シミルボン・2016年11月30日初投稿

 

前回レビューした『朱鷺色三角形』の続編。
前作に引き続き、霖と零治、蕾、蛍子(けいこ)、ガヴィが登場する。
ガヴィは、零治の元恋人であり、霖がアメリカへバスケットボール留学をするきっかけを作ったバスケットボールのコーチで全米で有名なグイドの姪で、グイドはガヴィの叔父にあたる。

アメリカでグイドの指導を受けるために渡米した霖。
グイドはモレリ・バスケットボール・キャンプを主催している。
毎年8月に入団テストがあり、それに合格したもの、グイドのめがねにかなった者は1年間グイドの指導を受けることが出来る。
16歳から18歳の男子が対象。
グイドの指導を受けるには、イリノイ州にくる必要があり、他の州から来るものは、1年間学校を休学することになる。

霖はイリノイ州の高校イースト・ハミルトン高校に通いながら、グイドのキャンプに参加する。
しかし、霖はグイドのキャンプに対して批判的な生徒や、日本人である霖に対するキャンプメンバーからの人種差別、自分同等、それ以上のバスケットボールの才能を持つメンバー、それまで自分が出会ったことがない人達の出会いの中で、自分がいかに今まで生温い安全な日本という国いたかを思い知らされる。

人種、同性愛者、エリートとスラム街に住む人間との格差、肌の色の違い、文化の違いから生まれる孤独感。
知り合いだからこそ、他のメンバー以上に厳しく霖を指導するグイド。
その現実に、霖は打ちのめされる。
孤独から、自分に声を掛けてくれた白人女性アイラの誘いにのって、大麻パーティに参加してしまう。
それを知ったグイドは過去にドラッグで潰れた選手がいたことから、激しく霖を叱り飛ばす。
その場に居合わせた高校で霖の案内役を務める生徒会長黒人女性のジューンは言う。
 

「霖…!みんな不安なのよ不安と戦って生きているのよ そうでしょう…!? …私ね…あなたを初めて見た時――――ちょっと感動した なんて素直できれいな瞳をしてる人だろうって… 「キャンプ」の連中とはあまりに異質で とてもやっていけないだろうって思ったわ でも 少したって ホントはすごく シンの強い人間じゃないかって思った―― 強情で頑固でね(中略)あなたはアシね 嵐にあえば倒れるけれど すぐ起き上がれるしなやかで強い 生命力の葦」
「勝手に決めつけないでくれ」
「私 観察は得意なのよ ね…霖!わかって! 私がここで かわいそうにかわいそうにって あなたを慰めるのなんか 簡単な事よ でも そんなの何にもならない! 結局 運命を切り開くのは自分自身にしかできないのよ!! お願い負けないで! 自分から折れてしまわないで!」

ジューンの言葉に霖は分からないと答える。
心の中で霖は思う。

「君の言うことは立派すぎて」

『朱鷺色三角形』で自分を扱いたコーチに毅然とした態度でいた霖。
頑固で真っ直ぐで芯の強い霖が弱音を吐く姿は衝撃だった。
霖はジューンの言うとおりの人だから。

み…みじめだ…… どうして… こんなにみじめになるんだ……!胸が…苦しい 吐き気がするほどさびしい もう……止められないよ 涙を止められない 苦しい 誰か…
「たかがアメリカじゃないか」
誰でもいい「泣くな!」「泣くな!」会いたい… 会いたい! 泣くな!

 

 

 

霖はその孤独の中から自分自身の行動と信念で周囲の信頼を勝ち取っていく。
それは、霖の頑固で強い芯の強さもあるが、蕾にも見せた分け隔てのない人への優しさがある。
大麻パーティに誘ったアイラが男に強姦されそうになった時にも危険な目にあった時にも霖はアイラを助ける。
だが、アイラははねつける。

「あ…れくらいのこと!あたし何ともないわよッ あんたは偽善者よ!あたしを助けていい気分になりたいんだ!!あれだけ こっぴどく あたしをコケにしといてッ」
「虚仮?」
「あんた あたしをはねつけたじゃないっ ホントは人の事 くさった肉みたいに思っているくせにッ」
「わかったよ とにかく今は走ってくれ」
「なによォ…」
(中略)
「逃げろっ 何している早く行けっ」
「だ…だって!」
「行けっ!!」

追ってきた男達からアイラを逃がした霖。
ビール箱が積んでいる場所まで追い詰められてそれが崩れて怪我をして倒れたところにアイラから知らせを受けたアイラの父が霖を自分の家に運び手当てをする。
落ち着いたところでアイラの父は、霖に自分の娘との関係を聞く。

