映画 「瞳をとじて」 2024(令和6)年2月9日公開 ★★★★★

(スペイン語: 字幕翻訳 原田りえ)

 

 

(劇中劇の部分は青字で表示します)

 

1947年 パリ郊外

ヤヌスの像のある広い庭園の奥にある「悲しみの王」と名付けられた屋敷。

この館の主、ミスター・レヴィのもとへフランクという男がやってくると、

レヴィは彼に上海で生き別れになった娘を探し出すように依頼します。

中国人女優との間に生まれた14歳の娘ジュディス。

私の血をひくのはジュディスだけ。

私を無垢な瞳で見られるのもジュディスだけ・・・

 

 

ミスター・レヴィは重い病にかかっていました。

「永遠の別れの前に娘のまなざしを見たい」

 

ジュディスの写真を受け取ると

「わかりました」と屋敷を後にするフランク。

 

 

これは1990年に撮影された映画「別れのまなざし」の冒頭シーン。

このあと、撮影中に探偵フランク役のフリオ・アレナスが失踪し、映画は未完。

監督のミゲルも、これ以降映画を撮影することをやめてしまいました。

 

 

2012年秋 マドリード

 

ミゲルはテレビ局の「未解決事件」のオフィスへ。

この番組の中で、22年前の「主演俳優失踪事件」を取り上げることになり

当時の監督ミゲルにオファーがあったのでした。

 

番組のキャスターを務めるやり手プロデューサーのマルタは、

「出演を承諾してくれて嬉しい」と契約書を交わし

映画の未公開シーンやスチール写真の放映許可など

どんどん話を進めていきます。

 

 

フリオとミゲルは監督と俳優というだけでなく、

若い頃からの親友でもありました。

兵役で出会い、マドリードで再会、

ミゲルが政治運動をして扇動罪で逮捕されたとき、

無関係のフリオまで同居人というだけで収監されてしまったことも。

手先の器用なフリオは看守の車の修理などして

刑期を短縮された・・・・など

インタビューに答えているうちに自分たちの過去が蘇ります。

 

でもフリオの失踪でミゲルの人生もすっかり狂ってしまいました。

「私は、親友も映画も失った」

 

「フリオは気難しいが、寛大で正直な人間。

自分から姿を消すことはない」と断言するも

女性関係も派手で、問題をかかえていたことも事実。

 

「娘のアナには何度取材を申し込んでいるけど断られているの」

「あなたからも説得してくれる?」

ミゲルはマルタからアナの連絡先を教えてもらいます。

 

 

ミゲルはマドリードの旧友の編集技師、マックスの店へ。

大量の映画フィルムの保存してある店内。

「映画産業の遺物だ」といいながら、

「稼げなくても閉店はしたくない」とマックス。

番組から依頼された「別れのまなざし」の未完のフィルムを

ムビオラでチェックします。

 

 

フリオの娘のアナはプラド美術館でガイドの仕事をしていました。

番組からのオファーをずっと断り続けているというアナは

「最後に女性と一緒だった」という目撃情報に傷ついていました。

小さい頃の父との記憶はあまりないのに

よく生きている父が夢にでてくると。

「生きていても会いに来ないのは会いたくないのだと思ってる」

 

ミゲルは自分の献呈本を古本屋でみつけ、それを購入すると、

それを贈ったロラと連絡をとります。

ロラはミゲルとフリオの愛した女性でした。 (あらすじ とりあえずここまで)

 

 

 

 

冒頭のドラマの舞台は1947年。

「ミツバチのささやき」と「エルスール」の間くらいの設定で

完全にエリセ監督の世界観だったもので、一生懸命見ちゃいました。

まさか劇中劇だったとは!

