映画 「チャイコフスキーの妻」 2024(令和6)年9月6日公開 ★★★★☆

(ロシア語・フランス語: 字幕翻訳 加藤富美)

 

 

 

1893年、サンクトペテルブルグ

アントニーナは夫ピョートル・チャイコフスキーに捧げる言葉で悩んでいます。

大勢の参列者、祈りの声、讃美歌の歌声・・・

「故人を崇拝する妻より」

リボンにそう書き入れた花輪をもってアントニーナが現れると

正装して安置されたチャイコフスキーの遺体が突然起き上がり

「なぜあの女が来てる!誰が呼んだんだ!」

と怒り叫ぶのです。

「お前が欲しいのは私の妻の座だけ。あの時の私はどうかしていた」

 

(ここでタイトル)

 

1872年 モスクワ

地方貴族の娘であるアントニーナは、伯母の家のパーティで

即興でピアノを弾くチャイコフスキーと出会い、一目ぼれします。

伯母のところにいって、

「モスクワ音楽院で学びたいので、彼に私を紹介して」とたのみ、

音楽院に入学することになりますが、

アントニーナの興味は、ここで教えている彼を見ることだけ。

 

 

彼の住所を聞き出すと、熱烈なラブレターを送ります。

やがて返事がきて、

一人暮らしのアントニーナの部屋を訪れるチャイコフスキー。

 

最初から「結婚してほしい」の一点張りのアントニーナに対して

「私は裕福じゃないし、歳もとっていて退屈すると思う」

「女性に興味もないし、あなたを失望させる」

と、遠回しに断ってくるのですが

「あなたにはほかの人にない魅力がある」

「何人もの人に求婚されてるけどあなた以外の人には興味がない」

と、引き下がりません。

「持参金も1万ルーブルは用意できる」とまで言い出しますが、

チャイコフスキーは興味を示さずに帰っていきます。

 

その後もラブレターをおくりつづけ、

もう一度会えることになりますが・・・

 

「私は女性を愛したことがない。問題は君じゃないんだ」

「気難しくて社交性ににも欠け、欠陥だらけの男だ」

彼は正式に断りに来たようにも思えるのですが

「静かで穏やかな兄と妹のような関係でよければ、一緒に暮らせるかもしれない」

と言い出し、

当然アントニーナはそれを了承し、彼は結婚を申し込みます。

 

アントニーナの母は大反対しますが、妹が応援してくれて

結婚式までこぎつけますが・・・ (あらすじ とりあえずここまで)

 

 

有名作曲家のプライベートものって、映画の素材になりがちで、

先日も「ボレロ」を見たばかりですが、

チャイコフスキーの妻がどんな人かなんて知らないので

あえて予備知識なしで見に行きました。

 

ピョートル・チャイコフスキー(1840~1893)53歳で死亡

というのを知っていれば、

冒頭のシーンも映画的な演出とわかってたのですが、

最初彼が生き返ったのを見て、

奇跡が起こった?

ひょっとして生前葬とか?

なんて思ってしまいました。

 

ついでにいうと、アントニーナは1848~1917年(68歳)

出会って結婚した時、ふたりは37歳と28歳で、歳の差も大きいですが

アントニーナの28歳というのも当時としては遅い結婚で、

そもそもこの年で音楽院行く?って年齢だったんですね。

 

アントニーナは若くて美人で(20歳くらいだと思ってました)

ひととおりの教養も家柄もありそうで、結婚相手には苦労しなさそうなのに

なんでそんなに執着するのか、これはちょっと理解不能。

 

現実世界で、どちらかの猛アタックで強引に結婚することになって、

でもけっこううまく行ってるケースも多いから一概にはいえないんですが、

「自分は拒否されてること」を絶対に認めない人との生活は

けっこうキツイかもね。

 

「女性を愛したことがない」と自ら前もって言っていたように

彼は若い男しか愛せない同性愛者だったようです。

今みたいに世間にカムアウトできないから

彼にとっては偽装結婚でカモフラージュするつもりだったのでしょう。

 

ただ「高名な尊敬する作曲家の妻でいたい」ということだったら、

こんなウソ婚もありかもしれませんが、独占欲の強いアントニーナにはあり得ません。

彼女の「ひたむきな愛」は夫にとっては「束縛」以外のなにものでもなかったのです。

 

 

結婚してすぐの記念写真の撮影風景もありましたが・・・

 

これが元になった写真のようです。

 

アントニーナは美人だし、最初のうちは「自慢の妻」と紹介してたのかな?

