映画 「僕らの世界が交わるまで」 2024(令和6)年1月19日公開 ★★★☆☆

(英語: 字幕翻訳 松浦美奈)

 

 

「新しい曲,聴いてくれ!」

高校生、ジギー・キャットが自作の曲をネットでライブ配信すると

画面の向こうには世界中で見てくれるフォロワーの姿がモザイク状に現れます。

「気に入ったら投げ銭して!」

今回もそこそこのコメントと収益をゲットできました。

 

一方、ジギーの母エブリンは、DV被害者を救済するシェルターを運営しており

ボランティアの社会貢献に人生を捧げてきました。

 

配信中に部屋をノックした母にジギーは激怒、

「配信中」の赤ランプをつけて応戦します。

逆に、学校まで送ってくれる車の中で母が

大音量でクラシックを流すのがジギーにはがまんなりません。

 

 

ジギーはクラスメートのライラに片思いしているんですが、

ライラの興味は環境問題や世界情勢。

ジギーの知識ではとてもついていけません。

政治集会についていって歌を披露するも

軟派なラブソングを歌って、すっかり浮いてしまいます。

「配信では大ウケなのに・・・」と不満顔。

 

その時ライラが朗読した詩の原稿を借りてきて

それに曲をつけ、披露すると、かなり喜んでもらえました。

 

 

ライラとの距離が近くなって、有頂天のジギー。

 

 

一方、エブリンは、今日も、夫のDVから逃げてきた母子を保護しますが

息子のカイルはジギーと同じ高校生で、母をいたわる好青年。

成績もよく、手先も器用で、施設の補修も手伝ってくれます。

 

カイルのことを気に入ったエブリンは、

彼をこのまま埋もれさせてはいけない、大学進学のための奨学金を

なんとかして得られるようにしてあげようと思うようになります。

           (あらすじ とりあえずここまで)

 

 

今年のはじめに公開された、ジェシー・アイゼンバーグの長編初監督作品。

半年遅れで劇場鑑賞しました。

 

フォロワー数と投げ銭が命の高校生と、慈善活動に生涯を支えてきた母・・・

と聞いたら、「性格が真逆な親子」と思ってしまいますが、

実は(価値観的なものは違うけど)性格は、そっくり!

 

 

自分の表彰式をすっぽかされた父からは

「ふたりとも自己愛が強いのがそっくりだ」

と言われましたが、そのとおりで、

空気読めない、人の気持ちを推しはかろうとしない、というか

常にこの母子は「ひとりよがり」で「空回り」なんですよね。

 

私も多分にそういうところあるんですが

自分より顕著な人をみると、

「あらあら・・・」なんて思ってしまうから笑える。

 

このふたり、ほぼ同時期に、家庭以外のところで

「お気に入り」の人を見つけて、すっかり傾倒してしまいます。

 

つづきです(ネタバレ

 

植民地主義に搾取され、温暖化で水没の危機にあるマーシャル諸島を

テーマにした、けっこう過激なライラの詩に曲をつけ、

ジギーがライブ配信すると、過去イチの90㌦の投げ銭をもらえます。

興奮してライラに報告すると、喜ぶどころか

「あなたまでマーシャル諸島を搾取するのか!」とキレられてしまいます。

 

 

一方、エブリンもツテを総動員して、カイルの奨学金の審査までこぎつけ

打ち合わせと称して食事に誘ったり、家から料理を運んだりかなりのご執心。

 

まずカイルの母親から待ったがかかり、

本人の気持ちを確かめてみると、

「大学へは進学せずに自動車整備工場で働きたい」というのです。

エブリンに逆らってシェルターを追い出されるのが怖くて、言えなかったと。

 

車のなかで泣くエブリン。

そのころジギーもロッカーに頭を打ちつけていました。

 

エブリンは職場の自室で「ジギー・キャット、音楽」で検索をかけ、

出てきた息子の動画サイトに見入ります。

ちょうどそのとき、ジギーも

若い頃から政治に興味があったという母の意見を聞こうと

シェルターに向かっていたのでした。         (おしまい)

 

 

ラスト、

母は反感しか持ってなかった息子の配信動画をみて、

「若い子のことを知りたかったら、こんな近くにいたんじゃない」と思い

息子は憧れの意識高い系女子に近づくためには、

「もっと母の意見を聞いておけばよかった」と思い、

「ふたりの世界が交わ」ってめでたし、めでたし・・・・

 

という話だとしたら、なんとも薄っぺらにしか思えませんが、

なんでこんな邦題つけたんだろ?

