久しぶりです。
BaseBallBearというバンドについて、ある程度まとめて私見を並べ立てます。
「光源」という今までとは違うアルバムを前に、バンドのざっくりした歴史(作品群)をあくまでファンの目線で語ってみようかと。
というのも、このバンドは線で追いかけると異常なほど面白いバンドだから、です。
それと平行してこのバンドの歴史っていうのは、つまりはフロントマン小出祐介の歴史でもあるのですが、そこまで書いてるとたぶん一冊の本になるくらい長くなる(私はただのファン)はずなので断片的になりますが織り混ぜようかと。
まず学生時代の小出さん。
「中1友達0人事件」が襲います。このとき、またここからの学生生活が今作「光源」にも繋がってくるものですね。
これについてと、バンド結成までの、現実とは思えない奇跡的な展開については小出さんご自身が「真夜中のニャーゴ」にて語っております。
単純に話が面白いんで、何かしらの作業中にBGMとしておすすめ。
「ヨジカンモミルジカンナイヨ!」って方には「ライムスター宇多丸のウィークエンドシャッフル」にて特集された「ナンバーガールについて語ろう特集」がおすすめ。
ニコニコ動画にて
この特集では、中1事件とともに後にアルバム「二十九歳」に繋がるインディーズアルバム「夕方ジェネレーション」にまつわる話も出てきます。
まぁそのアルバムのリリースタイミングなんで普通は当たり前なんですけど・・・この方の普通はこれではないのでね・・・
で、なんだかんだあってその次にインディーズフルアルバムである「HIGHCOLORTIMES」を完成させます。
このときのことについてなんですが、情報を集めようにも集められなくてですね。
単純にアルバムの感想になりますが、歌詞の世界とか、歌詞の作りとか、曲調だったりが若々しいことこの上なくてですね。
その上若さ故のノスタルジーとかもあってむしろリアルな、現実的な若さがあって、とってもかわいい。かっこいいアルバムだなと思ってます。
また表題曲である「HIGHCOLORTIMES」はこのあとの小出さんの作詞家としての片鱗を感じます。ポップソングの詞という点ではやっぱすごいな&当時からすごかったんだな。
長くなるのでサクサクと行きますが、その後メジャーデビューしまして、ファーストアルバムまで飛ばしますね。
細かい年表はウィキでもみてね。
で、このファーストアルバム「C」という
アルバムは今思っても、実にBaseBallBearらしいな。と思います。楽曲の方向性の違いはありますが、基本的に源流は近いし(元々ダンスミュージック的なアプローチはインディーからある)そのオマージュの捧げ方や歌詞のテーマなんぞも、今と同じだなと思うのです。
で、このときのことをただがむしゃらに作ってたということと、その後に、師匠玉井健二氏に修行を受けた話を、ベスト盤&シングル(perfectblue)発売時インタビューとそれってfor誰?part1発売時小出祐介&玉井健二インタビューで語っています。またその後の玉井さんとの修行の様子も。
その修行中に作ったのがセカンドアルバム「十七歳」です。
「学生時代こんな青春ソングがあればよかった」をテーマに自身の青春と理想の青春を混ぜ合わせたアルバム。もちろん後の「二十九歳」とは対になるもの。
バンドとしての成長もさることながら、職業作家としての手解きを受けたことが、後の他のミュージシャン、アイドルへの楽曲提供の基礎になっているんですね。
で、ここからタイアップの曲が続きます。それと同時にBaseBallBearというバンドが大きくなっていき、「みんなが求めるBaseBallBear」という面と、タイアップ時に求められる青春性が過剰になった結果(過剰で駄目ということではない)小出さんと曲の内容の解離が進んでしまい、サードアルバム「(WHATISTHE)LOVE&POP」の最後の流れに至ったと、私は想像しています。あくまで。
当時の小出さんのブログを読むと「このアルバムで解散かも」とかひたすら陰なんですね。
アルバム自体もかなりシリアスだと思っていて。それは最後の流れだけではなくて、どの曲にも「終りかけの青春」を感じるからなんですね。
