消えた沈船 硫黄島火山活動の今

手塚耕一郎

 

毎日新聞2025/12/22 16:18(最終更新 12/22 16:48)1273文字

 

硫黄島「千鳥ケ浜」の噴火前後の比較。9月の噴火で火口が生じ、左の陸側にあった大きな船は姿を消した。左奥のパイプラインも途切れている=上は2023年10月30日、本社機「希望」から手塚耕一郎撮影。下は25年10月23日(海上保安庁提供)

 

 戦後80年が過ぎた今年秋、東京都心から南に約1200キロに位置する東京都小笠原村の硫黄島で、戦後放置されて遺構となっていた朽ちた船が姿を消した。理由は火山活動だ。自衛隊の施設にも被害が生じ、専門家は「本格的なマグマ噴火に移行する時期は遠くないのかもしれない」と警鐘を鳴らす。

 

 2023年10月下旬、島の南側にある翁浜沖で海底噴火が起こり、一時的に新島が形成された。本州から遠く離れた孤島のため、島の様子を知るすべは限られているが、その後も活発な活動が断続的に続いているようだ。気象庁によると、今年9月には島西側の千鳥ケ浜で噴火が起き、新たな火口が生じた。

 

摺鉢山(硫黄島内の噴火地点)

 

 第二次世界大戦の激戦地として知られる硫黄島では、戦後まもなく米軍が波止場を造る目的で、コンクリート船と廃船計15隻を千鳥ケ浜沖に沈めた。しかし硫黄島は、海底からそびえる巨大な火山の頂上部が海面に姿を見せたような島で、9年間で最大8メートル以上という世界的にもまれな速さで隆起している。戦後、沈められた船は次々と海岸線に姿を現した。

 

硫黄島「千鳥ケ浜」に並ぶ、戦後残されてきた沈船。急激な隆起で陸に姿を現した。奥の船は今年9月の噴火で火口にのみ込まれた=東京都小笠原村で2023年10月30日、本社機「希望」から手塚耕一郎撮影

 

 23年10月末に毎日新聞で空撮した写真では、波打ち際に並ぶ船の残骸と共に、少し離れた内陸側に、全長100メートルを超える大きな船の姿が見られる。しかし、25年10月23日に海上保安庁が撮影した写真では船の姿が見られず、噴火によって新たな火口が生じて地形が大きく変化していた。

 

硫黄島の千鳥ケ浜に残されていた、全長100メートルを超える廃船。島の急激な隆起で海岸より内陸に位置していたが、今年9月に起きた噴火によって火口にのみ込まれて消失した=東京都小笠原村で2023年10月30日、本社機「希望」から手塚耕一郎撮影

 

 海上自衛隊の基地がある硫黄島では、海自や空自の訓練の他、在日米海軍による空母艦載機の陸上離着陸訓練(FCLP)も行われてきた。しかし9月の噴火によって輸送船から航空機用燃料を島内に送るためのパイプラインが損傷した。FCLPは山口県の米軍岩国基地で行われ、新たな騒音問題も生じている。

 

千鳥ケ浜で9月に発生した噴火によって被害を受けた、硫黄島のパイプライン=2025年9月(防衛省提供)

 

 防衛省によると、この噴火で滑走路への被害は出ておらず、活動にも大きな影響は出ていないという。今月16日に成立した今年度の補正予算には、31億円の復旧費用が盛り込まれたが、完全に元の状態に戻るにはまだ時間がかかりそうだ。

 

硫黄島南側の翁浜沖で起きた噴火。噴出物によって新島が一時形成された。奥は摺鉢山=東京都小笠原村で2023年10月30日午後0時23分、本社機「希望」から手塚耕一郎撮影

 

 

 海上保安庁の観測にも度々同行している東京科学大多元レジリエンス研究センター火山・地震研究部門の野上健治教授(火山化学)は「硫黄島は以前から活発な火山活動と急激な隆起が半世紀以上続いていて、近年特に活動が高まっているわけではない」と説明する。

 