「私もバカじゃない娘のウワサはよく知っている 他人ならほっとくが一人娘だ 今夜も出かけたので捜しに行ったら娘と出くわした 血相を変えて君を助けてくれという 娘のあんな真剣な顔は初めて見た……君は娘とどういう…」
「パパ 何も今 そんなこと」
「友達です もっとも ぼくが一方的にそう思っているみたいだけど」
「で どういう友達だね?」
「いいかげんにしてよッ パパの聞きたい事なら私が言ってあげるっ 私たち何にもないわよ もっとハッキリ言うと私が誘って断られたのよ フラれたのよ めいっぱい!」
「……そうか 正直言って 我が娘(わがこ)ながら… この娘(このこ)の為に体をはって助けてくれる友人がいるとは 信じられなかった… こんな… うれしいことは…ない… ありがとう… 感謝する 心から――ありがとう…」

父が涙を流す後ろで、アイラも涙を流していた。
アイラとはその後、だいぶ経って霖と会話をする。
その時の会話からアイラがどれほど霖に感謝をしていたか分かる。

「あたし…場数だけはふんでるから……優しいフリする男はいっぱい知っていた でも… ホントに優しい男は霖しか知らない きれいなままでいて 霖だけは いつまでもキラキラしてて それだけでいいよ」
「おぼえている…?アイラ」
「え?」
「5ヶ月前初めて口をきいた時 パーティに行かないかって誘ってくれた」
「うん」
「あの時は死んじまいたいほど寂しかった 孤独(ひとり)があんなにつらいって初めて知った 声をかけてくらた時 ホントにうれしかった」
「下心あったもン」
「いいんだよ ああいう時は下心でも 憐れみでも何でも 無関心よりはね まだ一言もお礼を言ってなかったね ありがとう うれしかったよ…」

また、麻薬売人の濡れ衣を着せられたキャンプのメンバーで親友の黒人マイケル、通称ジョーカーに対しても、霖はジョーカーの無実を信じ、白人警官マシスンと臆することなく言い合い、ジョーカーの無実を証明するために奔走する。
警察の取調室でジョーカーはマシスンに聞く。
ジョーカーの話については、こちらの以前コラムで少し触れた。

 「何て?」
「は!?」
「霖は何て言った?」
「だから…つまり…ヤケクソだな おれたちがどんなに決定的証拠をそろえようと おまえの言う方を信じるんだと おれたちが――奴の言い分によると だぞ おまえを疑ってかかるから その反対をする」
(――パトカーが 走りさっていくのを…)
「そんな人間が1人くらいいないと」
(霖がじっと 見送っているのがわかった)
「おまえが かわいそ……」
(おれの仲間と間違えられてパクられたらどうするんだ あのマヌケさは きっと 一生――……)

ずっと、マシスンの言葉を聞きながら、霖を思い出し涙を流すジョーカー。
霖は自分が経験してないこと、分からないことに対して変に知ったかをしない。
しかし、その人が持つ変えることの出来ない性質で人を判断して差別することはしない。
それはアイラとジョーカーだけに限らない。
この霖の優しさが人を変えていく。
これだけ、本気で人のことを思えるのが霖の強さであり、優しさ。

読み返して書きながら、私は恥ずかしいことに泣いていた。
一方で少女漫画の主役の男の子だなって思っていた。
あまりにも、格好がいい。
アイラのことにしても、ジョーカーのことにしても、ここには書けなかったがジューンのことにしても、グイドコーチの片腕のバーニーコーチに対する理解と優しさを読んでも、タイミングよくかっこよく立ち振る舞える場面が出てくる。

だけど、その勇気と引き換えに自分も大怪我をするリスクのある場面ですくむことなく、行動に移せるのは、漫画の主人公だからという理由ではなく、霖だからこそ出来る行動だということが、前作から描かれていきた霖の言動と性格で読者に納得させている。
樹なつみ先生は、それだけ霖という人物をしっかりと描いている。
このアメリカで霖は自分が超えるべき相手と出会う。
それが、ジューンの義理の弟キング。
バスケットボールだけでなく、あらゆるスポーツの天才。
彼と試合をして勝つことが霖の目標となる。
霖はある特殊な事情でキングに本当に自分の実力だけで勝つことに拘る。
キングとの最後の試合の前にグイドは霖に声をかける。

「はなはだ…いいかげんで頼りない人間のおれだが これだけは言えるぞ!誇れ!!いばっていい!!誰にでも自慢しろ!それだけの事をおまえはやった!よく頑張った――おまえはえらい奴だ もう――何も恐れる必要はない」

この言葉は、霖のアメリカでの生活、いやそれまでの生き方を全肯定する言葉。
その言葉に明るい道が開かれたと感じた。
霖の孤独に打ち勝った姿、強さ、優しさ。
それがしっかりと描かれた本作は、前作『朱鷺色三角形』よりも厳しくも明るい清清しさを感じる作品。
霖の足下に及ばない私だが、その姿に自分の中にある小さな小さな勇気を振り絞って生きている。