映画 「ありふれた教室」 2024(令和6)年5月17日公開 ★★★★☆

(ドイツ語: 字幕翻訳 吉川美奈子)

 

 

カーラ・ノヴァク先生は転任してきたばかりの若い女性教諭。

良い先生になろうと張り切っています。

 

最近職員室で盗難事件が相次いでいるのですが、

カーラのクラスの生徒が怪しまれていることを知り、ショックを受けます。

呼び出しを受け、職員室に向かうと、

クラスの生徒(学級委員?)も2人呼ばれていました。

男性教師(リーベンヴェルダ)は

「何か手がかりが欲しい」と、怪しい人物を教えるようにいいますが

(心当たりはあるけど)いいたくない」とルーカスという生徒は答えます。

「名前をいわなくてもいいから、ペンで指してほしい」

そして

「今話したことは誰にも秘密だ」と念をおして、生徒を帰します。

 

その後、カーラの授業中にいきなり持ち物調べがはじまり、

アリというトルコ系移民の生徒の財布から大金がみつかります。

保護者が学校に呼ばれますが

「あれはいとこへのプレゼント代を持たせた」といい

母親は

「なんでうちの息子を疑うの?」と立腹。

 

「うちの学校は不寛容方式をとっているので、徹底的に調べます」

「でもそのおかげで、息子さんの無実がわかった」

(ドイツ語が話せない?)父親は

「息子は泥棒じゃない。そんなことをしたら私が脚を折ってやる」

と言っています。

 

アリは両親が勉強をみてやれず、テストの成績によっては進級が危ないのですが

カーラはなんとか救ってやりたいと考えています。

 

クラスにはたしかに態度の悪い生徒は何人かいるし

授業をボイコットして、外でタバコを吸おうとしているグループもおり・・・

 

職員室には、共用の飲み物のお金をいれる箱があるのですが、

そこから小銭をくすねている同僚を目撃したカーラは

「犯人は生徒とは限らない」と考え、ある行動にでます。

 

それは、パソコンの内蔵カメラによる監視。

なんと、席を離れたわずかな時間に、カーラの財布からお金が消え、

トイレのなかでPCをチェックすると、

白地にオレンジの星のもようの服を着た人物が映っていました。

庶務?のクーンという女性職員がその日同じ服を着ており

カーラは思い切って本人を直撃することにしました。

               (あらすじ とりあえずここまで)

 

 

 

アカデミー賞にノミネートした「The Teacher’s Lounge」というのが本作のようです。

ドイツ語のタイトルも同じような意味で、日本語だと「職員室」でいいのかな?

 

 

 
移民の多い地区の公立学校の教育現場を描くフランス映画はいくつもありますが
ドイツ映画でみるのははじめてかも。
 
ここは「人種のるつぼ」って感じではなかったけれど、アラブ系の生徒は目立っていたし
カーラ自身もポーランド系の移民2世ですしね。
 
学校は多くの子どもたちが初めて経験する「小さな社会」で
机の上の学習だけではなくて、この「箱庭」「縮図」のような場所で
様々なことを学んでいくわけです。
 
「不寛容(ゼロトレランス)」という言葉も何度かでてきて
(一般的には悪い意味で使われることが多いけれど)それに対する考えもひとそれぞれ。
 
この学校の方針、
「悪は許さず」「うやむやにはしない」ということ自体は間違っていないけれど、
抜き打ちの持ち物検査とか、運用の仕方には問題があったと思います。
ただ、あのあときちんとアリへの謝罪があったのなら、
うやむやにして噂を広めるよりは良かったのかもしれませんが。
 
「なんで証拠もなくうちのクラスの子どもを疑うの?」
というのが動機だったカーラの行為が
想定外にどんどんまわりを巻き込み、負の連鎖へと・・・
つづきです(ネタバレ
 
 
カーラが仕事中のクーンに話を聞こうとするも、
しらを切られ、全力で否定されたものだから、校長に相談。
 
 
校長は(これは動かぬ証拠だと判断し)クーンを呼び出し、
一緒に動画を見ることにします。
 
 
動画を目にしても、クーンはまだ「自分じゃない」と言い張り
「そんなに疑うのなら身体検査をすればいい」といって
泣きながら出ていきます。
 
クーンはカーラのクラスの優等生、オスカーの母親でした。
母は息子の手をひっぱって、家に帰ってしまいます。
 
 
「ちょっと対応がまずかったかも」
「盗撮は人格権の侵害にあたるかもしれない」
同僚教師にも批判されて、カーラは落ち込みます。
 
 
学校の決定で自宅待機となったクーンは学校におしかけ
保護者たちを前にして
「この女は学校内でこっそり盗撮して
憶測だけで他人を抹殺しようとしている」
「恥をしれ!」と激高します。
 
そして、息子のオスカーも自分の小遣いの63ユーロを差し出してきたり
「ママが無実だとみんなの前で言って!」
「もしそれができないなら後悔することになるよ」
と、意味深な発言。
 
さらに学校新聞でもこのことが取り上げられ、
カーラはインタビューされ、写真も撮られ
「印刷する前に必ず見せてね」と念を押すのですが・・・
 
 
精神的に打ちのめされたカーラは、過呼吸で倒れたり、
あう人みんながあのブラウスを着ている妄想に取りつかれてしまいます。
 
 
一方、オスカーは、
担任のカーラを無視しようとクラスのみんなに働きかけ、
先生の言葉に反応したものを「裏切者」と罵ります。
玄関のガラスを割ったり、証拠の動画の入っているカーラのPCを奪って川に投げ込み・・・
 
