FRAGILE~壊れ物注意~
「仕方ないな、んじゃお前の20年後の未来を今から見せるから、
鏡をよぉく見とくんだ。」
年寄りか若者か男か女かよくは分からなかったが、
目覚まし時計がなる10秒前、夢の中でその人は、そう言っていた。
2月26日の午前5時、
窓はまだ黒かった。
今から香港に行くんだよな。
緊張も高ぶりもないまま、
ギターケースとカートをひいて成田空港へ向かった。
「FRAGILE」と書かれたシールを貼られたギターを預けて、搭乗して、席に座って、機内食食べて、一眠りしたら、
又その異邦人が夢の中に出て来た。
「んじゃよぉく目をこらして見るんだ。
これからの自分の姿をな。」
「お客様。」
あと30分で着陸態勢に入るからシートベルトを、と客室乗務員に起こされ、夢は又途切れた。
香港は27℃。
着ていったコートをカートに詰めて、ホテルに向かった。
ひろむは恐かった飛行機から解放された為か、初めての海外旅行からか終始笑顔。
ボロボロのバスを乗り継ぎ、ホテルに荷物を置いて、いざ一発目の食事へ。
九龍の街中に漂うアジアの匂いとそこらじゅうで騒音を立ててる工事現場に、俺達はテンションが高まった。
しかし、ラーメンがまずかった。
いや、まずいと言うより味がなかった。
コップは割れていた。
お茶はぬるかった。
スプーンは投げるようにテーブルに置かれた。
金髪の店員は笑顔一つ見せなかった。
つまようじは両側とんがっていた。
ラーメンにレタスが入っていた。
まぁ腹ごしらえは脂っこさでしっかり出来たから、
その後のウェルカムパーティーでは気持ちよくスピーチを行えた。
各国代表バンドは緊張のせいか、目つきを鋭くさせ俺達を見てた。
ひろむはお構いなしにマレーシア代表バンド「ATASHINCHI」へ話しかけた。
日本のアニメ「あたしンち」が好きだから名づけたという。
見た目が相当いかつい彼らとは対極のバンド名。
そしてジャンルがファンクというから俺達は両手で「Why」のポーズをした。
その後のディナーでは、日本からのゲストという事で、主催する香港最大手の楽器屋「TOM LEE」の社長さん達に、最高級の広東料理のフルコースでもてなされた。
二人共人生初の「フカヒレスープ」をこれでもかってぐらい食べさせて貰った。
アースウィンド&ファイアーのドラマーとして活躍してたソニーエモリー氏とも熱くナイスチューミーチューを交わし1日目は終了する。
2日目は香港の国民性か急遽スケジュールが変更となり、一日フリーに。
港や女人街へ行き買物と撮影三昧。
ディナーは連日の中華料理フルコースを頂く。
これまた二人共人生初の「上海蟹」をこれでもかってぐらい食べさせて貰った。
浦島太郎はきっと中国に難破し、現地の人達にこんな風にもてなされ、時間が過ぎるのも忘れ、そこに居座って歳を取ったのではないか。
YAMAHAの方がそうおっしゃってたぐらい、宴は午前0時まで延々と続いた。
3日目、いよいよ「Asian Beat Grand Final」当日。
11時から全体のリハーサルが3時間続き、会場近くの屋上でランチを頂く。
これまた飲茶のフルコース。
隣の席ではYAMAHAの方が豆知識を教えてくれた。
「韓国ではネックレスの事をモッコリって言うんだよ。」
「へぇそうなんですか~
って昼間っから下ネタですか?それも韓国の豆知識ですか?ワハハ」
次から次へと食べた事のない触感と味付けに「ハホチー!」を連発。
しめのマンゴープリンを頬張った時、ひろむは絶頂を迎え、目をつぶりニンマリ、俺は背もたれに体を預けため息を吐き、二人して言葉をなくした。
グルメレポーターの気持ちがようやく分かった。
こんな美味い物がこの世にあるのかって思った時、
体中に「シアワセエキス」が充満するという事を。
(「シアワセエキス」とは、心臓の5cm右側をこそばくさせて、明日死んでもいいと思わせてしまう、二人でその日名付けたエキスの事。)
