新井城址(神奈川県史跡) -神奈川県三浦市三崎町小網代-
新井城址は神奈川県三浦市にある城跡で、相模三浦氏の居城でした。小網代湾と油壺湾に挟まれた岬状の台地で、岬の先端は現在油壷マリンパークとなっており、過去に凄惨な籠城戦があった城跡だったことは想像することもできません。
三浦氏は相模国三浦郡を本拠地とする武士団で、古くから源氏との結びつきが強く、鎌倉幕府では有力御家人でしたが、その勢力が執権北条家を凌ぐほどになったため、宝治元年(1247)の宝治合戦で北条氏と安達景盛らによって滅ぼされました。その後、傍流の三浦盛時(佐原氏)により再興されたのが相模三浦氏で、新井城を居城とし、室町幕府では相模守護を務めるなどしました。関東の争乱では、扇谷上杉家の重臣として活躍し、三浦郡、鎌倉郡などに勢力を拡げました。後に、伊勢宗瑞(北条早雲)と対立しその戦いで新井城に追い詰められ、三年間の長期にわたる籠城戦の末、永正13年(1516)三浦義同は自刃し、子の義意は戦死し、相模三浦氏は滅亡しました。

地図‐新井城址
三浦半島に三浦一族を訪ねる – 神奈川県
撮影日2018年6月13日

 


油壷湾上の台地が新井城址 油壺の由来は、武者の血が油を流したように海に染まったことによる

新井城址 絶壁に囲まれる天然の要害

三浦道寸義同墓 油壷マリンパーク正面より右に進むと林の中にある

三浦宗家館跡 鶴岡八幡宮の東方、現在の横浜国立大学附属鎌倉小・中学校の地 鎌倉市

衣笠城趾 三浦氏の旧城 横須賀市衣笠町