授業のボイコットの煽動も、器物破損行為も
あきらかに母親への処分に対する反発なのですが
「オスカー自身の行動は自分で責任をとるべき」という学校側の裁定で
10日間の停学処分、イギリスへの修学旅行も不可となりました。
 
「多分オスカーは転校するだろうな」という周囲のことばに
「いや、去るべきは私のほうよ」とつぶやくカーラ。
 
「これが事件の真相だ!」というポスターが貼りだされ、
過激な内容の学校新聞の特別号は飛ぶように売れていきます。
 
* 学校は移民の子どもを疑い、密告を強要し、口止め工作をした
* 違法な盗撮行為で、善人のクーンさんが自宅待機にされた
 
真実も混じってはいますが、センセーショナルな書き方で
読んだ人には間違った印象を与えるような文面。
校長はすぐに停止を命じますが、またそれに対して批判する生徒たち。
 
そして停学処分のはずのオスカーが平然と登校してきて
さらにカーラを悩ませます。
彼は(もっと関係のよかったときに)カーラが貸してくれたルービックキューブを
目の前で完成させ、微笑みます。
 
無人の学校。
警官が椅子ごとオスカーを連行するさまは、
まるで家来を従え、輿で移動する王の風格でした。(あらすじ ここまで)
 
 
ちょっと更新が遅れてしまったのですが
初日鑑賞したので、ポストカードをいただきました。
 
気になったのは、チラシにも公式サイトにも
「不寛容」「不都合な真実」とかの言葉が躍り、
学校側の対応が一方的に糾弾されている印象だったんですが、
実際映画をみた感じでは、いろんな材料が投げかけられて
「さあ、あなたはどう思いますか?」
と、問われている気がしました。
 
教師たちの正義や寛容のレベルもそれぞれだと思うんですけど、
校長以外はこの2人しか出てきません。
 
 
手前の教師ドゥテクは常に冷静ながら、他人事みたいなことしかいわず、
奥のリーベンヴェルダは犯人捜しを面白がってるようすで
感情的なことしかいわないダメ教師です。
 
でも全員がこんな感じ?
実際は彼女の体や精神状態を心配してくれる同僚もいるでしょうし、
家にかえってからのことにも触れられることはなく
カーラの「孤立無援」を強調しています。
 
叫びたくもなるよね
 
とにかく、ラストのラストまで、解決の気配すら見せてくれません。
 
とりあえず学校の権力主義を批判して、なんか良いことを言った気になるのが
観客としては一番気持ち良いでしょうけど、それは違うと思う。
 
日本だったら、まだそこまで学内の盗難事件は起こらないから
「決めつけないでもっと話し合って、歩み寄って・・・」
とかお気楽に言えるでしょうけど、
「盗まれた側の自己責任」が常識の国もあるでしょうし、
「なんで職員室に監視カメラつけないのか信じられない」と思う人が大多数の国もあるでしょう。
 
そういうお国事情はともかくとしても
あの学校新聞は酷いですよね。
先生側の取材を歪曲して掲載し、
容疑者側の主張を全面的に肯定するとか
明らかに「メディアの暴走」なんですけど、
もしこれと同じことが日本で起きたら
即ネットに流す奴がいて、それにネット記事のライターが飛びついて
ワイドショーのレポーターとかも来るかもね。
なんて思ったら、いきなり憂鬱になってしまいました。
 
 
とにかく、本編のなかではなにも結論を出さない
人を食ったようなエンディング(←私は結構好き)なので
最後は、関係ないことを書いてお茶を濁したいと思います。
 
① 中学1年生?
「中学校」という字幕はでなかったように思うんですが、
12歳、とは言ってましたね。
割と幼い感じの生徒もいたし、「分母の通分」とかやってたので
小学校4年とか5年かと思ってたら、もっと大きい子たちでした。
それにしても、
ドイツの学制とかわからないけど、なんで1年生で修学旅行に行くんだろ?
 
 
② タレスの批判精神
古代ギリシャの哲学者タレスは
日食を科学的に予言して、現象は神の教えではなく
科学で解き明かせるものであることを実証。
権力に屈しなかったこういう人物の功績が今の天文学につながった・・
というような話が授業で出てきました。
 
③ 0.999・・・・と1は等しい
「ごくわずかな差があるはず」といった女子生徒に対して
オスカーは分数を使って等しいことを証明しました。
感情で判断することと証明はちがう、ということかな?
 
④ 跳び箱に6人が乗るには?
対角線上の2人ずつが手をつなぎあってバランスをとって乗れば
見事成功しました。
これを発案したのもオスカーなんですけど
頭でわかってることと現実は違うわけで・・・
 
⑤ 真夏の夜の夢
これはあとで知ったことですが、
最初の場面で流れたオーケストラのチューニングと
エンドロールの演奏はつながっており
メンテルスゾーンの「真夏の夜の夢 序曲」だそうです。
そうなんだ~
 
多分こういう小ネタはほかにもあるでしょうね。
犯人を推理するドラマでも、権力批判のドラマでもなく
単にスカッと、とはならないけれど、満足のいく作品でした。