邦題がいちばんしくじってます。

 

チラシのまんなかに書いてある

「家族って時々ムズカシイ」というのも、けっこうズレてますね。

そういう話じゃないから。

 

 

原題は「When You Finish Saving the World

(世界を救うのをやめるとき)

 

母は、社会的弱者を救うのが自分の天職だと思っていて、

息子が「お金になること=価値ある仕事」だと思っているのが腹立たしく

「社会貢献」「弱者救済」「無償の愛」を教えたいと思うも

話のきっかけすらつかめずに苛立っています。

 

息子は、母のやっていることは限定された人が対象で

それに比べたら自分は「世界中の人を笑顔にしている」わけで、

その対価として受け取る「投げ銭」で承認欲求を満たしています。

 

それぞれが「自分は世界を救ってる」と思っているわけで

世界を救う前に やることがあるんじゃないの?」と言いたくなります。

この原題の直訳で良かった気がしますけどね。

 

流れ的には

「理解しあえなかった親子が歩み寄った」わけですが、

そんなことより、この話の面白さは、

「家族あるある」「職場あるある」「学校あるある」的エピソードを

連発して、そのさじ加減が面白いのです。(ちょっとあらすじには書きづらいけど)

 

そういえば、

うちの夫もYouTubeに(収益活動なしの)演奏動画をあげてるけど

傍目からはちょっと笑えるほど、登録者数とか「いいね」の数を気にしてるから

高校生だったらもっと気になるのは当然だろうし、

そして、家族は理解できないだろうな、とは思います。

 

シェルターの運営者といったら、誰よりも人の心がわかり、

言葉にしなくても場の雰囲気をつかめないとダメだと思うんですが、

エヴリンは、スタッフからはパワハラ上司だと思われていたり、

カイルを特別扱いしたり、アウトな行動ばかり。

 

とくに、カイルが通訳ボランティアの女性とスペイン語で流ちょうに会話しだした途端、

あからさまに不機嫌になるところとか、器が小さいというか・・・(笑)

 

自覚なくこういうことをしてしまう人が責任者を務めるのには

無理があるように思えたのですが・・・・

もしかしたら、

私財を出資してシェルターをつくり、無報酬で所長をやり

家事も夫におしつけて「福祉活動」という名の「道楽」をやってるのかな?

とも思ったりしました。← 想像です

ただ、NPOなんかでは、受付や事務職など報酬の出るスタッフと、無報酬の理事がいたりするんじゃないかな?

 

 

 

そしてジギーについては

「ジェシー・アイゼンバーグの分身の役柄」と書いている人が多いようですが

これは彼(フィン・ウルフハード)くらいのイケメンじゃないと成立しないと思います。

 

空気読めない頭悪いナルシストがブサイクだったら、

そもそもライラからは相手にされないだろうし・・・

いや、ジェシーがブサイクといってるわけじゃないですが、

「頭悪い設定」はジェシーにはないでしょ。

 

この美貌に、ほどほどの(天才的でもなく下手でもない)歌とギターで、

2万人というフォロワー数も「ちょうどいい」感じ。

大きくバズることもなく、最高で90㌦という投げ銭もちょうどいい。

 

ジュリアン・ムーアもほぼノーメイクで、ゴージャスさを捨てて

そこらへんのおばちゃんになり切っていました。

 

そして、この母子以外の登場人物は、全員まともです。

父もシェルターのスタッフも高校の友人たちも。

 

ジギーといっしょにいる親友(名前忘れた)だって

いつも正しいこといってるのに、

ジギーは自分の方が(フォロワーいっぱいいる)価値ある人間だと思ってるのがトホホな感じ。

 

 

カイルに至っては、完全にエブリンの犠牲者です。

「頭いいのに大学行かないのはもったいない」とか

他人がおせっかい焼かないで欲しいですね。

 

ともかく、細部にわたるまで「良いさじ加減」を感じました。

邦題がダメで、見終わった瞬間はがっかりでしたが、

親子関係という狭い世界を扱いながら、もっと普遍的なマクロな世界を意識できるような

良い脚本だったと思います。

88分という上映時間も、「ちょうどよい」です。