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平安時代好きブロガー なぎ です。

 

2008年(平成20年)に「源氏物語千年紀」を迎えるにあたって、京都市は『源氏物語』の舞台となった場所や寺社・関係史跡 合計40ヶ所に「源氏物語ゆかりの地」説明板を設置されました。

そして、2023年(令和5年)には新しく7ヶ所に「源氏物語ゆかりの地」説明板が設置。さらに最初に設置された説明板のうち3ヶ所が内容を充実して設置されています。

 

かつて「源氏物語ゆかりの地」説明板①~㊵までをまわったことがありましたが、新たに追加された㊶~㊼も含めて、再度ゆっくりまわれたらと思っています。

 

※諸事情によりしばらく京都へ行けそうにありません。

そのため2025年より前に「源氏物語ゆかりの地」説明板を見に行けた場所について、少しずつご紹介していきたいと思います。

 

 

 参照:京都市情報館 > 「源氏物語ゆかりの地」説明板ガイドマップについて

 参照:私のwebサイト『花橘亭~源氏物語を楽しむ~』「源氏物語ゆかりの地」説明板一覧

 

当ブログ「晴れのち平安」内で紹介している場所につきましてはリンクを貼っています。

 

【説明板の名称】

①平安宮内裏跡[源氏物語の中心舞台]

②平安宮内裏凝花舎(梅壺)跡・飛香舎(藤壺)跡

③平安宮内裏弘徽殿跡

④平安宮内裏清涼殿跡[天皇の居所]

⑤平安宮内裏承香殿跡

⑥平安宮内裏蔵人町屋跡

⑦史跡 平安宮内裏跡[内郭回廊跡]

⑧平安宮内裏紫宸殿跡

⑨平安宮内裏淑景舎(桐壺)跡

⑩平安宮内裏昭陽舎(梨壺)跡

⑪平安宮内裏温明殿跡[内侍所跡]

⑫平安宮内裏東限と建春門跡

⑬平安宮内裏南限と建礼門跡

⑭平安宮内裏宜陽殿跡

 

⑮平安宮大蔵省跡・大宿直跡

⑯平安宮朝堂院大極殿跡

⑰平安宮西限と左馬寮跡・藻壁門跡

⑱史跡平安宮跡 豊楽院跡[豊楽殿跡]

⑲平安宮朝堂院昌福堂跡

 

⑳平安京一条大路跡

㉑一条院跡[一条院内裏跡]

㉒二条院候補地[陽成院跡]

㉓大学寮跡

㉔斎宮邸跡

㉕朱雀院跡

㉖西鴻臚館跡

㉗羅城門跡

 

 

㉘鞍馬寺[「北山のなにがし寺」候補地]

㉙大雲寺旧境内[「北山のなにがし寺」候補地]

 

㉚雲母坂[比叡山延暦寺の横川への上り口]

㉛雲林院

㉜遍照寺境内[夕顔のモデル大顔の舞台]

㉝棲霞観跡[清凉寺]

㉞野宮[野宮神社]

㉟大堰の邸推定地[明石君邸推定地]

㊱法成寺跡[藤原道長建立の寺院跡]

㊲廬山寺[紫式部実家推定地]

㊳梨木神社[中川の家候補地]

㊴鳥辺野[葬送の地]

㊵大原野神社[藤原氏ゆかりの神社]

 

㊶西三条第(藤原良相邸)

㊷紅梅殿

㊸六条河原院

㊹小野といふわたり

㊺松ヶ崎

㊻晴明神社

㊼宝塔寺

 

*説明板設置場所以外の源氏物語や紫式部にゆかりのある地

賀茂別雷(上賀茂)神社

賀茂御祖(下鴨)神社

紫式部墓伝承地

・賀茂斎院跡

・引接寺石塔

 

 

平安時代好きブロガー なぎ です。

『源氏物語』にもその名が登場する「椿餅(つばきもち)」。

 

今年は京都の逸品お取り寄せ通販「特選京都」を通じて京都市右京区にある「京菓子處 船屋秋月」さんから椿餅をお取り寄せしました。

 

 

↓京都の逸品お取り寄せ通販「特選京都」公式サイト

 

 

【「ひとくち餅」と書かれた掛け紙】

 

毎月15日は「お菓子の日」!!全国菓子工業組合連合会によって制定されたのだとか。

今月の「椿餅」は、京菓子處 船屋秋月さんから2月14日に発送。2月15日に我が家に届く流れとなっていました。

 

ひと口サイズの季節の甘味。
2月の和菓子は「椿餅」6個入りです。

 

【箱を開けてみると・・・6個の椿餅がずらり。】

 

 

【椿餅】

椿餅は、2枚の椿の葉で道明寺粉の餅を挟んでいます。

 

もちもちとした食感✨

中には餡が入っていて、こし餡の甘さとほんのり塩味が相まっておいしかったです!!

