SLEと診断されるまでのこと | SLE.クローン病.後天性免疫不全症.バセドウ.繊維筋痛症.症状精神病.子宮頚癌、卵巣嚢腫.子宮繊筋症等

SLE.クローン病.後天性免疫不全症.バセドウ.繊維筋痛症.症状精神病.子宮頚癌、卵巣嚢腫.子宮繊筋症等

2012年ようやく全身性エリテマトーデスと診断がつく。繊維筋痛症、クローン病、バセドウ氏病、子宮頸がん(術後5年経過)、子宮腺筋症、卵巣嚢腫、子宮内幕増殖症、ステロイドによる症状精神病です。メニエール病も併発。大学病院通院中


 頚のリンパがボコボコと腫れだしたのは20歳の頃。今から約20年前になります。



その当時住んでいた町の総合病院で血液検査し診てもらうも「なんの異常もない」とアッサリ、スッパリ切り捨てられました。


その後も、頸のリンパは常にボコボコしていたし、耳介が赤黒く変色しだしたのもこの頃から。

22歳で第1子を妊娠したが、切迫流産になり入院、出産。

25歳の時に第2子を帝王切開で出産しました。

SLEを増悪させる原因は幾つかあって、
妊娠や出産、手術、紫外線などもその中の1つ。


勿論当時、自分は健康体だと思っています。

第2子出産予定日の5日前に、突然の発熱。
それから腰に強い痛みが出ました。

産婦人科に行って採尿すると血尿がみられ、そのまま入院となりました。

その日の夜、胎児の心拍数が70台に落ちたということで、緊急の帝王切開。

子供は無事に生まれ

翌日から、傷の回復を早めるために歩くように言われました。

出産間近でSLEが動き出したところに帝王切開の手術えーん




傷の痛みは勿論だけど、
身体中の関節が痛く、そして全身が怠い。

言うことを利かない身体と、スパルタナースの狭間で、悔し涙を流しながら歩きました。

5日目退院したけど、全身の痛みと倦怠感が半端ない。
発熱も伴い、食事も喉を通らず、グッタリとしたまま1ヶ月近くを過ごしました。

何かのタイミングで動けるようになりましたが、
そこから病気がわかるまでの十数年間、毎日が倦怠感とのたたかいになりました。
ある時期からは「これが普通なんだ」と
感覚さえおかしくなっていました。

階段数段で息があがる「これで普通」
数十メートル歩くと息があがる「いつものこと」


よく、職場の人から言われた言葉
「そんなんで疲れてたら、あたしの歳になったらもっともっと疲れるよ」

歳をとるとこれ以上疲れちゃうのか
ガーンそりゃ勘弁

いま思えば、これもSLEの症状。


ここまでに数件の病院をまわるも、異常は見付からず。

医師からバセドウやSLEを疑う言葉すらきけず。

行く先々で、
更年期障害かな?
神経的な問題だよ。と言われました。


ようやく、32歳の時にバセドウ病が見付かるも、SLE発見には至らず。


いま現在もSLEが再燃するとバセドウも再燃し、足を引っ張りあっています。
この辺りから、腕や太股に出来物が出来るように。

形は真ん中に穴が空いたようなドーナツ🍩型の無色の疹。


33歳で子宮頸癌異形成でレーザー手術。

術前検査にてバセドウの数値は調べましたが当然SLEの数値は調べるはずもなく。

この手術がまたSLEの病勢に拍車をかけてしまいました。

手術の翌日39度手前まで発熱するも「レーザーメスによる発熱だから心配ない」と退院。
退院翌日も熱は下がらず、食欲減退。
加えて全身の関節が痛くて歩けない状態に。

数日を耐え忍び、また動けるまでに回復。

日々疲れるのは「普通のこと」
そしてまた生活が始まる。

35歳の時、
何度か原因不明の発熱、関節痛に悩まされる。

そしてこの年2011年の夏にバンコクに旅行に行き、紫外線をタップリ浴び帰国グラサン


それから間も無くして鼻の先っちょに赤い出来物が。

それが段々大きく陸続きに頬に拡がり始め、ようやくSLE発覚となったのでした。





この記事の内容は

もっと沢山のかたに読んでいただきたくて

以前の書いたものを再々度アップさせていただきましたニコニコ