東京散策の記

 「お台場」
 
 
 久しぶりの好天だったので先日、海の臭いを嗅ぎにお台場に出掛けた。新橋から「ゆりかもめ」に乗った。30年ぶりぐらいの乗車だからこれが無人運転車輛ということをすっかり忘れていた(今まで無事故だからいいか)。船の科学館があるところで下車。船の科学館は「臨海副都心」という東京港の埋立て地に昭和49年(1974)に開館した。現在は初代南極観測船「宗谷」を中心とした博物館になっている。宗谷は日本初の南極観測船として昭和37年4月まで、6次にわたる南極観測で活躍したことで知られている。
「ゆりかもめ」を乗り継いで次に台場で下車した。高架遊歩道が縦横に広がる観光スポットでもある。海辺まで続く散策路はポカポカ陽気ならジョガーの姿があるのだが平日だったこととまだ肌寒い風のせいでそれはない。それでもインバウンドが目につく。公園と海浜の狭間に「自由の女神」像が佇立している。なんでここに自由の女神があるのか曰く因縁は知らない。それでもインバウンドたちに交じってスマホ合戦に参加した。

 そもそも、この「台場」という地名は1853年(嘉永6年)、ペリー艦隊が来航し幕府に開国を迫った時に脅威を感じた幕府が洋式の海上砲台を建設させたのである。1854年にペリーが2度目の来航をするまでに砲台は完成し、品川台場(品海砲台)と呼ばれた。お台場という呼び方は、幕府に敬意を払って台場に「御」をつけたことが由来とされている。その「お台場」にペリーの母国・USAの象徴ともいえる「自由の女神」が聳えているのはなんだろう。歴史を今に伝えているらしい。

「お台場」にはマスメディアのフジテレビがある。若者たちは女神ではなくこちらに向かう。年寄の吾人も向かう。屋上のオープンスペースに30~40人ほどが固まっている。すかさず仲間入りした。6人の若者たちがこれから歌を披露するらしい。目の前のヤングレディーたちにグループ名を訊いた。しかし、その名は全く知らない(当たり前)。これから人気が出るとレディーたちがジジイにいう。そこで「オジンが生きてる間に大スターになってくれよな~」と声をあげた。左隣にいたオバサンまで爆笑。歌って踊るパフォーマンスをナマで観たのは初めてだった。歌よりも体力がなければ無理というのが実感だった。嬉しかったのはヤングレディー&オバサンと僅かな時間でも胸襟を開いたコミュケーションがとれたことだった。屋上に冷たい風が吹く中ここに立ち寄った甲斐があった。

「ゆりかもめ」をさらに乗り継いで「東京ビッグサイト」まで行った。複数のビジネスイベントが開催されていた。とうに現役をリタイヤ―した身ではさしたる勉強にはならなかったがバリバリのビジネスマンたちが集う空気を吸っただけでも今を感じることができた気がする。一息つくためコンビニでコーヒーを買った。そこでセルフレジというロボットに遭遇。大いに困惑し店員に助けを求めた。ところがである。「いらっしゃいませ」も「ありがとうございます」も言わないどころか不愛想かつ横柄に清算するのである。買った缶コーヒーを投げつけてやろうかと本気で思った。客商売の本義に悖る所業であると思うのだ(吾人はふる~い人間なんだろうか)。

 そういえば、そこでコーヒーとクッキーをやりながら休憩スペースにいるビジネスパーソンを眺めていたら吾人の時代のような会話の場面は明らかに少ない。PCを叩いての没個性が多い。先ほどのセルフレジと同様に会話を必要としない世の中になったのを実感した。良いか悪いかは別として喧嘩腰で口角泡を飛ばしてのビジネス・ディスカッションは昔懐かしい光景になった(吾人のアナクロニズムか)。

 帰りを水上バスで日の出桟橋に行こうとしたら何とここでも無人(ノー・コミュニケーション)に出会った。料金を現金では受けつけずQRコードでとの表示。やり方がわからず断念。やむなく台場駅傍のベンチで休憩。可愛らしい子犬を連れた隣の女性に「どこの生まれのワンちゃんでしよう」と無遠慮にも話かけた。「ドイツです」と女性。「イッヒ・リーベ・ディッヒ」と言ったら「この子はオスです」。そこへご主人がジュースとクッキーを手に戻ってきた。「勝手にお話をしてまして済みません」と当方。「いいえ、ご遠慮なくどうぞ。彼女は私に飽きてますから」とは粋なご主人。歳の頃は三十半ば。

 図々しくもそのご主人に話を振った。先ほどのセルフレジとQRコードの一件につき愚痴を繰り返えしたのである。ご主人は笑いながら曰く「客を客とも思わない相手ですから自分を責めることはありませんよ。ウチの彼女も私も同じ目にあってます。はっきり言えばあの手は狂ってますね」。高らかな人間宣言だった。吾人は救われた。ワンちゃんとご夫婦に別れをして汐留から大江戸線で新宿へ出て狛江までのかなりの距離を電車に揺られながら良い一日だったと記憶に留めることができた。会話ができる人に出会えたことに感謝している。