴らしい演技です。
普通なら主役を食っちまうところですが、今回は相手がファインズなので・・・。

ちなみに、「コリオレイナス」のヴォルムニアの逸話は、シェイクスピアの創作では全くなく、ほぼ同じ内容をプルタルコスが記しています。
ただし、名前はヴォルムニアではなく、ヴェトゥリアと言いました。
古代ローマでは母親の鑑とされた人物だそうです。

ですがしかし、息子に軍人としての心構えと政治家に必要な資質を説いてみたり、祖国を裏切った息子を、情では説得できないと見るや、理詰めで説き伏せてみせたりするこの役どころは、現代的な感覚では、母親ではなく父親ですよね。
現代劇の母親であれば、最後の最後には、ずっと隠し通してきた母性愛が滲み出る瞬間があっていいだろうし、そこで初めて動揺するマーシアスも見てみたい。
史実(とされていること)に文句付けてもしょうがないんですけども。
最後の最後まで実に男前のヴァネッサでした。

元老院議員メニーニアス役には、「ボーン・アイデンティティ」シリーズで、決して腹の底を見せないCIAの作戦部長役を好演したブライアン・コックス
今回も実に食えない人物を演じています。
こういう、敵だか味方だか良く分からない役をやらせるとホントに上手いですね。

敵役のオーフィディアスには、「300<スリーハンドレッド>」ジェラルド・バトラー
見て頂くと分かるのですが、今回はかなり難しい役です。
ファインズは怒鳴ってるだけっていうか怒鳴り方をいろいろ変えるだけの演技なんですが、バトラーの方はかなり複雑な感情表現が必要な役です。
自分の家族が殺されてマーシアスを呪うとき、そのマーシアスが自分を頼って訪ねてきたのを迎えるとき、そして、裏切ったマーシアスを殺す決意をするとき。
その胸中察するに余り有るシーンの連続であり、バトラーも精一杯の演技で頑張るのですが。
脚本がですね、どうにもあっさりし過ぎなのです。
そこはもっとオーフィディアスの内心の葛藤を描き、盛り上げる場面でしょう、と思うのですが。

その脚本はジョン・ローガン。大物です。
「グラディエーター」「ラスト サムライ」「アビエイター」も、アカデミー5冠の「ヒューゴの不思議な発明」もこのヒトのホンですよ!
でも・・・、正直この作品のホンは、ちょっと、どうなんだろう。
リメイクなので、ストーリーは変えられませんから、そういう意味では脚本の仕事にも制約はあるんでしょう。
しかし、ですね。

シェイクスピアの時代には既に古代ローマの歴史や政治制度、風俗、慣習などの研究は大いに進んでいて、「コリオレイナス」の中でもそれらは忠実に再現されています。
「英雄の証明」は、その「コリオレイナス」を現代劇にリメイクしたもの、ということになってはいるのですが。
衣装と兵器が現代っぽくなってるだけで、政治制度も戦争のやり方も、共和政期のローマのままなんです。
執政官は、まあ、「大統領」と脳内翻訳すればいいのでしょう。
(当時の、っていうか帝政最盛期の頃までのローマでは、公職キャリアに行政と軍事との明確な区分はありませんでした。)
しかし、例えば護民官がどんな職なのか、知ってるヒトは少ないのでは。
現代民主主義社会では、建前上、国民全員が等しい権利を持って政治参加していることになっているので、護民官はその存在意義すらありません。
無理やり対応物を探すなら、おそらくジャーナリズムでしょうか。政治家でない人々の意見を政治家に伝えるという意味で。
知らない人は、なんだか野党の政治家みたいな人が出てくるんだけど、彼らが執政官の選任にあたって果たしているのであろう役割が良く理解できないのでは。
市民活動家みたいな人は護民官とは別に出てきますし。
その、執政官の選任過程も、甚だ古代的です。
日本語字幕では「票」って書いてあるんですけど、役者は「voice」と言っています。
ローマ市民が執政官就任を承認する方法は、投票ではなく、声を上げることなんです。
他にも、傷を見せるとか見せないとか、到底21世紀の話とは思えません。
戦闘場面も同様です。
突撃銃を持ってたり、市街戦でブービートラップが炸裂したり、戦車が出てきたりする映画なのに、なぜか将軍どうしが銃を捨ててナイフで決闘するんですよ!
要するに、「これは『「コリオレイナス』のリメイクで、彼らはスーツを着たり戦車に乗ったりしてはいるけれど、その中身は古代ローマ人なんだ」と思って見てるから分かるのであって、そうでなければチンプンカンプンでしょう。

