ショートショート小説

   「近歩三の末裔」 (2)

  鴨志田房子が沖縄の地元新聞東京版紙上に沖縄における米軍の辺野古新基建設や先島諸島への自衛隊軍事施設の増設に反対する強烈なキャンペーン記事を連載したのが体制に与する軍拡礼賛勢力を刺激した。一斉に地方紙の一記者に過ぎない房子の記事を糾弾する論調が巻き起こった。普段はみて見ぬ振りが得意な「マスゴミ」を中心にアンチ鴨志田記事が喧伝されたのである。
「こんなことで委縮してはダメだよ」
「近歩三の会」で集まった隼人と勇一が房子を励ます。
 「親世代はともかく今のボクたち世代で戦争への危機感が全くなく安穏としている若者のほうが少ない筈だよ。戦場へ引っ張りだされることを危惧している若者は決して少なくはない。TVのワイドショーあたりに洗脳された年寄りが気がつかないだけだよ」
 「ボクらのご先祖様は反乱軍といわれたけどボクたちは反乱軍の末裔ではなく救国軍にならなければいけないと思う。キミたちはどうだろうか」
 星合勇一の直截的な問題提起に隼人が即座に応じた。
「房子さんのキャンペーン記事はまさに軍拡に対する真正面からの反発であり戦争礼賛勢力への反撃です。ボクは房子さんの大いなる勇気に敬意を払うし後押しをします。このまま軍拡へ雪崩的な傾斜が止まらなければ取り返しのつかない事態を招くことになる」
「巨額の軍拡予算のために増税されたんではただでさえ苦しい台所のボクたち庶民はたまらないよね」
 勇一も隼人も常日頃抱いていた憤懣を吐露する。
 「ウチの編集長はわたしの記事になんのクレームもつけないわ。もともとウチの新聞社は反骨精神が旺盛だから助かるしやり甲斐があるのよ。編集部内ではアイツには東京支局員としての役割を縦横果断に発揮してもらいたいと言ってるそうなの。近歩三のひ孫としてご先祖さまの傷を拭えたらいいんだけど」
 房子は勇一や隼人が危惧したような躊躇や萎縮の欠片もなかった。極めて意気軒高なのである。
 
  「そうだね。ボクたちには近歩三の末裔としての使命があるんだよね。なんとしても戦争に巻き込まれないために活動する責務と役割があるとボクは思う」
 星合勇一はきっぱりした口調でそう言った。そのために自分たちは何をしたらいいのかを問う。彼の曽祖父譲りのせっかち癖がそろそろ顔を出し始めた。無手勝流ではまずいと言うのだった。一同は暫し黙考した。
  ジャーナリスト鴨志田房子の掲載記事だけに頼るのでは即効性に不足がある。具体的な行動が必要なのである。誰にも即座には妙案が浮かばない。三人の先祖は上官の命令に従い事の良し悪しは別として行動したのである。そこで、星合一郎大尉の突飛の遺伝子を持つ勇一が思いついた。
 「ボクたちよりもっと若い世代の声を聴けばいい。どうしたら戦争をしなくて済むかについての直截的な方途を聞いてくるよ」
 現在、自分の母校で講義をしている医科大学の学生たちに知恵を借りるのだという。

 そして後日、本当に星合勇一は母校の学生たち十数人を講義室に留めた。右もいれば左もいる。学生たちの意見は百出した。それらを総括すれば権力に抗議をするなら通り一遍のデモ行進の類ではつまらないしインパクトに乏しいというものだった。
「遊び半分でもなんでもいいから政治家を含め戦争の危機に無自覚な人々を驚かすことをやらなければ意味がない」
ある学生の意見はかなり激烈だった。また、ある学生は言った。
「本気でやるならオレたちは決起するさ。訳の分からぬうちによその国の軍隊のケツにつかされるのは勘弁してもらおうじゃないか。犬死はまっぴらごめんだ」
 勇一はこの時点で近歩三のご先祖様たちが辿った道とは正反対の道、すなわち反戦への決起行動を起こすことに意を決した。
「これはいける!」が閃いたのだった。

  学生たちの意見を募った以上そこから得た結論を行動に移さなければ何の意味もないし学生たちを愚弄したことになる。軍拡予算と増税もさることながら学生を含めた若者の多くが最も恐れるのは<もしかしたら自分たちの意思とは関係なく、また、自国の意思とは別の次元で戦場に駆り出される>ことである。つまりかの学生がいみじくも口にした「犬死に」である。星合勇一は今の学生・若者の深奥に沈殿している不安と不満それにまだ声になってはいない憤怒を看取することができた。
  
 それから一週間後の週末に今度は大学の傍にあるカフェに再び学生たちを招いた。そして自分の立ち位置を明らかにした。
「諸君の意見を聴取したのはボクと二人の同志がこれから起こすであろう行動の礎を求めたかったからです。諸君の存念を知って迷いが払われました。ボクたちの意志が正しいことが確認できました」
「隠すこともないから言います。ボクと二人の仲間たちは戦前に起きたあの2・26事件の決起部隊である旧陸軍第三歩兵連隊将校の末裔です。高橋是清蔵相を殺害した部隊です。つまり、その後の日中戦争から太平洋戦争への口火を切った軍人たちの末裔です。その末裔がご先祖さまとは逆に戦争に突っ走りそうな今の時代にアンチテーゼを呈するための行動を起こしたいのです。ある意味ではご先祖様が犯した大きな過ちの罪滅ぼしです」
「いつも突飛なことを平気で言う先生だとは思ってたけどこれほど突飛とは驚いた。これからどんな行動を起こすのかは分からないけどボクは先生の考えが突飛ではなく極めてまともだと思います。その時にボクらが助っ人になれるなら光栄です」
 集まった学生の全員が勇一の胸中の披歴に賛意を示した。話はこれで決まった。学生たちは星合勇一の次なるアクションを期待したのであった。

 (続く)