メンバーの年齢的にも、歌詞の中身としても。成人という意味ではなく、本当の意味での大人になりかけてる。
このバンドは学生時代から始まり、自分たちの青春(文字通り青い春)そのものでもあったのが、大人になりその春も過ぎ去っている。それが解散という言葉を小出さんの脳内によぎらせるものだったのかなぁと。
そんななか訪れた初めての武道館講演2010年の1月3日。このライブが重要なものになったそうです。それについて先日公開されたフルカワユタカ&小出祐介インタビューにて語られています。
要は全然駄目だったってことらしいです。
そこで小出さんは師である玉井さんから離れて、セルフプロデュースで3・5枚目と位置付けたデモアルバムを作ります。
「CYPRESSGIRLS」と「DETECTIVEBOYS」です。
これはセルフプロデュースでやることによって「BaseBallBearがBaseBallBearを表現し直す」アルバムだと思っていて、ご本人も根底にあるものを見せるアルバムとおっしゃっていたとか。
で、楽曲的に現在に繋がる部分も多くて、今までのベボベ感との違いに、多くのファンを置き去りにしたとか。
でも二十九歳からC2に至る流れをみて「あのときに何がやりたかったのか。何をやっていたのかわかった」という人も多いそう(ニコニコ生放送でのコメントで多数)
今まで通りの青春感を担保しつつ、前作の終盤のような小出さん自身の奥底にある泥のような(悪い意味じゃなくて)感情も出ていてかなり手強いアルバムなのはたしかなんですが、このアルバムの内容が、次のアルバムである「新呼吸」と、そのまた次にあたる以前私が書いた「二十九歳」という「小出祐介という人物の魂が報われるアルバム」と特別重要な関わりがあるんですね。
「CYPRESSGIRLS」の一曲目「十字架YouandI」は今やお馴染み小出カッティングソングとしてライブのアンセムになっていますが、その歌詞というのが個人的には「バンドの自己批評」のようなものだと思ってるんです。
「クラってる 射してる 照らしてる 夕方」というベボベ的モチーフの次に
「ちょっと待った 変になった 飛び込んだ これは何だ」と続き、二番では
「初夏ってる 都市ってる(まちってる) 風ってる 海ってる」などの小出節に対して「ちょっと待った 何がしたいんだ 飛び込むんだ 君は誰だ」となるわけですね。
他にも檸檬の使われ方や、「恋に浸した」から始まる流れなど、曲として聴くとさらっと聴いてたものが、歌詞を凝視するとまた違ったものが見えてきます。
また「DETECTIVBOYS」の「歌ってるんだBaby.[1+1=new1ver.]ではこちらもお馴染みになった怒り小出の片鱗が見られます。
変なアルバムなのは違いないので、好みは別れると思いますが、是非歌詞をじっくりと見ながら聴いてみてください。他にも今に繋がるものがザックザク出てきます。
で、その次の年である、2011年に結成十周年を迎え、それに合わせたツアーを回る予定だったのですが、東日本大震災によって計画が変更されることになります。
そのツアーの張り詰めた空気とその後のアルバム「新呼吸」の製作時については、最近でもちょこっと語られますが、分かりやすいのがC2発売記念 宇多丸がインタビュー
まぁとんでもない緊張感ですね。
そんななかで作られた「新呼吸」ですが、一日の時間の流れ、つまりは24時間に合わせて曲が製作&配置されているというちょっとどうかしてるコンセプトでして。
しかし、それはあくまでコンセプトであって、それを知らずともアルバムとしての流れがスムーズになっていて、「強固なコンセプト故に縛られて堅苦しいアルバム」にはなってないというのが一番どうかしてる(すごいってことです)
このアルバムのなかで今回の新作「光源」に通ずるどんぴしゃの曲がありまして。
それが「schoolzone」
端的になりますが、学生生活という意味での青春を想う曲でして、その青春との距離感が後の「大人なベボベ」を表しているし、サビの歌詞は「光源」でのデジタルフライヤーでも触れられていた「青春は未解決事件」というのと同じものであったりと、結構重要な曲だと思っているんですが。
