妻が手術を受けた。
上手くいったと聞いてホッとした。
待ってる時間は地獄のようだった。
麻酔が切れてから徐々に痛みが増してくる、
アイツ今夜はきっと眠れないだろうなと思う。
眠いのに眠りたくない気持ちが湧いてくる。

今年の公認心理師試験ももうすぐですね。
受験される方にとっては大変な時期だと思います。良い成果が得られる事(勝手に)期待してます。
そういえば、昨年度の試験前の今時期の私は、この辺りの本をぐるぐると、いったり来たり眠気と格闘しながら、時に時間の無さや、忙しさに対する様々な思いから涙目になりながらも、念仏を唱えるようにぶつぶつとやってました。

こちらは、本番試験対策用として使用、面倒な時(殆どそうでしたが)は、答からみてました。

この本は、語呂が長いので覚えきれないのもありましたが、息抜きがてら、目を通しつつ、要所々々で持って歩いて読み続けました。副次的に、知識の再整理にも役立ちました。

やはり大本を読むと全ての問題集(たつみやらかるすやら)の理解度も格段に上がりました。(高価なので買うのが馬鹿みたいに感じられたのですが、早く買って読むべきだったと後悔しました。)

これも、本番試験の予想問題として使用しました。

私の場合、本番試験で事例をみても、それほどうろたえる事なくすんなり解答出来たのは、この辺の本に目を通していたお陰かなと、個人的には思っています。

何かの参考になれば。
昨年京都で、現任者講習会があった際、合格祈願に伏見稲荷大社へ参拝しました。今年は、合格のお礼参りで、夫婦そろって参拝してきました。何となくまた、パワーを頂いたような気がします。

4/13
着いて最初は、関空杵屋でうどん、関西風旨味の多いダシ、美味しいです。残念ながら、こしは、イマイチ弱いです。

リムジンバスにて、京都駅まで移動

本能寺へ参拝しました。



帰る途中で、とろける湯どうふ、とても美味しかったです。


ここで美味しそうな日本酒頂きました。


飲み足りず、宿泊先近所の中華料理店にて、よだれ鳥と、生ビール頂きました。本格的四川料理は、死ぬほど辛かった(でも美味しい)です。


この日は、これにて就寝

4/14
朝から、伏見稲荷大社へ参拝しました。
お礼参りなのに、お礼の品を持っていかず、慌てて、慌てて、鳥居前のコンビニで、お供えの清酒を購入し、神さまにご挨拶しました。
無事合格致しました。どうもありがとうございました。


伏見稲荷駅にて1枚、パシャリ

その後、JR線に乗車して、京都駅まで移動、そこで、モーニングと、抹茶セット頂きました。



大阪駅にて、串かつ食べました。美味しかったです。


〆に伊丹空港出発ロビーにて、たこ焼き頂きました。


歩いて、食べまくった二日間となりました。
無事合格。

午後の問題No.144の解答が④で正解
物議を醸しそう、だけと個人的には納得
午前の問題No.2の解答が②で正解
特にもめることもなさそうだが、個人的には納得いかない。

総じて、今後の実務上の判断を要する際、公認心理師法解釈の準拠として今試験の解答は活用できそうだが、果たしてこれで良しと明言した事に厚生省が今後生じるであろう種々の問題の責任を取れるのかと心配になる。

経験してきた修羅場の差が現れやすい問題が散見され、その結果、選択に差が生じやすい問題構成であったと私には感じられた。
心理学検定、河合塾、コムニタスも、アマゾンオススメ図書もあんまり役に立たなかったというのが個人的な感想です。
DSM-5精神疾患の分類と診断の手引き、標準精神医学第7版、心理臨床大事典等々は割りと参考になりました。
結局は、実務経験(責任領域)でのしっかりとした活動現況がないと答えられない問題が多かったのではないでしょうか。
現任者対象の試験ですもんね、当然といえば当然なのかな…。🐵

