「マレー作戦の歌」(北原白秋作詞 作曲者不明)

(1) 雲か山かと見渡せば マレーは今だ十字星

   万里の波頭乗り越えて 船は満ちたり輸送船

   怒涛の如き我が軍の進撃を見よ電撃を

(2) 敵の囲みをつく作戦に クアンタン沖の猛追に

   相叫び応え突破する タイと英との国境線

   怒涛の如き我が軍の進撃を見よ 電撃を


この歌は当時銃後と呼ばれた本土では、あまり歌われなかったが、マライ作戦に従軍した第25軍兵士の間ではよく歌われていた。マライ作戦は上陸からわずか60日と少しで目標としていたシンガポールを占領できた。これは確かに電撃的な勝利である。しかし、この陰には沢山の犠牲者があったことも忘れてはならない。ジットラ突破作戦だけでも27人の戦死者と83人の負傷者を出している。

ぺラク河畔まで一番乗りした安藤支隊は上陸地点のパタニ、タベーから国境を越え,ぺラク河上流に沿ってジャングルの中を進んだ。兵隊たちは上陸後調達した自転車を担ぎ、敵だけでなく人間の血を吸う山ヒルと戦いながら進軍した。自転車部隊は安藤支隊だけでなく、近藤師団の岩畔豪雄率いる歩兵第5連隊もそうであった。当時自転車部隊のことを銀輪部隊と呼んだ。