ジョン・ローガンともあろうヒトが、めんどくさいから服だけ現代にしとけばいいや、などとやっつけたはずはありません。
ホンについては、ファインズと一週間篭って打ち合わせをしたと、プログラムにも書いてあります。
よって、これには何か理由があるはずですし、あるべきです。
が、考えてもその理由が良く分からないんですなー、これが。
その中で、ひとつだけ、これかもしれないと思うことは・・・。

「コリオレイナス」は、こういうストーリーですから、政治的な動機で演出されることが多かったと言われています。
つまり、民主主義の愚かさを強調することもできますし、逆に、権力者の傲慢さを強調することもできます。
簡単な演出によって、政治的な意図を込めた風刺劇になってしまうのです。
翻って、ローガンが本気を出せば、舞台を1990年代の内戦下のボスニアに移し、徹底的にリアルに作ることだって、そりゃあできたでしょう。
でも、リアルにやってしまうと、観客の置かれている政治的状況とフィルムとを結びつけて解釈されてしまって、この作品でファインズが表現したいことの焦点がボヤけてしまう危惧があったんじゃないでしょうか。
例えば、これが英国の政治体制を批判するフィルムだとは思われたくなかったのでは。
ちょっと深読みし過ぎでしょうかね。

じゃあ、ファインズがこのフィルムでやりたかったことは一体何だったのか。
これも、正直良く分かりません。
でも、たぶん、ですが、こういうことじゃなかったのかと。

マーシアスの台詞をひとつひとつ聞いていくと、彼が傲慢なのは、自らを過信しているからではなく、国家的危機に際して責任を果たすつもりもないのに権利ばかり主張する平民に心底絶望しているからなのだと分かります。
ファインズのマーシアスは、筋が通っています。
ファインズは、マーシアスを再定義したかったのじゃないでしょうか。
マーシアスを演じてみて分かった、マーシアスのかっこよさと愚かさを、「この役ってつまりこういうことだよね」と、世間に問うてみたかったのではないか。
自らの思い入れのある役を、徹底的に深掘りし、濃密に描いてみたい。
それには確かに成功していたと、わたしは思いました。
オーフィディアスの描写が淡白なのが、そのとばっちりを受けた感じがするくらいに。

映像表現も、マーシアスのかっこよさを強調するのにたいへん効果的でした。

「コリオレイナス」は、言葉ではなく行動で示す男の物語です。
主人公を描くのに、演劇ではなく、映像表現の自由度の高い映画の方が適していると、ファインズは思ったのじゃないでしょうか。
本作で描かれるコリオリの市街戦の映像の迫力たるや凄まじいものがあります。
戦闘シーンは、あのセルビアの対テロリスト特殊部隊SAJ (Specijalna Antiteroristicka Jedinica)の全面協力の下で撮影されたとあります。
ローマ軍の兵士役の俳優も、ほとんどがSAJのメンバー。
「ブラックホーク・ダウン」以来、戦争アクション映画のクォリティはホントに凄いですよね。
「グリーン・ゾーン」のときもずいぶんびっくりしましたが、本作はそれに勝るとも劣らない。
他の方のレビューを読んでても、アクション・シーンは絶賛また絶賛です。

その戦闘の緊張感を煽る音楽がまた凄い。
「ハンニバル・ライジング」アイラン・エシュケリだそうです。
ぜんぜん聞いたことないけど。
だがしかし、素晴らしい出来だったと思います。

監督とは、与えられたホンから画を創る職だとわたしは思っていますが、ファインズの初監督作品は、その意味では大成功であったと思います。
だからって決してお勧めはできないけどね!


