シミルボン・2016年11月29日初投稿

 

父が早くなくなり、母子家庭になった穂津見霖(ほづみ りん)、母親リンダも亡くなり一人になった霖の元に父親の実家の当主が亡くなったということを報せに父親の親戚が雇った弁護士がくる。
父親の親族のことは、それまで知らなかった霖は、そこで初めて自分の父方の親戚の存在を知り、父の故郷である瀬戸内海に浮かぶ蒼島へと向かう。
そこで、1歳上の従兄の坂本零治(父親の二人いる妹の一人叔母の息子)と出会う。
また、遠縁の森生蕾と出会う。

父の実家は蒼島を治める家であり、その資産は莫大で当主がなくなったことにより、霖の父親霙一がその遺産を継ぐことになったが既に亡くなっている為に、その息子である直系の霖が継ぐことになったところから、不可解な事件が起こる。
そこには、長年霖が悩ましているあること、穂積見家にある秘密が絡んでくる。

最初は、田舎の血縁のドロドロとした関係、特殊な閉じた世界が描かれている。
また、穂積見家を裏から支える一族も出てきて、ミステリー要素が大きくあるが、舞台を東京に移してからは、その体に流れる一族の血や積み重ねられた因縁と対峙していく、霖や零治、蕾の姿が描かれていく。

また、その血族から逃れようとする霖達に、穂積見家を継いでもらうために裏から穂積見家を支えてきた一族の一人蛍子(けいこ)が執拗に霖を狙い、高校でバスケット選手の霖を陥れ、零治の父親も薬漬けにしていく。
小さな島の一族を維持する執念の怖さを感じる一方で、主人公霖の真っ直ぐで、穢れのない心の強さに心が惹かれる。

霖は、他人にも厳しいが自分にも厳しい人間である。
それでいて、他人に優しい。
遠縁で一族から嫌われていた蕾に優しく接し、蕾の心を開かせたのは霖だった。
私が特に、霖を好きになったのは、高校のバスケットボール部にきたコーチへの接し方を見てから。


コーチは霖と同じように、バスケットボールの才能を見出され、アメリカでプロのバスケットボール選手になろうとしたが、自分レベルの選手は山ほどいて、打ちのめされて帰国してきた。
霖の所属する高校のバスケットボール部を指導することになり、ことさら霖だけを集中的に扱く。

周囲は始めはいい気味だと思ってみていた部員達だが、次第に尋常ではない扱きを見ていて、コーチに意見をする。
しかし、コーチは、それまでいい気味だと思っていたくせに、と、部員達の言葉を一蹴する。
霖は何も言わずにコーチの扱きを受け続ける。
その霖の姿を見て、コーチは自分で自分を責め始める。

バスケットボールの才能があるといわれた喜び、アメリカで自分の実力を思い知らせれたこと、自分よりも才能がある霖、何も文句も言わずに指導ではない八つ当たりのイジメのような自分の特訓、それをしてしまっている自分の弱さ、情けなさがコーチの心と頭の中を駆け巡る。
そこへ、零治がやってきて、倒れた霖に問いかける。


「なぜ やめてあげなかった」
「彼は優れた人だからさ 俺をしごきながら傷ついていたのは彼のほうさ だからさ」
「お前は 厳しいんだな」

 

コーチは霖を扱くことで自分自身を責めて痛めつけていた。
才能があるからこそ、自分がやっていることが愚かだと分かっているからこそ自分を責める。
それが分かっているからこそ、霖はあえてそれを受けていく。
どんなに自分を痛めつけようが、相手が自分のやっていることの無意味さに気づくまで、それを気づいてやめることが出来るまで、霖は自分の体の限界まで相手に付き合う。

これは、一見すると酷い仕打ちだが、相手のすごさを感じているからこそ出来る精一杯の誠意だと私は思う。
コーチのすごさは人の能力を正しく見抜く力があること、また、自分の醜い嫉妬や八つ当たりの過ちをちゃんと認めることが出来ること、それを止めることが出来る勇気と決断があるということ。
霖は、コーチにそれが人間として出来ると思っているからこそ、コーチが自分を責めて苦しんでいても、扱きに耐えていたのだと思った。

このコーチとの出来事は、この作品の続編になるアメリカ編『パッションパレード』の霖に返ってくる。
アメリカへのバスケットボールの留学先で、コーチへ霖が突きつけた問題が霖自身が乗り越える壁となる。
その時に霖が感じた孤独、自分のバスケットボールへの熱意、才能と向き合う姿が描かれ、霖が強くなっていく過程を読むことが出来る。

続編の『パッションパレード』と比べると、『朱鷺色三角形』は人間の執念の怖さを感じる作品だが、人間の怖さと共に主人公霖や母親リンダが見せる真っ直ぐで純真な強さと優しさに魅了される作品。
一族の血縁関係がドロドロとしているだけに、霖の透き通った真っ直ぐな心がより透明に見えてくる作品。
私はこの霖の真面目で真っ直ぐな姿がとても好きだ。