映画 「コンセント 同意」 2024(令和6)年8月2日公開 ★★★★☆
原作本 「同意」ヴァネッサ・スプリンゴラ 中央公論新社
(フランス語; 字幕翻訳 横井和子)
「うちの娘は13歳ですけど、かなりの読書家なんですのよ」
編集者?の母に連れていかれた高名な作家たちとの食事会で
ヴァネッサは、母から文学少女アピールをされて恥ずかしそうにしています。
帰りの車の後ろの席で、隣に座ったガブリエル・マツネフは
ヴァネッサの耳元で甘いことばをささやき、手をとって撫でまわします。
彼は50歳の幼児性愛者の作家で、作品にも実体験が反映されていることも有名。
高名な作家に特別扱いしてもらったヴァネッサは彼に興味をもち
書店で著作を探していると、店主からは
「マツネフは君にはまだ早い」といわれ、「ブラをつける前の少女」を薦められます。
その後も連日マツネフからはラブレターが届き、ヴァネッサの学校にまでやってきます。
バスで彼の仕事場に向かい、最初は躊躇したものの
そこで逢瀬を重ねるようになり、
それを知った母は激怒します。
「あいつはペドフィリアよ、あなたは餌食にされる!」
「やめないなら寄宿学校に転校させる」
といわれ
「私の恋をじゃまするなら、ここを出ていく」
「首を吊って死ぬ」とまで抵抗するヴァネッサ。
シングルマザーの母は
家に妻帯者の評論家を連れ込んでいるのが娘にバレており
それ以上は強くは言えないようで、
「勝手にしなさい。あとで泣き言をいうんじゃないよ」
と、さじを投げてしまいます。(あらすじ とりあえずここまで)
観たい映画のリストにはあげていなかったのですが、
ベストセラーの原作を読んだので、久しぶりに「読んで観て」みようかと・・・・
48歳になったヴァネッサが30年以上まえの自分の体験をつづったのが
2020年に出版された本作の原作である「同意」です。
ガブリエル・マツネフの名前は「G」とイニシャルになってはいますが、
実名を明かしたも同然。(以下、ここでもGと書かせていただきます)
いってみれば「暴露本」ではあるんですが、
一方的にGを責め咎めるものではなく、(映画には省略されていましたが)
幼少期の家庭不和など自分の歪な家庭環境も晒しているし
何より「文芸作品」として成立していることから
今まで(性的欲求を満たすだけでなく)自分との経験を作品に利用して飯のタネにしてきた
Gへの「報復」となってるわけです。
映像化されることでさらなる復讐が遂げられたのかもしれませんが、
ともかく、50歳のハゲGが幼気な少女をグルーミングするシーンが延々続き
誰もが嫌悪感を抱くはずで、けっして楽しい映画ではありません。
37歳のときのガブリエル・マツネフ(本人)↑
若い時から充分キモいです(笑)
後半のあらすじは省略して、ネタバレの感想を書いていきますが・・・
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Gはけっして無理強いはしないんですよ。
酔っぱらってレイプするようなケダモノとはちがい
いちいち「同意」をとりながら事を進めていくんですが
まあ、少女には選択の余地がないように仕向けて行くんですね。
当時はヴァネッサも自分を大人とみとめてくれて
意思を尊重してくれていると感じていたし、
驚いたのは、処女膜が固すぎてうまくセックスできないのを恥じて
病院にも行ってしまうんです。
「性交渉を望んでいるのに体が拒否してしまう。
愛するパートナーを失望させたくないのです」
といって、処女膜を緩める処置をしてもらうとか、びっくり。
ヤミ医者じゃなくてまともな婦人科に思えましたけど
14歳の少女がひとりでやってきて(病院だから年齢もわかるだろうに)
そんな処置をしてくれちゃうとか、フランス、すごいな!(←褒めていません)
それから、Gも参加してるテレビの座談会でGの小児性愛の話題になり
ひとりの女性作家の
「あなたは女の子を餌食にしているだけで、文学を言い訳にしてはいけない」
というごくまっとうな意見に、参加者全員が大反論、あっさり却下されていました。
小児性愛という「禁断の愛」を美化するのが「芸術」といわんばかりです。
これ、80年代の話で、当然14歳の子を性の対象にするのは不適切な行為で
警察が介入したりするシーンもあるんですが、
(ミッテラン大統領もふくむ?)「インテリ文化人のみなさん」は
タブーを破る多様な愛の世界とでも思ってるのかな?
Gもとんでもないヤツだけど、フランス大丈夫か?
と、後半はそればかり思ったのは、多分、
今開催中のパリ五輪から漏れ聞こえてくる悪評があったからでしょう。
ポリコレ、LGBT、多様性・・・全方向に配慮した結果が
あの不気味で悪趣味な開会式の演出になったとしたら、笑える!
ウチにはテレビもないし、断片的なネット情報で判断するだけですが、
環境や地産地消やSDGsにこだわるあまり
選手村のアスリート向けの食事がビーガン食になったり
エアコンなかったりするわけですか?
(臭い隅田川を知ってる世代からしたら)セーヌ川浄化プロジェクトにも大いに期待してたのに
あんな状態で選手たちを泳がすのとかあり?
本題に戻りますが、
「同意」の出版により、80歳を超えて存命のGの作家生命は絶たれ
当然の制裁をうけたことになりますが、当時彼を称賛していた「知識人」たちや
メディアの責任はないのかな?と思ってしまいました。
「子どもの意思を尊重する」といえば聞こえはいいけど、
まだ経験も浅い未成年者になんでも判断させて、大人たちが見て見ぬふりをするのも
ちょっと違うんじゃないの?
子どもの意思とはちがっても、きちんと守ってやるのが大人の仕事だと思います。
「恋愛の多様性」やジェンダーに関しても(詳しくは書かないけれど)
古いとか、頭が固いとかいわれようと、
イマドキの「意識高い系」の人たちに無条件にくっついていくのは止めようと思っています。