そんなに触れられてないんですよねぇ・・・
そんなことはさておき。このアルバムは、私小説的な歌詞がどんどんと深く掘られていって、そのネガティブな想像力が行き着く曲が「kodoku no synthesizer」なんですね。
もう悲しいの一言。これのPVがすごいです
。悲しみが。
ここまでの孤独が重く響いてるアルバムをこの曲以降の二曲で「ポジティブに背負い投げ」したそうです。
この曲に関しては以前遠藤舞さんについて書いたときにつけた対談でも語られています。
ご本人曰くポジティブに無理矢理でもしたくてしたとおっしゃってますが、そのポジティブというのは、文字通り「前向き」なものでしかなくて、「肯定」にいたるものではないんですね。
この年のツアーとアルバム製作で疲弊しきったバンドは、ここから「武者修行」に励みます。
あ、もちろん私の勝手な想像ですけど。結果的に武者修行になったのではないかと。
ここからの約三年。フルアルバムは出さずに、ベスト盤や、他のアーティストとの共作をしていきます。
まずはデビュー以来のミニアルバム「初恋」
アニメ図書館戦争の映画版の主題歌として自ら立候補したという経緯のある「初恋」
メンバー憧れの岡村靖幸をプロデューサーに迎えた「君はノンフィクション」
主にアイドルの楽曲を製作してるヒャダインとの「ぼくらのfrai awei」
特に岡村さんとの直接の出会いは、今に至るまで影響があるのは言うまでもないですが、個人的に気がかりなのは、「初恋」での「小出スランプ」です。
歌詞がなかなか書き上がらずに、映画の予告編の作成にも関わるということで、一度無理矢理完成させてるんですね。
その無理矢理版が実際に映画の予告に使われているんですが、結局、納得行かずに新しい歌詞で歌い直しているんです。
それが現在の「初恋」です。
今でも検索すればその予告編に流れる「旧初恋」のサビが聴けます。
で、ご本人のブログなどでも「あのときは地獄だった」とおっしゃっていて、この経験が、納期に対するシビアな考えに繋がっているんじゃないかと。
まぁプロのミュージシャンなんで、そこにシビアになるのは当たり前だと思っているとは思いますが。
そして続いてベスト盤とシングル「perfectblue」のリリースとなります。
このシングル「perfectblue」も思春期や青春との距離感が以前と少し違うものになっていて、「君」との出来事はあくまで思い出であって、それを思い出している。ということ。つまり過去の光(青春)を現在から見つめてるわけです。
続いて三枚目となるミニアルバム。
「THECUT」
RHYMESTERを迎えての表題曲は、後の「それってfor誰?part1」に繋がるものですし、花澤香菜さんを迎えての「恋する感覚」では作家チャンネル全開の歌詞が大変萌える曲になっています。
特に影響を受けたと明言してるRHYMESTERとの共作はかなり意味のあるものだったと思うし、次のシングルである「ファンファーレがきこえる」はその打ち合わせからインスパイアされたものだそう。
その「ファンファーレがきこえる/senkou_hanabi」の「senkou_hanabi」では、青春の歌でありながら、当事者ではないという歌詞であったりと、これも明らかに距離感が変化しているのがわかります。
ここであのアルバム。「二十九歳」になります。これについては別のエントリーで、しかも二つに分けて書いているので、飛ばしますが、要約すれば。
「小出祐介さんが音楽を始めるきっかけから、始めたことによって受けた呪い(インディー一枚目について、楽曲と自身の解離など)まですべてから解放されたアルバム」ということ。
このアルバムによって、個々の楽曲としてではなく、あくまでバンドが、その歴史的に持っていた青春性に終わりを告げたと思っています。
そして小出さんに降りかかった呪いが解けたあと。生まれたのはバンドとしての気持ちよさが全面に出た「C2」の楽曲たちです。