 

椿の葉が鮮やかな緑で美しいですね。

 

 

 

↓過去に「椿餅」について詳しく書いています。各店の「椿餅」の写真もたくさん掲載。ご興味がおありの方はどうぞ

 

 

平安時代好きブロガー なぎ です。

 2021年のこと。
久しぶりに平安宮内裏跡を歩きました。

内裏跡にはいくつかの「源氏物語ゆかりの地」説明板がありますので、私が訪ねた場所を少しずつご紹介していきたいと思います。

かつての内裏の跡は現在では住宅地の中にあります。

 

 

⑤平安宮内裏承香殿(じょうきょうでん)跡

 

【「平安宮内裏跡承香殿」碑と説明板】

 

 

【説明板設置場所:京都市上京区浄福寺通出水下る西入田中町】

 

 

「源氏物語ゆかりの地」パンフレットより

平安宮内裏承香殿跡

 

内裏の後宮の一つであるが、この建物の一画では、天皇の書物を保管し、和歌の編纂(編集)も行われた

 

 

■『源氏物語』に登場する「承香殿」

  • 桐壺帝の承香殿女御は四の皇子の母。紅葉巻に名前が登場するのみの人物です。四の皇子は光源氏の異母弟にあたります。
  • 朱雀帝の承香殿女御は今上帝を産んでいます。この承香殿女御は右大臣の娘で鬚黒の姉妹にあたります。
  • 冷泉帝の時代は、王女御(紫の上の異母姉妹)が「承香殿」に住みました。尚侍となった玉鬘は一時的に「承香殿」の東側の身舎を使用し、西側の身舎には王女御が住んでいました。

 

 

 

ちなみに・・承香殿の「源氏物語ゆかりの地」説明板や石碑が設置されているこちらは宿泊施設となっています。

 

 

【平安宮内裏の宿「承香殿 西対」の入り口横に石碑と説明板が設置されています】

 

 

【手前は平安宮内裏の宿「承香殿 東対」。奥に見えるのが「承香殿 西対」です】

 

 

平安宮内裏の宿公式サイト

 

 

平安宮内裏の宿は、築100の町家3軒を町家ゲストハウスに改修されており、1棟貸しで2名~8名が宿泊できます。

 

ずいぶん前に「承香殿 西対」に宿泊したことがありますが、綺麗で快適でした。

かつての内裏跡で一晩を過ごせるのって幸せな気持ちになります。✨

 

 

 

さて、歴史上、「承香殿女御」は数人います。

 

そのひとり、徽子女王について。

 

徽子女王は、天皇の代わりに伊勢神宮に仕える「斎王」を勤めた女性です。

(当時、伊勢神宮の斎王を「斎宮」、賀茂社の斎王を「斎院」と呼び分けられていました)

 

伊勢斎王(=斎宮)を退下後、村上天皇へ入内し、規子内親王を出産。 

徽子女王は前斎宮であることから「斎宮女御」と称されました。

また、内裏の承香殿を賜ったことから「承香殿女御」とも呼ばれました。

 

やがて成長した娘の規子内親王も伊勢斎王(=斎宮)に卜定されます。 徽子女王は制止を振り切って娘の規子内親王とともに伊勢へ下ります。 

 

母親が娘の伊勢斎王(=斎宮)に付き添って下向するのは前例がないことでした。

 

この実在した徽子女王の生涯によって、『源氏物語』の六条御息所と娘の斎宮女御(のちの秋好中宮)という女性像が創られたようです。

 

● 伊勢斎王(=斎宮)となった娘とともにに伊勢へ下向する点

  ⇒ 『源氏物語』において、六条御息所は斎王(=斎宮)となった娘とともに伊勢へ下向します。

 

●かつての伊勢斎王(=斎宮)が帝に入内して「斎宮女御」と呼ばれる点

 ⇒ 『源氏物語』において、六条御息所と故・皇太子との間に生まれた女性は、斎王(=斎宮)をつとめた後、冷泉帝に入内し「斎宮女御」(=のちの秋好中宮)とも呼ばれます。

 

 

 

*オススメの本

 

