それでもあなたを あいしてます | Jesus Kiss

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イエス・キリストに惚れたある男性の日記のようなもの

わたくしが寄せていただく下関のクリスチャンの集まりは、専任の牧師さんがおられるわけでなくて、長老級の男性が順繰りにメッセージを担当したり、ある時は、読んだ箇所からそれぞれ感じたことを、集まったみんなで順ぐりに分かちあったりするんですよね。

この日曜日には、詩篇88篇が取り上げられておりました。
うめきの羅列ばっかりで、とうとう希望の言葉も解決の糸口も一切出てこないままで閉じられてしまう一篇…。

なんでこんなのが聖書の中に採用されたんだろうか…???
メッセージ担当のおじいちゃんは困惑したようでありますけども。

教会ではここは、イエス様の十字架前夜の、ユダヤ宗教指導者たちの不当裁判と、ピラトらによるローマ法による不当裁判の間の時間に、監禁のため閉じ込められた穴ぐらで、祈られたイエス様の心情を、予見して預言的に歌われたものと紹介されたりしますね。

それはそうなのかもしれませぬが、この記者は、単に主のお苦しみを予感して、想像して書き留めたわけではなく、実際に、自分の実生活が苦しみの中にあって、そのままをしたためたに違いない…。
それがキリストのお苦しみの預型
として、詩篇に採用されているはず。
そして本日のメッセンジャーは、その準備の祈りの中で、ハッとしたそうな。
コラの子…、つまりこの記者は、レビ族の人だ!
らい病か、あるいはそれに匹敵するような汚れの病におかされた人なのではないのか…!
レビ族は宮に仕えることが使命であって、またそれが誇り、生き甲斐でもあった。
しかし自分はもとより、身内の中に汚れの病におかされた者が生じた場合には、一定期間宮仕えの仕事に携わってはならず、隔離されねばならぬのだ…。

それゆえこの人は、レビ族として生を受けたにも関わらず、それをさせてもらうこともできず、自分の汚れが伝染して他のレビ人のご奉仕の邪魔になってはならぬと、みずからを隔離しなくてはならなくて…、そこには愛する者も、友も、近寄って来さえすることがない…。

お陰さま信仰しか分からない人たちなら、祈っても祈っても答えてくれないんならもう神じゃない!
神なんていないんだ!…って結論づけるところでありましょうが、この記者にはしかし、神に対する恨みごとが見られない…。

彼は自分の罪咎汚れを自覚しつつ、見放されている気持ちに圧倒されながらも、それでも神を神として、愛さずにはおれなかったんだ…。
棄てられている気持ちに踏みにじられながらも、神をわたしの神として、祈ることをやめることができなかったんだ…。

この人は、地上では何の良いことを体験できなかったのかもしれない。
しかし、神様の目には、尊ばれた人なのだ…。
それゆえこの人の祈りは地に落ち、埋もれるてしまうことなく、神のみ手によって取り上げられ、聖書の中の一篇として、ここにあるのだ…。

神様の愛の臨在の中で語られたもんですからね、集まってたみんな励まされて、ボロ泣きじゃった…。

あらためてお船に帰って88篇を開く…。
‭‭詩編‬ ‭88:1‬ ‭新共同訳‬‬
【歌。賛歌。コラの子の詩。指揮者によって。マハラトに合わせて。レアノト。マスキール。エズラ人ヘマンの詩。】

この、へマンさんが らい病だったりしたのかな…と思って、検索をかけてみる…。

いやいやいや、へマンさんは大活躍した人なり…。
楽器を奏でながら預言する者ということで、ダビデが、アサフやエドトンをその横に付かせ、神殿賛美礼拝のリーダーとしてたてた偉い人やん…。
先見者ヘマンと紹介されてるところもあるし、ソロモンの知恵がどんなにすごかったかの指標にさえ名前が上がってたりするやないの…。
列王紀上4:30-31(新共同訳では5:10-11)

…じゃ、病人は、コラの子のほうなんかな…。
コラって、あのコラなんかな…。

あ…。

あのコラじゃ…。

民数記16章で、モーセとアロンに逆らったレビ族の一派…。
「みんな聖なる民やろが!平等やろが!モーセとアロン!なに俺様たちのリーダーヅラして指揮しとんねん!」…と反逆。

神に裁かれたのは、コラたちのほうであった…。

つまり、神に裁かれた一族、の末えいなんだわ…88篇の記者。

おや?
おやおやおや?
詩篇って、名もなきコラの子(子孫)による詩がいっぱいあるやん…!?
だらけやん!?

この人たちは…、イスラエルの仲間たちに蔑まれて当然、神に棄てられて当然、という自覚を持っていた人たちの、末えいたちなんじゃわ…。

聞きとげられなくても…、答えられなくても…、なぁんにも好転するものが手に取ることができなくても…
裁かれても、退けられても、
仲間からあざけられても、ののしられても…

それでも、それでも神を愛していて…
それでも、それでも祈るのをやめることができなくて…

しかし、うめき叫んだ祈りのことごとくは御心にとまっていて…

先見者ヘマンたちの霊感の心をも動かして…、神殿の礼拝賛美詩歌にもとりあげられて…、預言者たちの霊感の心も動かして、今も、聖書のど真ん中に、存在しているんだなぁ…。

この世ではなんにも良いことがなかったのに、神を愛し抜いた人…。
こんな人たちこそ、御国では高い地位にある人たちなんだろうな…。

神よ…、あなたってかたは…。


‭‭詩編‬91:14‬ 新共同訳‬‬
彼はわたしを慕う者だから 彼を災いから逃れさせよう。 わたしの名を知る者だから、彼を高く上げよう。