美濃金山城跡(みのかねやまじょうあと)は戦国時代の城郭で、鬼武蔵といわれた森長可ら森氏の居城として知られています。木曽川と兼山町を見下ろす山上に築かれ、織豊系城郭の特徴である石垣、瓦、礎石が見られ、土木工事の技術の高さを示す削られた岩盤、また城の終焉を伝える破城の痕跡も残されています。
金山城は天文6年(1537)斎藤正義が築城し、烏峰城(うほうじょう)と名付けられました。永禄8年(1565)織田信長から森可成に与えられ、金山城と改称しまし。元亀元年(1570)近江宇佐山城の戦いで可成が戦死したため、長可が継承し城主となりました。天正10年(1582) 長可は川中島に転封となり、弟の乱丸が城主となりましたが、本能寺の変で死去したため、再び長可が城主となりました。天正12年(1584)小牧・長久手の戦いで長可が戦死すると、弟の忠政が城主となりますが、慶長5年(1600)川中島へ転封となり、金山城は石川光吉(犬山城主)領となり、翌慶長6年(1601)廃城となり破却されました。明暦2年(1656)「金山村」は「兼山村」と改められましたが、城跡の名は「金山城」のまま用いられています。
森氏の菩提寺は麓の兼山町にある可成寺(かじょうじ) です。ここは、森可成の室 妙向尼が、江州宇佐山の戦いで戦死した可成の菩提を弔うため、長可を開基、栄厳禅師を開山として創建した森家の菩提寺です。可成、長可、乱丸、坊丸、力丸の墓があります。
可成寺の近くには、「可児市戦国山城ミュージアム」が設けられています。この建物は、明治18年に建てられた小学校を利用したものですが、併せて見学されるとよいでしょう。

地図 – 美濃金山城跡
国史跡美濃金山城跡 – 可児市
撮影日:2021年04月16日
2021-05-20

 

美濃金山城跡

天守台西南隅石

桝形虎口

金山城から可児市方面を望む

可成寺 森家の菩提寺

可成、長可、乱丸、坊丸、力丸の墓