先日(8月28日)稲沢市にあります、
国府宮神社を訪ねました。
(付記)
以前、
国府宮神社は、
毎年旧暦1月13日に執り行われる儺追神事(なおいしんじ)は、
通称「国府宮はだか祭り」として知られています。
国府宮神社について…ネットより引用
御祭神:尾張大國霊神(おわりおおくにたまのかみ)
尾張地方の國霊神(くにたまのかみ)であり、尾張人の祖先がこの地に移住開拓し、
その日その日を生きていく糧を生み出す根源である国土の偉大なる霊力を神として
敬い、
尾張大國霊神として祀る。
由緒 :尾張地方の総鎮守神、農商業守護神、厄除神として広く信仰されている。
奈良時代、国衛(こくが)に隣接して御鎮座していたことから尾張国の総社と定め
られ、国司自らが祭祀を執り行う神社であり、このことから通称「国府宮」として
広く知られる。
「国府宮はだか祭」について…ネットより引用
・「正式名称を「儺追神事(なおいしんじ)」と云う。
・今から約1250年前、奈良時代の神護景雲元年(767年)称徳天皇の勅命によって
全国の国分寺で悪疫退散の祈祷が行われた際、
尾張国司が総社である尾張大國霊神社においても祈祷をしたことに始まったと伝えられて
いる。
・目立つ節分行事が近在に無かったこともあり、尾張地方に春を呼ぶ祭りとして定着した
この神事に、裸の寒参り風習が結びついて、
現在のようなはだか祭の形態になったのは江戸時代末期のことです。
・昔は、その年の恵方に人を求め、男を捕らえ儺負人(なおいにん・神男)に仕立てた
「儺負捕り」ということが行われましたが、
現在の裸男の揉み合いという形態は、この儺負捕りを受け継ぐものとされています。
デジカメ
↓楼門:室町時代初期の建造…重要文化財
足利初期の建立。正保3年(1646年)解体大修理の際上層を改造。
↓楼門の上層にあり
↓楼門前から鳥居の方向を望む
↓番塀
↓拝殿:江戸時代初期の建築…重要文化財
徳川初期の建立。特徴として切妻造で内側に柱が並立。
↓社務所から拝殿への渡り
↓儺追殿
↓境内にて
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↓マイカーのハンドルに付けていた「なおい切れ」を結ぶ
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なおい切れを購入
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