先日(18日)
熱田新田の番割観音
一番割観音から十二・十三番割観音までを巡ってきました。
熱田新田と番割観音について
・慶安2年(1649)、堀川筋から庄内川に至る地帯が新田開発され熱田新田といわれた。
・新田開発の守護として西国三十三か所の観音が安置される。
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一番割観音堂(熱田区一番1-24)
↓ 境内に平成19年4月、地元の人々が新しく寄進した「交通安全身代わり地蔵」があり
二・三番割観音堂(熱田区二番1-11)
慈教寺の中にあり、観音像は拝観できない。
四・五番割観音堂(熱田区四番1-7)
六・七番割観音堂(熱田区六番1-8)
八・九番割観音堂(熱田区八番1-8)
番割観音堂の前に名古屋と下之一色、熱田の分岐点を示すかっての街道の道標があり。
なぜか「なごや」と「あつた」の方向が逆、この北の旧道分岐点から移設されたものか?
十・十一番割観音堂(中川区十番町1-21)
大きな弘法大師が
(追記)
百曲街道道標について
熱田新田の開発が進むにつれ、新田の北側に自然にできた道である。
くねくねと曲がっており、「百曲街道」といわれた。
これは名古屋、下之一色、熱田の分岐点を示す道標で、八・九番観音の前にある。
(22,032歩)