↓ こちらも承香殿女御と呼ばれた女性です

 

 

角田文衞 著『承香殿の女御 復原された源氏物語の世界』(法蔵館/2025年)

 

一条天皇の女御(承香殿女御)で天皇が亡くなってからは源頼定と結ばれた藤原元子の生涯。
群像劇のようでもあり興味深く拝読しました。

 

 

 

 

 

平安時代好きブロガー なぎ です。

 2021年のこと。
久しぶりに平安宮内裏跡を歩きました。

内裏跡にはいくつかの「源氏物語ゆかりの地」説明板がありますので、私が訪ねた場所を少しずつご紹介していきたいと思います。

 

かつての内裏の跡は現在では住宅地の中にあります。

 

 

 

⑤平安宮内裏清涼殿(せいりょうでん)

 

【説明板設置場所:京都市上京区下立売通千本東入】

 

「源氏物語ゆかりの地」パンフレットより

平安宮内裏清涼殿跡

 

天皇の居所で、南側には公的施設、北側には天皇のプライベートな施設があった。

 

「平安宮内裏清涼殿」説明板と「平安宮内裏弘徽殿跡」説明板は道路を隔てて向かいあって民家に設置されています。

 

 

 

【イメージ:京都御所清涼殿】

数年前に京都御所を参観した時に撮影。

 

 

『源氏物語』桐壺巻において、清涼殿の東廂で光源氏の元服の儀が行われました。
また、紅葉巻では、光源氏と頭中将が清涼殿の東庭ににて青海波(せいがいは)を舞いました。

 

【イメージ:青海波を舞う光源氏。】

ふくやま草戸千軒ミュージアム(広島県立歴史博物館)で開催された「源氏物語の世界展」にて撮影。模型や人形などの所蔵は風俗博物館。

 

 

 

 

 

平安時代好きブロガー なぎ です。

2021年のこと。
久しぶりに平安宮内裏跡を歩きました。


内裏跡にはいくつかの「源氏物語ゆかりの地」説明板がありますので、私が訪ねた場所を少しずつご紹介していきたいと思います。

 

 

 

③平安宮内裏弘徽殿(こきでん)跡

 

【「この北 平安宮内裏弘徽殿跡」石碑と説明板】

 

 

【説明板設置場所:京都市上京区出水通千本東入る】

 

 

「源氏物語ゆかりの地」パンフレットより

平安宮内裏弘徽殿跡

 

内裏の後宮のその一つで、後には天皇の住まいにもなった。『源氏物語』では弘徽殿女御が住み、またその妹の朧月夜(おぼろづきよ)も住んだ。朧月夜と光源氏との親密な関係が、光源氏の須磨(今の兵庫県)への隠棲の原因となった。

 

「平安宮内裏弘徽殿跡」説明板と「平安宮内裏清涼殿跡」説明板は道路を隔てて向かいあって民家に設置されています。

 

 

 

■『源氏物語』に登場する「弘徽殿」

  • 桐壺帝の時代の弘徽殿女御。右大臣の娘でのちに弘徽殿大后と呼ばれます。
  • 光源氏が弘徽殿女御の妹である朧月夜(六の君)と出会ったのは「弘徽殿」の細殿と呼ばれる場所です。
  • 朱雀帝の尚侍となった朧月夜は姉の弘徽殿大后から「弘徽殿」を譲り受けて住みました。
  • 権中納言(かつての頭中将)と四の君(弘徽殿大后の妹/朧月夜の姉)との娘は冷泉帝に入内し、弘徽殿女御と称されています。

 

 

 

 

さてさて

2021年11月に平安宮内裏の跡舎跡と見られる遺構が ❝初めて❞ みつかったことが報じられました。

その遺構は登華殿跡と弘徽殿跡とみられています。

※現在は埋め戻されたとのこと。

 

内裏跡には文献などを元に、石碑や説明板が設置されていますが、今回の発見まで殿舎跡はみつかっていなかったのだとか。

 

今後、また遺構が発見される可能性もあるのでしょうか。

ワクワクします!


 

 

ちなみに・・・「源氏物語ゆかりの地」説明板や石碑の近くには内裏跡に泊まることができるお宿があります。

 

【平安宮内裏の宿】

 

平安宮内裏の宿は、築100の町家3軒を町家ゲストハウスに改修されており、「弘徽殿の南邸」はそのひとつ。1棟貸しで2名~8名が宿泊できます。

 

↓平安宮内裏の宿 公式サイト