どうでもいいことですけど、“Ralph”を「ラルフ」じゃなくて「レイフ」って読むケースをこのヒトしか知らないんですが、一般的なんでしょうか?
冬コミに行って来ましたー。
今年はアナログ・ゲームとアニメと文芸・小説が、それぞれ別の日になってしまったので、どれに行くか迷ったのですが、お友達のサークルが2つ出ることになった2日目に行くことにしました。
いつもよりも回る範囲が少ないということで、午後2時到着という予定で行ったんですが・・・。
サークルさんは午後4時ぎりぎりまで開店してるわけじゃないんですね。
午後3時を過ぎる頃には店じまいするところが増えてきて、結局お目当ての「サマーウォーズ」や「電脳コイル」や「フラクタル」を目にすることはできませんでした。
というわけで不完全燃焼だったのですが、ともあれ、今回の戦利品はこんな感じでした。

■「まんべくん まんが」by あみゅー from 2.5次元ポケット
まんべくん・コミック。
おもしろい!
まんべくんは、キャラ造形もさることながら、やっぱりあのつぶやきが人気の源泉だったように思います。
復活したまんべくんがどこまで人気を回復できるのか、この漫画を読んでいると本当に不安になるYO!

■「ムーミン・パロディシりーズ⑤ ルビーの王女と最後のりゅう」by 戸隠 トフト
ムーミン・コミック。
なんと98ページもあるよ!
まだ読んでないけど、すっごく楽しみな一冊です。
2006年初版だというのに、今までコミケ会場で見かけた記憶なかったなぁ。
と言ってもぼくが行くのはだいたい午後からなので、売り切れちゃってただけかもしれないんですが。
「⑤」ということは「①」から「④」もあるんでしょうね。
ところで、「シリーズ」じゃなくて「シりーズ」なのは何か意味があるんだろうか。

■「Memento mori メメンとモリ①」by 猪川小砂 (Panzerkeil) from 軍事史通信HARUNA&ハルナネット
オリジナル・コミック。
一切絵を描かなくてもコミックを作れるソフトを使って作ったコミック、というので買ってみますた。
まだ読んでないー。

■「北米最大のコスプレの祭典 アニメエキスポガイド」by 竹立升一
論説誌。
まだ読んでないけど、興味深い内容っぽい。

■「2011年 全アニメ映画レビュー」by だわ from CFL
論説誌。
まだ読んでない。です。

■「彼女の独占欲、僕の占有率。」by SABO-P (Amelie) + Aqua Mortis (織月)
エヴァ・コミック&ノベル。
お友達の新刊でお目当ての一つ。
ゆっくり読む予定です。ゆっくり。

■「Darlin' of discotheque」from studio 187
ルパン三世・コミック&ノベル。
前回購入した「5IVE☆STAR」が良かったので、同じサークルさんの新刊を購入です。
まだ途中までしか読んでないです。

■「Perfume NPJ」他 by じーま from Parallel-w
ぱふゅーむ&エヴァ・コミック。
もひとりのお友達は新刊を落としちゃったので、無料配布のコミックが2枚。
でも面白かった!
春には新刊出るって言ってたので期待です。


こんな感じですなー。
というわけで昨年の宿題を終えたので。

皆さん明けましておめでとうございます。
旧年中はたいへんお世話になりました。
本年もよろしくお願い申し上げます。

去年はサイトの更新は2回に留まったので、今年はもうちょい多くしたいです。
がんばるー。