 しかし「1日1ミリ以上にもなる、世界的にも異様な速度の隆起は、マグマの貫入以外に考えられない。新島を一時形成するような噴火も起きていることから、本格的なマグマ噴火に移行する時期は遠くないのかもしれない」と、いずれ起こると考えられる大規模な噴火に対する危機感をあらわにする。「現在、マグマ由来の高温の火山ガスが、地下の浅い所で地下水と作用することで爆発する現象(水蒸気爆発)が活性化し、島の各所での噴火につながっている」という。

 

 「水蒸気爆発がどこで起きるのかを予測するのはとても難しいが、大規模な噴火に至ることも懸念されるので、定量的に評価できる継続的な観測が必要だ」と話している。【手塚耕一郎】

 

急激な隆起が続いている硫黄島。米軍が港を整備するために沖に沈めたとされるいくつものコンクリート船が、隆起によって海岸に姿を現している=東京都小笠原村で2023年10月30日午前11時14分、本社機「希望」から手塚耕一郎撮影

 

硫黄島に残されてきた大型の廃船。今年9月に噴火がすぐ脇で起こり、火口にのみ込まれた=東京都小笠原村の硫黄島で2024年6月21日、松浦吉剛撮影

 

千鳥ケ浜で今年9月に発生した噴火。海岸に残された沈船のすぐ脇で新たな火口が生じた=硫黄島で2025年9月2日(気象庁/海上自衛隊提供)

 

千鳥ケ浜で今年9月に発生した噴火。海岸に残された沈船のすぐ脇で新たな火口が生じた=硫黄島で2025年9月2日(気象庁/海上自衛隊提供海上自衛隊提供)

 

今年9月に起きた噴火で、硫黄島西側の「千鳥ケ浜」に生じた新たな噴火口=硫黄島で2025年9月30日(海上保安庁提供)

 

硫黄島「千鳥ケ浜」に戦後残されてきた沈船。9月に中央部の白く変色した周辺で火山噴火が起こり、噴火口が生じて左の船はのみ込まれた=東京都小笠原村で2023年10月30日、本社機「希望」から手塚耕一郎撮影

 

9月に起きた噴火で火口が生じた硫黄島西側の「千鳥ケ浜」。右下の沈船は残されているが、左の陸側に以前あった大きな船は姿を消した。左から伸びるパイプラインも途切れている=2025年10月23日(海上保安庁提供)

 

硫黄島南側の沖で噴火する火口。噴出物によって島のような陸地ができている=東京都小笠原村で2023年10月30日午後0時23分、本社機「希望」から手塚耕一郎撮影

 

硫黄島南側の翁浜沖で噴煙を上げる火口。噴出物によって新島が一時形成された=東京都小笠原村で2023年10月30日、本社機「希望」から手塚耕一郎撮影

 

硫黄島の翁浜沖で海底噴火によって生じた新島=硫黄島で2023年12月15日(海上保安庁提供)

 

海底噴火によって、一時新島が生まれた硫黄島の翁浜沖。波の浸食によって陸地は無くなったが、気泡の湧出が見られている=硫黄島で2025年6月26日(海上保安庁提供)

 

海底噴火によって、一時新島が生まれた硫黄島の翁浜沖。波の浸食によって陸地は無くなったが、周辺の海域は変色している=硫黄島で2025年1月27日(海上保安庁提供)

 

硫黄島の西海岸近くに残る沈船。海岸線の位置は現在と大きく異なる。今回噴火があった場所(中央上)は50年近く前には既に土の色が白変していた事が分かる=東京都小笠原村で1976年7月、谷田貝高幸撮影

 

戦後まもなく、米軍が波止場を作る目的で海に沈めたという沈船。硫黄島は急激な隆起が続いているが、30年以上前には大部分の船が水没していた。奥は摺鉢山=東京都小笠原村で、1993年1月14日、本社機から多河寛撮影

 

硫黄島の海岸線に残る沈船。右奥の船が噴火によって消失した=東京都小笠原村で2024年3月30日、幾島健太郎撮影

 

摺鉢山(手前)側から眺めた硫黄島の全景。海上自衛隊の基地があり、観光客などの立ち入りは認められていない=東京都小笠原村で2023年10月30日、本社機「希望」から手塚耕一郎撮影

 

本州のはるか南に位置する硫黄島

(毎日新聞より)