ショートショート小説

   「近歩三の末裔」 (4)

  いつもの九段会館に三人が集まったのは無罪放免になってからおよそ一週間後だった。今回の話の中心はドローンのことでも紙爆弾のことでもなかった。それは済んだことである。
「しかし、帰りに玄関までならともかく外まで出てボクたちを見送ったのにはびっくりだっよね」
 コーヒーを含みながら隼人が若い警察署員が駅への道まで教えてくれたことを指して言う。
「あの若い警察官はもしかしたら私たちの行動に共感して一緒にやりたかったのかも知れないわね」
 房子が冗談交じりに笑みを浮かべて回想する。
 ひとしきり当時の話が弾んだ後に隼人がおもむろに切り出したのは房子とのことだった。すなわち二人の恋愛についてだった。「近歩三の会」の回を重ねて行動を共にするようになってから隼人と房子の間に単なる同志的連帯感だけでなく互いに男と女を意識する感情が芽生えていった。恋する二人は急速にその親密度を増していったのである。
  そのことは勇一もかなり以前に気づいてはいた。自分を抜きにして二人がたびたび落ち合っていることも知っていた。なぜもっとフランクに知らせてくれないのかと腹立たしく思ったこともあった。だが、その一方で自分も房子に恋心を抱いているのを自覚していた。一時は嫉妬に近い感情が勇一を悩ませもした。しかし、目標とした近歩三の末裔としての行動を成し遂げてしまった現在では隼人と房子がそれまでの同士から恋人に昇華したことを素直に祝福すべきとの思いに到っていた。
「ボクたちに恋愛感情が生まれたのは極めて自然の成り行きでした。勇一さん、ボクはあなたが房子さんに抱いた気持ちを分かってました。でもはっきり言います。諦めてもらいます。たとえ今後近歩三の会がなくなってもボクたちは交際を続けていきます。ただ、この会を存続したい気持ちは強いです。言えることはボクたちは引き続きいかなる戦争にも反対する活動を続けていくつもりです」
   硬い表情で心情を吐露する隼人の顔色は心持ち青ざめている。

「おいおい、そんなにムキになるなよ。なにもオレはキミたちの邪魔なんかしないよ。ただ、本音を言えば、房子クンがオレのクリニックの相棒にはピッタリだなと思ったことはあるよ。まあ、こればかりはカネも権力も通用しないことだ。ちよっとばかり悔しいがな。で、オレはどうすればいいんだい。ひとりぽっちでは近歩三はやっていけないよ」
「勇一さん、あなたには学生たち若者がついているではありませんか。房子さんとも話したんですが、これからも近歩三の会を続けるのなら勇一さんのゼミに来る学生さんを準会員のような資格で参加してもらったらどうかと思うのです」
「星合先生のゼミには女性もいましたよね。わたしは大歓迎です」
  房子はそう言いながらさらに新たな提案を口にした。
「近歩三の会の名称を<近歩三末裔の会>としたらどうでしょうか。太平洋戦争への引き金になった決起部隊の近衛歩兵第三連隊ではなく世界のあらゆる戦争に反対する末裔たちの会という意味です」
 勇一に話すべき要諦のすべてを告げた房子の顔は晴れやかに輝いていた。

 「それはグッドだ。それでいこう。ゼミの学生は女子も混ぜて少なくとも十人ぐらいは参加するだろう。グッドアイディアだ。そうだ、今日は二人のmarriage roadと<近歩三末裔の会>が誕生しためでたい日だから祝杯をあげよう」
 これまでに「近歩三の会」でアルコールを飲んだことはなかった。コーヒーだけだった。この日は赤ワインをオーダーした。星合一郎大尉末裔の勇一が乾杯の音頭を取った。八重垣孝一少尉末裔の隼人と鴨志田忠少尉末裔の房子が唱和した。そして、房子が警察署で取り調べ官に言ったことを改めて宣言した。
「わたしたちは国を売ったわけでも国賊でもありません。国を憂いるからやっただけのことです。これからもやり続けます」

  (完)

 (拙文をお読み頂きありがとうございました。また、皆様から励ましを頂き厚く御礼を申し上げます)

 2024年6月25日
 吉田案山子