案山子エッセイ

   「野川の初夏」

 あまりにいい天気だったので図書館の帰りに野川まで足を延ばした。野川は多摩川の支流で小学唱歌に歌われた「春の小川はさらさらいくよ~」そのままの瀬の浅い小さな川である。梅雨入りを控えた川面に燦々たる陽光が降りそそぎ浅い水面を踏んで四羽の鴨が盛んに水浴びをしている。その脇の叢には一羽のコサギが忙しなく動き回る鴨たちに時折首を傾げながら眺めている。互いに不干渉である。鴨は鴨、コサギはコサギの世界を棲み分けている。

 晴れわたった青空には早くも雲の峰すなわち小さな入道雲が顔を出している。気分は爽快だ。深緑の空気を大きく吸い込んでから少し上流へと歩を進めた。遊歩道には吾人と同年配ぐらいのジョガーが汗を流している。晴れ晴れとした気分になる。かなたを見れば釣り人が竿をしならせている。野川には鯉や鮒、ドジョウ、ダボハゼなどがいる。釣り上げた後に直ぐに離すのだろう。目を対岸に繁る樹林にやればひっきりなしに鶯の「ホーホケキョ―」が聴こえている。それを遮るように名は分からぬが「チッチッチッチ」と鳴く鳥が飛び交う。その樹上を燕が超特急のスピードで飛んできた。五羽だった。あっという間に吾人の頭の上をかすめて過ぎた。

 同じ東京にいても雑踏の中で暮らすよりはこうした環境に囲まれて棲む人は恵まれている。誰を恨むでもないが吾人は幼い時から人生の四半世紀以上を東京の喧騒の中で暮らしてきた。本来人間は太古の昔から豊かな自然と共に生きてきた筈である。天気に恵まれた今日は幸いにしてほんの一時ではあるが世俗を忘れて人間らしく過すことができた。ありがたく良い一日だった。 

☆鴨が四羽コサギ顔だす野川あり
☆竿をふりジョガーに手振るよき日みた
☆ホトトギス鳴く声またぎツバメゆく