「二十九歳」で終わったことによって、「C2」で再び始まったというか。まさしく二周目に相応しいアルバムだったと思います。
しかし、2016年3月3日。湯浅将平の脱退が発表されました。
2月の半ばから連絡が付かなかったらしいですね。
これについて、小出さんご本人の言葉
二個目のやつには、具体的な日時等が語られています。
これについてあーだこーだ言ってもしょうがないことですし、一年前にもそう思ってなにも書いてなかったんですが、「光源」が発売される直前の今にしか書けないことだとも思うし、何よりもこれについて二極化した意見がそれなりに多くて、個人的にストレスが溜まってたのであえて書きますね。
勝手ですいません。
「C2」というアルバムが発売されたのは、バンド結成日の11月11日ですが、その日になった経緯が「湯浅さんが自分の担当するギターフレーズを考えてきてなかったことによる製作の遅れ」だそう。それはこちらにて語られています。
もちろんそれだけが延期に理由ではないでしょうけど、湯浅さんが大きな理由になっていると。
で、小出さんのブログによると、2014年の「二十九歳」のときにもそのようなことがあったと。「えぇーっていいながら一緒に考えた」的なことがかいてありました。
加えて「二十九歳 初回限定盤」に付いているDVDの中で、関根さんから「将平さんは昔から約束してたスタジオにこなかったり困った人ではあるんだけど・・・」といった言葉があったりと。
つまり元々湯浅将平はそういう人だってことがまずそもそもあると思うんです。
まぁしゃべらない時点でちょっとおかしな人だってことはわかってるわけですが。
それに加えて、2015年版の一年を振り替える動画(前述)でも湯浅さんを追い込んだ(もちろんプロとして)というのもあって、こういうことになったのかなぁと。
私は完全に部外者だし、内情を知ってるわけでもないけど、こういうことって結局は積み重ねの上に起きることで、みんなが納得しやすい理由なんてないと思うんですよ。
だからこそ外野から、やいのやいの言うのはナンセンスだし、そう思ってたから今まで書いたりもしてなかったんですけど、どっちかを悪者にしたい人がそれなりにいて、それを見てるのも腹がたちましてね。
完全に憂さ晴らしレベルなんで、わざわざ読んでもらってる方には申し訳ないです。
でも私のブログなんでね!
この件に関しては悪者なんていないし、我々は活動を続けることにした三人を応援することと、無責任な辞め方だったけど湯浅にも、彼がどこかで生きていて、幸せになることを祈るしかできないんです。
その後、thetelephones/lovefilmの石毛輝、元ドーパンのフルカワユタカ、toddleなどの田渕ひさ子、POLYSICSハヤシヒロユキ、赤い公園津野米咲、キリンジ弓木英梨乃をサポートに迎えて、ツアーやフェス、イベントなどに参加しつづけるわけですね。
これらについてはご本人たちの最新のインタビューで語り明かしているので、そちらをどうぞ。
ここでは映像作品として残っている「日比谷ノンフィクションⅤ」について。
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自身のバンドではボーカル&ギターを務める様々なミュージシャンを、ギタリストとして招くというエンタテインメントとしての面白さ。
またギタリストによって同じフレーズでもこんなに音が違うのかという音楽的な面白さ。
また端々に見られる湯浅将平が居たという事実。居なくなった事実。
湯浅という存在がなかったことにされてしまうのはすごい悲しいことで、そうなってしまったら嫌だな。と思っていた私は、これを見て少し安心しました。
前に進む三人も、居なくなった一人も、すべての事実(ノンフィクション)を乗り越えて行く。
実際ファンとしては、これを見て納得できたところはありました。
さて。ずいぶん長くなってしまいましたが、今までのBaseBallBearについてなんとなく個人的な思いが書けました。
あとは「光源」を待つのみ
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