中村区史跡散策路…名古屋駅前散策コースを歩く | 「洋ちゃん」のひとりごと

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一昨日(6日)、

名古屋市中村区史跡散策路…名古屋駅前散策コースを歩いてきました。


実は、

私「洋ちゃん」中村区の某史跡ガイドボランテアに所属しています。

今月、15日(木)このコースのガイドを担当します。

その下見を兼ねて赴く。

   
1.当日の集合場所

 KiTTE名古屋(JPタワー)1階アトリウム前…地下鉄10番出入口
   

    


2.柱芳院(愚痴聞き地蔵)
 

 愚痴聞き地蔵 ↓ …高さ75cm 平成8年10月10日開眼供養
      

  ↓ 平成8年10月10日開眼供養
  

 

3.坪内逍遥宅跡

幕末の1859年(安政6年9に美濃太田に生まれ、尾張藩に仕えた父の隠退とともに、この

地で11歳から18歳まで過ごした。
 
 


4.西祐寺
・もと滋賀県小谷村にあり、西祐の開基というこの寺は、明治42年、広井尋常小学校の跡地
であったこの地に移されました。

・門の上に鐘楼が乗ったこの寺の本尊は阿弥陀如来立像。
   

5.名古屋国際センタービル

・国際都市をめざす名古屋が世界へはばたく拠点ビル。

・2階から5階まで、市民レベルの国際交流をめざした国際センターが入るこのビルは、

 地上26階、地下3 階、高さ102m。

・時代の最先端を行く思想と憩が1つになった市民の新しいコミュニケーションゾーンです。

  ※国際センタービルの前歩道上に『松竹梅』の植え込みがあり。
  

 

6.小鳥町遺跡

  

 

7.笹島小学校中学校

・平成22年に開校。

・小学校中学校一貫校…新明小学校・六反小学校が統一。

・6階建て、屋上にプール。体育館は半地下で、その上に運動場があり。


・近くに国際センタービルやジャイカの施設があり、帰国児童・生徒を受け入れている。


・校舎内に山車2台「紅葉狩車」「二福神車」が保存されています。
 
    

 ↓ ユネスコスクール

   ユネスコ憲章に示されたユネスコの理念 を実現するため、平和や国際的

   な連携を実践する学校です。
 

校門 ↓…赤矢印の中に山車2台「紅葉狩車」「二福神車」が納庫。
 


8.屋根神

・疫病除け…津島神社

・火難除け…秋葉神社

・武運長久祈願…(例)熱田神宮・伊勢神宮・氏神様
  
  
  

9.旧山車納庫⇒平成22年より笹島小学校、中学校で保管
    


   
   

10.光明院
・もと清須にあったが、慶長遷府の時、この地に移ったといわれます。

・境内に多くの地蔵様があります。

・普通は東か南を向いているが、ここの地蔵様は北を向いた珍らしいもの。

・また、千石船に乗った地蔵様もあり、これは全国でもあまり例を見ないもの。

・さらに大きな石に刻まれた三十三観音像もあり、尾張藩御用商人三人衆の一人で主席を

 占めた内海屋の寄進によるものといわれます。

      

   

11.(花車)神明社

・御祭神 天照大御神
 創 建 不詳
 社 格 旧社格指定村社、現八等級社
 境内地 422坪

・10月第2土曜日の大祭には、紅葉狩車、二福神車、唐子車の三両の山車が繰り出し、

 町内を練り回してにぎわいます。

・参道の敷石に不動明王が現れ、参詣に来た人が金縛りにあったといわれ、この敷石が

 坤現不動として祀られています。

 
(付記)  ↓

★右端に「乃木将軍」の石仏が鎮座
乃木将軍について

日本の武士、軍人、教育者。日露戦争における旅順攻囲戦の指揮や、明治天皇の後を慕って殉死。

★石の村社と刻まれた社名標がセメントで埋められています。

…昭和21年にGHQにより「社格」制度が廃止され、社格を表現した部分は抹消された。


 

坤現(こんげん)不動 ↓

 

12.浄信寺
・本尊阿弥陀如来像。

・宝物に聖徳太子作と伝えられる子安地蔵菩薩があります。

・笛・ひちりき・笙を学び、管弦・舞楽の道を極めて、本願寺楽頭として一門の栄誉と責任を

 になった羽塚秋楽は九世住職。

・明治14年、東照宮の楽事に臨み、廃絶に帰せんとしていた舞楽を挽回し、名古屋楽人

 の名誉を一身に集めたと伝えられます。

    

 「鐘がなく大きい石を七つ下げた」鐘楼 ↓

   

13.錦通りと錦橋

  後方が錦通りに架かる「錦橋」

 

↓ 「錦橋」のたもとにある『錦通や錦橋の名前の誕生』の石碑。
 


14.納屋橋

・明治・大正の名古屋を今に伝え、市民に親しまれ続けてきた広小路通の名物納屋橋。

・今も昔の優雅な姿をそのままに、堀川の水面に映しています。

・この橋が初めてかけられたのは慶長15年(1610年)の「清須越」のとき。

・橋のたもとにたたずみ、昔、経済の大動脈として名古屋を支えた堀川を見るとき、悠久

 の念にかられます。

・欄干には堀川開削の総奉行福島正則と郷土の三英傑の紋所も見られます。
  

   橋の脇にある案内板です。

15.(旧)鳥久跡…2014年12月火災
    

 

16.山車蔵(内屋敷)…唐子車

(付記)

中村区には「「紅葉狩車」「二福神車」「唐子車」の3台の山車があり。
前述の11.(花車)神明社の項参照。
  

17.白龍神社

「白龍さま」の名で知られるこの神社は、昔は柳橋交差点近くにあり、前を江川の清流が

 南北に流れていました。

・その傍にイチョウの木があり、いつかこの木に白龍が乗り移り数々の霊験を現すよう

 になりました。

・昭和の初め、この木を切ろうとしたところ、病人や怪我人が続出し、伐採は取りやめら

 れました。

・昭和34 年、東側の現地に無事移植されました。商売繁盛に特に御利益があるといわれます。
  
      
↓ 赤矢印がイチョウの木

 (付記)
 

 

 

(15,656歩)