てんかんと闘うスポーツ音楽好きしんちゃんのブログ

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僕はてんかん持ちで、今もてんかんと闘っています。同じてんかんと闘っている方と、辛さを共有できる「大切な仲間」として闘っていきたいです。※なお、明らかに業者、名前を売るための方、最低限のルール、マナーの無い人フォロー申請、コメント等承認しない場合もあります。

僕はてんかん持ちです。
発症してから33年もの間、いろいろな辛い経験をしてきました。
それでも、今もなおてんかんと闘っています。
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こんにちは。久しぶりです、しんちゃんです。

 

僕の年齢は、バレてると思うんですが「カンさん(笑)」になったところです。

つまり、20代後半にてんかんを発症して、30代半ばに完全開頭の脳外科手術(頭蓋内電極留置術)を受け、

受けられたことだけでも幸いでしたが、術後は、一番の辛い発作でもあった、歩行中の身体硬直だけは消失し、

今も出ていません。左半身麻痺の後遺症が残ると言われていたもののそれは無く、日に10回以上も出ていた発作は

今では月に2,3回にまでなりました。

 

歩行中の身体硬直では、横断歩道で何回車にぶつかったり轢かれそうになったりしたことでしょうか。

そういう毎日、いつ旅立ってもおかしくない「生命の危険」とも闘いながらの日々でした。

 

「そんな危険な状態なら、外出しなければいいのに。」と思われる方もいるでしょうね。

でも、この横断歩道を渡らなければ職場に行けないし、行かなければ収入も無くなる・・

(この当時は、てんかんで障害年金が申請できて受給もできるなんて知りませんでしたし。)

 

元々、初めての発作は職場での勤務中に突然起きた大発作でしたからね。

(この後、今までに数回、救急搬送されてますが、意識喪失しても倒れたことは無いんです。)

 

それで、職場にもてんかんがあることを隠すことなくやってきて、それでも休みは多かったです。

先日、勤怠管理表で確認したら、有給休暇以外で休んだ欠勤だけで累計で3年を超えてました。

 

そんな状態で、しかも、一昨年8月から1年1か月も休職しながらもなんとか復職し、この3月で

定年を迎えました。

そして、4月以降も無事継続雇用で雇ってもらえることになりました。

 

4月からも、今の部署と同じ部署で、基本的に同じ仕事を続けられるわけです。

 

先日、会社にはその継続雇用の契約書を提出し、上司からは4月以降の処遇、つまり基本給の話もありました。

金額だけ言ったら悲しいほどかもしれません。それでも、定年前とさほど減額は無しでした。

ただ、賞与はほぼゼロに近いでしょうし、今までは出ていた家賃補助も無くなるので、経済的にはきつくなるでしょうね。

 

わずかに企業年金がもらえるのと、定年退職なので退職金も少ないけどあるので、それを削りながらの生活になりそうです。

それと障害年金ですね。

今年の12月に更新申請が必要になるので、支給停止なんてことになったら大変ですけど。。

 

それで、先日のブログにも登場した、てんかん持ちの息子さん(旅立たれた)をお持ちの上司から言われたんです。

「てんかんがあって、これだけの長い期間仕事されてきただけでもすごいことですよ。」と。

 

びっくりでしたけど、それでも雇い続けてくれた会社に入社して勤務続けさせてもらえたことには感謝です。

 

今後、継続雇用は長くて5年(1年ごとに継続)ですので、それ以降は考えていない、いえ考えらえないんですが、

発作は軽いけど昨日も出てましたし、体調管理にはより注意して、発作を起こしそうな体調の悪さを感じる時は、

無理しないように、適宜有給休暇とかもとりながら続けていこうと思ってます。

 

去年の休職中は、正直言ってこの3月で退職しようと思ってました。

でも、てんかんがあってこの年齢では、新たな職というのも見つけるのは非常に難しいと思いますので、

抑うつ症状が回復した頃に考えを変えて、「そのまま残れるなら残って」という思いに変わったことで、積極的に復職に動き、

結局、4月以降も、現在の会社で勤務します。

 

「「無理」はしないように」とは、上司からもずっと言ってもらえているので、何とかやってみますね。

 

昨日から、定年前最後の「1週間の連続休暇」を取っているので、さっそく役所に「自立支援医療受給者証(精神通院)」の

更新手続きをしてきました。

来週には、定期のてんかんの診察もあるので、どこかに旅行するとかそんな予定はないですが 、ゆっくり体を休めますね。

 

では、またブログ更新しますので、今後ともよろしくお願いします。