先日、
東区徳川2-16-16(国道19線沿い)にあります
照瑞山 本覚寺を訪ねデジカメ。
☟場所
本覚寺について…ネットより引用
日蓮宗、京都妙伝寺の末寺。
もともとは清洲の地にあった寺で、本法寺と呼んでいた。
寛永年中(1624~1643年)に現在の地に移ってきた。
正保五年(1648年)恵性院日相が本尊をこの寺に移し、本覚寺と名を改めた。
本尊は、藩主継友が寄付した、日法が文永2年(1265)に造った木造の日蓮上人の像である。
(付記)
・震災、戦災によって焼失し再建、平成3年に新たに建立した現代風の寺院となり、
尾張藩六代藩主継友により尾張藩御目見地、永代聖人地となる。
・現在の本覚寺は国道19号線に面しているが
元は下街道(本覚寺裏の東側道路)側に門があり、19号線辺りは墓地であったとの由。
↓デジカメ
☟宝塔さま…👇記載内容
これは、明治維新以後、現在地に移された〇〇で、それ以前は
鍋屋上野方面から北に流れる用水路「大幸川」の
瀬戸街道を横断する所に建てられてあった。
世人は、此所を「ドンド」と称して此の所に於いて
盛大な精霊流しを行なったと言う。
今、大幸川は埋められてその跡は、明瞭でないが
現在の東大曾根本通り四丁目に当たる地点
である。
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👅私所有の「尾張名陽図会」より、本覚寺の部分をスキャン
👅上記「尾張名陽図会」の読み