店を出た時、二人は妊婦の気持ちも分かった。
マリモッコリならぬハラポッコリ。
ライブ開始まで時間があった為、3月14日のライブでお客さんにお配りするお土産を買いに繁華街ネイザンロードへ。
土曜日という事も重なってか人、人、人。
美味しいキャンディーを50個買い占めて、
ライブ会場へ。
午後8時、大会はようやくスタートを切った。
ソニーエモリー氏のドラムソロで幕を開け、
9カ国の代表バンド、計10組が思い思いにユニークなパフォーマンスを繰り広げる。
舞台から飛び降りる者、長髪を振り回す者、半裸になる者、
とにかく会場の熱気は感じた事のないレベルに達していた。
時間はあっという間に過ぎ、カケラバンクの時間に。
MCに促され千人弱の観客から盛大な拍手で迎えられる。
つたない英語で挨拶をし、一曲目「靴飛ばし」へ。
しかし、カホーンが鳴らないというトラブル。
曲中、終始マイクケーブルをチェックするスタッフ達。
臨機応変にジャンベへと切り替えるひろむ。
そんな独特の雰囲気に会場からは大歓声。
二曲目前には英語で曲説明。
「Next Song is Arigato. Arigato means 多謝.」
俺の多謝(トーチェー)の発音が良かったのか会場から大きな拍手が。
ひろむの促した手拍子にも多くの方が賛同してくれ、聞いた事のない音を聞く。
三曲目「Song for you」でいよいよYAMAHAの電子ドラムDTXを使用し、誰も見た事のないアコースティックデュオの姿を披露する。
ラスト「ハナウタ」では思い切って大合唱をしようと英語で呼びかけた所、手拍子と「ラ~ララ~♪」で場内は一体に。
音楽は言葉を越えた。
そう言えば、誰かが言ってたな。
「言葉は月をさしている人差し指のようだ」と。
指を見ていても月は何も見えないと。
きっと音楽も月のようなもので、
メロディや歌詞や楽器は言葉と同じく、人差し指に過ぎないと、初めてその言葉を体が理解し、俺の中で名言に変わった。
次のプログラム「授賞式」を袖で控えていた10組のバンドメンバーも「ラ~ララ~♪」と大合唱をしてくれていた。
「See you again! in HongKong!」
そう言って俺達は別れを告げた。
ライブ後各国のバンドメンバーから次々に握手を求められた。
CDを欲しがってくれた。
終了後の打ち上げパーティーで各バンドと記念撮影をした。
英語で会話をした。
冗談を言い合った。
ナルトが好きかと聞かれた。
又会おうと握手を交わした。
帰り道の九龍から見える向こう岸の香港は昼と同じく、夜も霧がかかっていた。
ホテルに着いたら午前2時を回っていた。
窓の外では雨が降っていた。
気が付いたら成田空港に着いていた。
気が付いたら四日が過ぎていた。
家に着いて爆睡した。
異邦人は夢で言った。
「では鏡の方を見なさい。今から・・・」
俺は首を横に振った。
「やっぱいいよ。20年後の自分を見ても、きっと今抱えてる不安が消えて、新しい不安を探しては又あなたを呼んでしまう。
仮に夢が叶った姿を見せてくれたとしても、明日から昨日までのような努力をやめてしまうから。
どっちみち未来なんて見たくなくなったよ。」
異邦人は苦笑いをした。
もう未来を想像して不安になるのは飽きて来た。
過去を思って悔やむのも疲れた。
今、目の前にある現実を、丁寧に扱いたくなった。
出会い全てを偶然から運命だと思うだけで、
毎日起こる現象全てに意味があると思うだけで、
この世界は色を変えるから。
異邦人は、じゃあと言って手を振って消えた。
部屋の隅っこに立てかけてあった「FRAGILE(壊れ物注意)」のシールが貼られたギターケースをふと見たら、
コツンと音が鳴った。
20年後、お前を又見に来るよ。
それまでギターケースの片隅で眠っておくよ。
って言ってた。
気がした。
広東語は早くて分からないや。
~桜井モトヤ~