映画「オークション 盗まれたエゴン・シーレ」 2025(令和7)年1月10日公開 ★★★★★
(フランス語・英語・ドイツ語 字幕翻訳 古田由紀子)
アンドレ・マッソンはパリのオークション会社「スコッティーズ」で働くオークショニア。
その日も資産家の女性の相談に乗っていましたが
「娘は黒人なんかと付き合ってて相続させたくないから、すぐに処分したい」
「とにかく全額早く支払って!」
「100万ユーロは保証しなさいよ」
依頼人の暴言に研修生のオロールは
「お客はあんな人ばかりなの?」
「絵を売るためには娼婦になるくらいの覚悟がないと・・・」
「いつか出会えるかもしれない逸品を待って
そのほかのクソみたいな仕事をしてるのさ」
と、アンドレは答えます。
工業都市ミュルーズ。
体の弱い母と住む夜間労働者の青年、マルタンの家は
去年98歳で亡くなった老人から引き継いだものでしたが、
その壁にかかっている絵が、絵画のカタログに載っていることに
偶然マルタンの友人が気づきます。
再びパリのオークションハウス。
アンドレあてに届いた手紙をオロールが読み上げます。
それはエゴン・シーレのカンバス画の鑑定依頼で、
地方の女性弁護士シュザンヌ・エゲルマンからのものでした。
「エゴン・シーレなんて30年も見つかってない。偽物に決まってる」
と、アンドレは鼻にもかけない状態。
「とりあえず、その絵を実際に観てから再度連絡してほしい」
とオロールに返事をさせます。
弁護士のシュザンヌからスマホに届いた絵の裏側の画像には
「1928年バーゼルクンスト美術館」の印があり、
拡大画像も限りなく本物。
居留守を使おうとしていたアンドレは色めき立ちます。
彼は10年前に離婚した元妻で同業者ベルティナを誘って、絵を見に行くことにします。
シュザンヌの案内でマルタンの家に行き、壁にかかった絵をみるなり、
アンドレとベルティナは大笑いしてしまいます。
「贋作だとしても笑うのは失礼だわ」とシュザンヌ。
「いや、興奮して高ぶってしまった」
「本物だわ!夢のよう」
これはナチスに略奪されたエゴン・シーレの代表作で、
1939年以降行方不明だったこと。
持ち主のユダヤ人、ワルベルクは逃げるための大金を用意するために
この絵を売ろうとしていたが、無事アメリカに脱出できたのは彼だけで
家族は収容所へ送られたことなどを説明すると
マルタンは
「そんな痛ましい絵を自分のものにはしたくない。
アメリカのその人の遺族に返してあげて欲しい」
と顔を曇らせます。 (あらすじ とりあえずここまで)
ナチスドイツに略奪されたエゴン・シーレの「ひまわり」が
2000年代に一般家庭で見つかった、というのは事実ですが
ストーリーはフィクションだということです。
なのでこれから書くことも事実かどうかはわかりませんが、
映画のなかではこんな説明がされています。
マルタンの家は、ずいぶん昔に、所有者の居住権を保留した状態で契約する
いわゆる「ヴィアジェ」で購入した家でした。
元の持ち主は、自宅を売却したとき、一時金だけを受け取るかわりに
そのまま住み続けられ、生きている間は年金を受け取れます。
そして死んだときにすべて買主のものになるという・・・・
持ち主が早く亡くなれば買い手に有利だし、長生きされたら損するという、
なんか賭け事みたいな取引です。
⇧
この映画はまさに「ヴィアジェ」に翻弄される人たちのドラマでしたが
9年前は「ひどいシステムだ!」と思ってた私も
自分が年とってみると、死ぬまで住むところとお金の心配をせずにすみ、
死んだ後の始末も他人がしてくれるわけで
「日本にもあったらいいのに」なんて思ってしまいました。
マルタンの家の場合も、家主が98歳まで長生きしたものだから、
なかなか自分のものにならなかったんですよね。
その間に父親が亡くなり、母も体が弱いので、
マルタンが親孝行のために戻ってきたみたいです。
名画「ひまわり」以外のその老人の遺品が気になって探しますが、
ほかには大したものはなく、鍵のかかったボロボロのトランクを開けると、
たくさんの古写真とともに保安警察の身分証が出てきました。
ヒトラーはたくさんの芸術作品を没収し、写実的古典的な芸術品を称賛する一方で
