本居大平(もとおりおおひら)の題‘霞中梅”の短冊の歌です。
(私の収集品です)
本居大平は、
江戸時代、本居宣長の門に入門、その後、養嗣子となった著名な国学者です。
今季の「うめ」の開花について、
先日、19日に名古屋気象台が「うめ」の開花を観測したと発表しました。
散歩中、いろいろな場所で開花した「うめ」を見かけるようになりました。
☆蝋梅は今、満開中です
やはり、暖冬の影響では…
詠みです
(私の詠みです。誤読でしたらお教え下さい。
お願いします)
霞中梅
袖にふく 風かくはしも 霞たつ
いつへのかたに 梅さけるらん
大 平
霞…春のもの。
ぼんやり。
本居大平の略歴
・1756(宝暦 6. 2.17)~1833(天保 4. 9.11) 享年78歳
・江戸後期の国学者。伊勢松坂の人。
・通称は三四右衛門、号は藤垣内。
・本居宣長の門人稲掛棟隆の子、宣長の養嗣子
・13歳で本居宣長に入門し、
44歳でその養子となる。
・宣長の実子春庭の失明後に跡目を継ぎ、
紀州侯に仕え『紀伊風土記』の編纂にあたる
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
先日、熱田神宮の西側方面を散歩中に、
「笠亭仙果出生地」と書かれた名古屋市教育委員会設置の名勝標札に
「本居大平」の氏名が記されていました。
笠亭仙果について…私「洋ちゃん」まったく知らない人でした。
ネットより引用
・1804年(文化元年) ~1868年(慶応4年)、
・江戸時代の戯作者・狂歌師。
・本名は高橋広道、通称は弥太郎。柳亭種秀、二世柳亭種彦とも称した。
・尾張国熱田中瀬町(現・熱田区白鳥)に、質屋・橘屋の子として生まれる。
・尾張藩儒の鈴木朖に師事して
和漢の学を修める一方で戯作に傾倒し、柳亭種彦と文通して教えを受ける。
・1845年には江戸に赴き、種彦のそばに仕えて師事する。
・1848年からは代表作となる長編合巻『雪梅芳譚 犬の草紙』を手がけた。