それは赤紫色の

古いかたちの乳母車でした


寝かされているのは

ふたつ年下の妹

若き日の母がゆっくりと押しながら歩く


幼い私はその横、もしくは後ろを

ふらふらとついて歩く




おそらく生まれて初めての記憶

まだ私が私であることさえ知らなかった頃の

透明な水底のような

音も感情もない記憶です




その赤紫色の乳母車を思うとき

『幸福』という二文字がちらちらと脳裏をよぎり



それはこんな風に

ふたしかな夢のような

音のない

透明な水底のような

世界の果てのどこかでゆっくりと押されている

一台の乳母車のようなものかもしれないと

思うのです



私たちが求めて手に入れるといった

そんなものではないような

気がするのです





もっと単純で

もっと当たり前の

でも

もっと遠い



そこには誰かの感情の入る余地などないのでは、とも