自分の趣味にあわない前衛的な造形作品は「退廃芸術」としてずさんな扱いをしていました。
おそらくこの家にいた老人は「ナチスの協力者」だったので
そのお礼としてバラまかれたもののひとつだったのでしょう。
ここには極力絵に関係することだけを書きましたが、
本作は「これ関係ある?」みたいなシーンがストーリーをひっかきまわします。
例えば上の研修生のオロール。
彼女は仕事はミスなくしっかりできるのですが
上司のアンドレに向かって素直に返事せず、にくまれ口ばかり。
かなりとげとげしい関係です。
オロールのアパートの前で父親が待っているシーンがあるのですが、
「鍵を会社にわすれて中に入れない」とウソをついて追い出そうとしたり
父から金(生活費?)を受け取りながらももっとせびろうとしたり
父に対しても敬意を欠く言動。
オロールの父は同業者の男から妻を寝取られ、生まれたのがオロール
(と本人は確信しています)
そして「実の父」と思ってる男に対しても憎しみしかなく、
オークションで彼が落札しようとしている古い本の値をつりあげ
彼に大損をさせたりしています。
そしてアンドレも、オロールに苦言を言いながらも
自分だって社長のアンリをコケにしてるし、
地方出身者をちょっと下にみているようなところもあります。
オロールの父もふくめ、ほぼ全員が同業者なので、
オークションにかかわっていると、
無意識のうちに人を「値踏み」する習慣があるんでしょうかね?
つづきです(ネタバレ)
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アンドレは、アメリカのワルベルクの家族に接触し、
発見者のマルタンが所有権を主張していないことを伝えると
「相続人は9人。その青年を10人目に迎えよう」といわれます。
「ひまわり」はミュルーズの家から厳重に包装されて運び出され
シーレの第一人者、サムソン・コーナーに見てもらいますが、
本物だとは認めながらも
「ひどく傷んでいて失望した」
「クオリティはかなり低い」と塩対応。
さらにシュザンヌからの電話で、
遺族たちはオークションをあきらめ、
あの絵に800万で買い手がついたことを知ったアンドレは失望し
大酒を飲んでつぶれてしまいます。
オロールは既にアンドレと喧嘩をして会社を辞めていたのですが、
「まだあきらめるのは早い」とアンドレの家を訪れ、進言します。
「あれはコーナーにわざと低い評価をさせて持ち主を不安にさせ
安く買いたたこうとしている」
「父(母を寝取ったほうの男)も同じ手口で儲けていた」
アンドレはワルベルクを説得し、
なんとかオークションを開くまでこぎつけることができました。
「ひまわり」は2500万で落札。
マルタンはワルベルク一族から拍手でむかえられました。(あらすじここまで)
タイトルはミステリータッチですが、
登場人物この5人の性格を描き分ける
「群像劇」みたいな感じだったかな。
右端のマルタンが本当に純朴で良い青年だったので
後味はいいんですけど、ほかの4人もなかなかに個性的。
とにかくテンポが速いので、91分とは思えない情報量です。
シーンは飛ぶものの、ほぼ時系列なんですが、
想像で補える範囲は省略してサクサクすすみます。
たとえば、
絵が有名なのに気づいて、マルタンが友人たちとどんな話をして
どんないきさつで弁護士にたどりついたかとか
全く省略。
絵を運びだすときもひと悶着ありそうに思うんですが
そのへんのシーンもなかったですね。
絵のすぐ横にダーツがあったりして冷や冷やしてしまいましたが
無事だったんでしょうかね?(笑)
ラストのオークションの場面も(クライマックスなので盛り上げそうなものですが)
けっこうあっさり。
一方、オロールの虚言壁とか、シュザンヌとベルティナがLGBTとか
それいる?とか思っちゃいますけど
そういう過多な情報をかきわけながらお話が進んでいくんですよ。
個人的にはそのさじ加減がめちゃ好みでした。
なので、広くオススメしてよいのがちょっと自信ないですが
私にとっては完全に★★★★★でした!
「我慢と妥協と下方修正、それが人生だ」
これはオロールの父の言葉ですが、たしかに。