不良について考える | Born to love

不良について考える

不良について、僕が考えた見解を書かせてもらう。

 

僕は不良が嫌いだ。

好きだって言う人は少ないと思うが、不良は人に好かれたいと思わないから、それで良いだろう。

 

嫌いな理由は、カッコイイと思う観点が違うからかな。

 

不良と呼ばれる人間は、人に迷惑をかける事が一番カッコイイと思う傾向がある。

暴力、窃盗、騒音、交通法違反、恐喝・・・etc

そんな事をしている自分が一番だと思い、

大人になれば、そんな事をすっかり忘れて、

「オレも丸くなったな~。」なんて言い出すんだろう。

 

じゃあ、そいつらの被害にあった人達はどうなる?

加害者はすぐに忘れる事は出来るが、

被害者は簡単にはわすれる事は出来ない。

それは、謝っても許されない事なのだと僕は思う。

 

いや、謝って許される事は、世の中にはとても少ないのかも知れないが。

 

僕も、不良が一生涯不良を気取るなら、好きになれそうだ。むしろ、カッコイイと思えるかも知れない。

就職もしない、常にケンカや、万引きする生活。そして誰にも頼らない。きっと警察にも何度も捕まるだろう。両親にも見捨てられるだろう。いや、いずれ両親もいなくなるから、住む家もなくなるだろう。40歳を過ぎれば、ケンカなんか勝てるハズがない。

身体を鍛えたりする事もないのだから、衰えるのも早いし、若さには勝てないだろう。

でも、自分の信じた道、決めた道を一生貫き通すのだから、それで良いと思う。人に多大な迷惑をかけておいて、自分だけ良い思い出に変えてやめるよりは遥かに良い。

 

あいつらは、徒党を組む。

自分一人じゃ何も出来ないからだ。粋がっても、限界はすぐに訪れる。そんな人間が何人集まっても、出来る事は新聞にも扱われない、小さな事件が精一杯だろう。新聞に扱われるとした、加減が分からなくなって、リンチのすえ人を殺しちゃう事件。頭が悪いとしか言いようがない事だろう。

なんでアレだけ人が集まって、スゴイと思われる事が出来ないのか?答えは単純、別に度胸があるわけじゃないから。度胸があるなら、一人で不良やっていけるでしょ?仲間がいないと、動けないんだよ。それが不良。人と違う自分を見つけたくて、悪くなってみる。何故なら、素晴らしい人間になるには努力が必要だが、ダメな人間になるには、努力は必要がないからだ。

タバコなんて吸ってみたり、万引きしてみたりして、「俺は人とは違うぜ」なんて思うんだろう。そして、そんな人たち同士が集まる。自分と同じ人が沢山いる事に安心する。人と違う人間になりたかったのにね。

 

あいつらは、力に順ずる。

社会に背を向けている割には、不良の世界は、意外に社会と変わらないだろう。上には、頭を下げて、下にいる人間には命令をする。自分達が嫌う大人と同じ事を、「俺たちは違うぜ。」みたいな顔をして、繰り返す。

弱い者にだけ強く、自分より強い者には弱く。

 

必ずしもそうじゃない人もいるだろう。

ヤクザになり、一生悪い人間と言う看板を背負って生きて行く人もいるし、犯罪者になって一生刑務所にいる生活もあるかも知れない。しかし、大半は頭をさげて、肉体労働を強いられる。そういった就職をする。

僕は肉体労働が悪いとは言わない。誰かがやらなければ、いけない大切な仕事だと思っている。むしろ、率先して、この仕事がやりたいと選らんだ人間はスゴイと思う。誰だって、辛い事からは逃げたいのに、そう言った事に遣り甲斐を見出せるのだから。

しかし、不良のように、

「頭が悪いから。」「学歴がないから。」「何も出来ないから。」なんて思いながら、仕方なくと言った気持ちでそういった仕事に就くパターンは許せない。

不良卒業して、アメリカの大学に入って、宇宙飛行士になりました。なんて人がいたら、スゴイなと思う。果たして、努力する事が出来る不良が何人いるかは分からないが。

 

そして、僕が一番不良を嫌う理由。

それは、

どんな人も、人の幸せを壊す権利はないからだ。

 

不良は両親の平穏で、幸せな日々を壊すだろう。道行く人の幸せを壊す事もあるだろう。

 

誰も、不良達が社会から外れると言う幸せは壊さない。

だから、こっちの世界にも介入しないでほしい。

こっちの社会に、嫌気がさして出て行った人間なら。