「地下鉄?」
「はい、そうです。地下鉄銀座線の外苑前と青山一丁目のちょうどまん中あたりですな」
「どうして地下鉄なんかに通じているんですか?」
「やみくろたちは地下鉄の軌道を支配しておるからです。昼間はとにかく、夜になると奴らは地下鉄の構内を我がもの顔に跋扈しておるです。東京の地下鉄工事がやみくろたちの活動範囲を飛躍的に拡げたというわけです。なにしろ奴らのために通路を作ってやったわけですからな。彼らはときどき保線工を襲って食ったりもするですよ」
「どうしてそれが明るみに出ないんですか?」
「そんなことを発表したらえらいことになるからです。そんなことが世間に知れていったい誰が地下鉄に勤めますか? いったい誰が地下鉄に乗りますか? もちろん当局はそのことを知っておって、壁を厚くして穴を塞いだり、電灯を明るくして警備しておるですが、それしきのことでやみくろたちが防げるというものではない。奴らはひと晩で壁を破り、電気のケーブルを食いちぎるのです」
「外苑前と青山一丁目のまん中あたりに出るとなると、このあたりはいったいどこなんですか?」
「そうですな、明治神宮の表参道寄りといったところではないですかな。私にも正確な地点はよくわからんが。とにかく道は一本です。かなり曲りくねった狭い道で多少時間はかかるが迷うことはないでしょう。あんたはまずここから千駄ヶ谷方面に向います。やみくろの巣はだいたい国立競技場の少し手前あたりになると承知しておって下さい。そこで道は右に折れておるです。右に折れて、神宮球場の方に向い、そこから絵画館から青山通りの銀座線に出るわけです。出口までは約二時間というところでしょう。おおよそのところはおわかりになりましたかな?」
「わかりました」
「やみくろの巣あたりはできるだけ速かに通り抜けて下さい。あんなところでうろうろしておるとロクなことはないです。それから地下鉄には気をつけて下さい。高圧線もとおっておるし、電車もひっきりなしに走っておる。なにしろ今はラッシュアワーですからな。やっとの思いでここを抜けだして電車に轢かれてもつまらんでしょう」
「気をつけましょう」と私は言った。

『世界の終りとハードボイルド・ワンダーランド(新潮社刊/村上春樹)』P435-436

 

 

2012年暮れのFA宣言まで、カコちゃんにとって神宮球場というのは、やみくろの巣、ないしは「私」が目指す危険な場所のひとつだった。

 

「おしまいに、たどり着けない」という存在がある。

例えば『世界の終りとハードボイルド・ワンダーランド』が私にとってはそうで、あとエリック・ロメール監督の『冬物語』もそうだ。ほかにもあるかもしれないけど、パッと思い浮かぶのは、このふたつ。それでも『冬物語』は、映画館で2回程度トライした後、DVDレンタルで何度目かに克服できた記憶がある。

 

 

 

 

結局のところ、この旅で持参したピンクの表紙の本は読了していない。

栞紐は259ページに挟まったままだ。

寝落ちした可能性があるから、もうちょっと読み進んだかもしれないけど、でも読了したという、あの爽快感を未だ味わっていない。それは確かだ。

 

 

私の中で30年近く「私」はエレベーターは極めて緩慢な速度で上昇を続けたままだった。「私」が計算士なのも、ピンクのスーツの太った娘と一緒に行動するのも、神宮球場の近くにやみくろの巣があるのも知っている。でも、読了には至っていない。

 

 

今回の旅ではようやく「私」がいかにタフでクールに能力を発揮しているのかを確認できたし、音について敏感になった。動物の頭蓋骨を見ると、ロッカーに入れなくちゃ、という危機管理もできるようになったような気がする。

 

それでも、未だ、読了には至っていないのだ。

 

https://ameblo.jp/2896-blog/entry-11877304550.html

 

つば九郎先生が「かびくろう」になって、もしかしたら「やみくろう」かも、と思わないでもない。

明日からの旅行で、もし、やみくろうに会ったらどうしよう? くいちぎられるのを覚悟でハイタッチか握手羽を求めちゃうんだろうな。

 

 

ただ、これをやってみたかった。旅のおまけとして。

 

I'm sorry Please forgive me   I love you   Thank you