試験が((((;゜Д゜)))こわい

でも頑張る。

勉強してると落ち着く感じがある。

総まとめに買った本です。


アマゾンでは写真の本は、値段がつり上げられてた。

辰巳法律研究所ホームページでは定価(2484円)で買えました。

心理職域の人間の不安につけこむとは大した度胸だなと思う。

皆様、あともうちょっとの間、頑張りましょう。
(1)効果的な聴きかた~クライエント様の気持ちを惹き付ける

 人は思っている通りには、なかなか表現しませんし、できません。お話しの方向があっちへ行ったりこっちへ行ったりと、時に言い訳を先にするように話してみたり、話そうとしてやめてしまったりなんて事もあるかも知れません。特に、ネガティブな意識は、まるで、臭いものにふたをするかのような感じで、閉じ込めている事が多いものです。無いものにしてしまった方が楽ですからね。

 しかし、このふたがくせ者な訳です。なぜなら、そのふた自体がご自身のこころの一部を使って作り出されたものだからです。

そして、無いものにしなければならないモノが一つ増える度に、一つこころを切り分けて、ふたを一つ作っては、ふたをするを繰り返す、するとどういう事が起こるのでしょうか。

 まん中にあるはずの大きかったこころが、切り分けられた結果、小さくなりすぎて、多くの場合は、まともに機能しなくなります。元気に機能しなくなり、集中しなければならない時に、ぼうっとすることも増えるのかも知れません。

ということで、こんなふたが必要なくなるくらいまで臭いをどうにかした上でふたを外していく必要がある訳です。
このためにカウンセラー・セラピストは、クライエント様にお話しをしてもらいたい訳です。

 それでは、クライエント様に、自ら心を開いて話をしていただけるように、我々カウンセラー・セラピストにできることとは、何なのか、すなわち、我々カウンセラー・セラピストはお話をどのようにして聴いていったらよいのでしょうか。

 明確な唯一の答があるのかどうか今の私には分かりませんが、上手に相手のお気持ちを感じることができたら、その答に近づけるのかも知れません。

  人は否定されることなく、気持ちをわかってもらえて受け入れてもらえると、この人に話したいという意欲が湧いてきます。そして、安心して、閉じ込められた意識も出せるようになります。

 話を否定しないで、次の4つの基本的なスキルを使って聴いていきましょう。

→次回4つ基本的スキル
 人生の目的とは、必ず実現できるものではありませんが、自分の夢にどのように近づくかを方向付けするものになるでしょう。

 目的意識を持つことで、目の前の困難に苦痛が幾分感じられなくなることがコーネル大学の研究で明らかにされました。

坂の上にある目的地に向かう始めに、今日の目標(短期目標)を聞くか、人生の目的(長期目標・目的)を聞くかで、坂を上ってから、今登ってきた坂についてどう感じたかということに対する評価に変化が見られたのです。

人生の目的を聞かれた方が、今日の目標を聞かれた方に比べて、坂を上るという事に苦痛を感じなかったのです。

つまり、将来の目的を持つことで目の前にある困難をいくらか軽く感じるという効果が生じたのです。

人生に目的を持つことは、日々の困難を軽くしてくれるようです。

目的意識によって人生は乗り越えやすくなります。

人の一生は 重荷を負うて 遠き道を行くが如し 急ぐべからず (徳川家康 遺訓より)

 それが文字通りの坂であれ、乗り越えなくてはならない人生の問題であれ

 人生に目的を持つことは、私たちの前に続くその坂をなだらかにしてくれるものになり得るのてす。

 私たちが今ここに生きてる意味とは何であるか

 アンネ・フランクやネルソン・マンデラは、人生の絶望の淵でその問いに答えよとしました。

 人生を価値あるものにしようとしました。

その問いに答えを見いだそうと決意することによって

 彼らの決意は世界を動かすモノになりました。

 全ての生命体に共通する目的はないのかもしれないけれど、

私たちはそれをこれからも探し求め続けるでしょう。

生きる目的を見つけようとする事こそ
私たちの究極の生きる目的なのかもしれません。

 困難をより軽く感じることで、より高く坂を上る事ができるのかも知れません。