彼の実家ではどうも父には気に入られたようで、

傍目には仲睦まじい新婚カップルにみえたかもしれませんが、

それは最初のうちだけ。

気持ちのすれちがいはほんの何日かのうちに決定的になります。

 

後半、簡単にあらすじをメモしておきます。ネタバレ

 

1877年 モスクワ

新居にピアノが運び込まれますが、夫は仕事に集中できず。

最初のうちは癇癪を起しても

「一人暮らしが長くて、思ったことをすぐ口にだしてしまう」

「ひどいことを言って悪かった」

と低姿勢だった夫も、次第に無口になってしまい、

仕事を口実に留守がちになります。

 

持参金になるはずの実家の森も売れず、

約束が果たせないアントニーナも気が気じゃありません。

 

帰らない夫にかわって、彼の弟や親友たちが次々にやってきては

「ピョートルは体調がすぐれず、病状は深刻だ」

「彼に穏やかな時間を与えてやってくれ」

「彼のつくる宝石のような曲はロシアの財産だ」

そして次第に

「離婚してやってくれ」とストレートに言われるようになるのですが、

「彼のことは妻の私が守る」としかいわないアントニーナ。

 

1878年

夫の弁護士はすでに離婚の条件も出してきて

「夫の不貞」を離婚理由に、月に100ルーブル+α

一括なら1万ルーブルを支払う旨の書類をもってくるのですが

「私はチャイコフスキーの妻よ、神の前で誓ったのよ」と、断固拒否。

 

アントニーナに好意的な義妹のサーシャにも

「兄は若い男がすきなのよ、離婚しないとあなたが不幸になる」

義弟たちにも、ゲイの友人たちにも

「彼に必要なのは音楽だけ」

「彼はもう戻ってこないから別れてあげて」

 

結婚に反対していた実母にも

「お前との結婚はカモフラージュ。別れないとみじめな人生しかない」

異口同音にいわれても、アントニーナは最後まで首をたてにふらず。

 

1893年11月

チャイコフスキー死去の号外が配られ、ついに婚姻関係終わりの日がきました。

 

チャイコフスキーと別居中、生活費だけは受け取りながら、

アントニーナは自分の弁護士との間に3人の私生児を生みます。

子どもたちは育てずに施設に預けますが、3人とも死亡、弁護士も死亡・・・

「私の人生は災難続き。これも全部彼の責任よ。苦しんで当然」

 

1917年にアントニーナは68歳で

精神病院で亡くなったとテロップが流れます。

ロシア革命の暴動により、数日間埋葬できなかったそうです。(あらすじ ここまで)

 

 


 

「世紀の悪妻」ともいわれるアントニーナ。

「夫を愛し続けるのが悪い」といわれるのもへんな話ですが、

結婚前も別居後も、今ならストーカー規制法にひっかかりそうな執着ぶりです。

(結婚して2カ月ほどでチャイコフスキーはアントニーナと別居し

実際はただの1度も会うことはなかったそうですが)

 

晩年は精神病院にいれられるも、彼女基準では狂ってなどいなかったのでしょう。

 

チャイコフスキーという国の宝を偉人あつかいして

同性愛者だということを封印するために

アントニーナを「悪妻」「狂女」とするのなら

それも気の毒には思いますけど。

 

アントニーナは音楽院に通っていたから多少はピアノを弾いたりはできたようですが、

夫のつくる音楽をもっと愛せる人だったら、また話が違ってた気がします。

 

彼女は音楽よりも洋裁に長けていたという記録もあり、

心をこめて縫ったシャツを夫の弁護士に託すシーンもありましたが、

これは悪いけど着られないよね~

 

思い込みが激しくて周囲の助言が耳に入らない人ってけっこう現実にいますが

彼女はそれの最たるもので、

「愛しているから身を引く」とかいう感覚、わからないんだろうな。

結果、自分も相手も不幸にしてしまいましたが、

チャイコフスキーは現実にたくさんの名曲を残したわけで、

彼女がいなかったら長生きしてもっとたくさんの曲を作ったのか、

それはなんともいえませんけど。

 

 

映倫区分は「RG12」となっていますが

けっこうショッキングなシーンもあるので、R18が妥当だと思うんですけどね。

美しい画面が多いんですが、

ボロボロのホームレスのおじさんが発狂していると思っていたら、

いきなり服を脱いで大きな乳房を出す・・・

というシーンが私はトラウマになりそうでしたが、

これ必要?と思うくらいのフルヌードもあるので、苦手な人はお気をつけください。

 

 

赤いドレスにあわせたサンゴのエピソードや

雑音として何度も挿入されるハエの羽音とかも効果的。

アート系作品の好きな方にはおすすめです。

 

それから、作曲家が主役だと、演奏シーンが多かったり

同時代の有名音楽家が登場したりするのですが、

本作は作曲家・ピアニストのルビンシュタインが出てくるくらい。

あのアルトゥール・ルビンシュタインとは時代も違うし、全く無関係だそうです。

だから実質ゼロかもしれません。

 

 

先日「観たい映画」のブログのなかで、

「インフル病みのペトロフ家」のamazonプライムのことを書きましたが

本作のキリル・セレブレニコフ監督作品なので、配信されるんでしょうね。

(私は監督のことは全く知らず、

単に未見のムヴィオラ配給作品でリストに挙げてただけなんですけどね)

 

会員の無料配信終わらないうちに急いで観ようと思います。