 

現代(2012年)の場面になると、一転、ヒューマンミステリー調。

22年もの間、何一つ進展がないこの事件。

「女性といっしょにいた」という情報から、

交際していた女性の夫は有力者で、その黒幕から「消されてしまった」

という陰謀説を真に受けている人が多いのですが、

ミゲルにもそれを覆すような証言はできずに番組の収録はおわります。

 

 

マックスによれば、

女性と浮名を流す時代が終わって、

フリオは「老い」と向き合えなかったのでは?

どう老いるか?怖れも希望も抱かないことが大切だ、と。

 

 

ミゲルは(番組ではいわなかったけど)

ロラとの会話のなかで、

フリオは酒に溺れてセリフを覚えられなくなったり

立っているのもやっとなくらい病んでいたことを告白します。

「彼は痕跡を残さず消えて、

俳優として映画のなかで生き続けることを選んだ」

 

そして番組終了後、ある情報が寄せられます。

 

つづきです(ネタバレ

 

 

 

 

ミゲルは、海沿いのキャンピングカーで生活していました。

漁にでて食べるための魚を獲り、菜園で野菜を収穫し、

細々と物書きをして生計をたてており、

友人たちからはマイク(ミゲルの英語読み)と呼ばれていました。

 

家に帰ったミゲルに一本の電話が。

それは番組をみた社会福祉士の女性ベレンからで

「うちの高齢者施設にフリオにそっくりの人がいる」

「番組にでてきた中国人少女の写真と同じものを見た気がする」

「テレビで見た後、配信でも確認したけど間違いない」

 

ミゲルは急いでその施設を訪れ、彼に関する情報を入手します。

 

その男は、タンゴをよく歌っているので、ここでは「ガルデル」と呼ばれていること。

記憶喪失でここにやってきたこと。

入所者ではなく、別棟に住んで、設備の修理などの仕事をしていること。

 

ガルデルが外に買い物にいっている間に家に入り、

引き出しを開けると、「別れのまなざし」で使った中国人少女の写真が出てきました。

 

 

ミゲルはこの施設に数日逗留させてもらい、少しずつガルデルに近づきます。

船乗りだった時代にいっしょに覚えたロープの特別な結び方を覚えていたり、

歌の歌詞がすらすら出てきたり・・・・

ミゲルは、ガルデルが失踪したフリオだと確信しますが、

本人は何も思い出すことができません。

 

脳外科医によると、ガルデルは脳に損傷があり、逆行性健忘。

記憶は重要だけれど、思いをかかえて何かを感じながら生きていれば

なにかの拍子に魂を呼び起こすことができるかも・・・・?

 

ミゲルは、テレビ番組には提供しなかった「別れのまなざし」のラストシーンを

フリオに見せたら、奇跡が起こるのではないかと考え

マックスを呼び出します。      (あらすじ ここまで)

 

 

しれっと最後まで書きたくなくて、ちょっと寸止めさせていただきました。

 

 

ミゲルは、

フィルム映画の上映できる、すでに閉館した「シネマ・レクリン」を貸切ります。

マックスはミゲルに頼まれて渋々やってきたんですが、

ここの映画館の映写機を見て、少年のように目を輝かせます。

 

「昔はトラックに機材を積んで、「移動映画館」であちこち廻ったもんだ」

と映画館の館主。(←「ミツバチのささやき」に出てきたやつだ!)

 

上映前から大興奮ですが、ここに招待されたのは、

フリオとアナ、マルタ、施設のベレンとシスターたち。

 

「悲しみの王」の屋敷にフリオ演じる探偵が中国人の少女を連れて行きます。

「わたしの名前は チャオ・シュー」

再会した父娘は一緒に歌をうたい、父は涙ぐみ、そのまま息絶えます。

そっと父の目をふさぐ娘。

 

 

(カール・テオドア)ドライヤー亡きあと、映画で奇跡は起こらない」

と、誰か(マックス?)が言っていましたが、

このあと、奇跡は起きたんでしょうか??

 

奇跡が起きても起きなくても、目をとじてあの言葉を唱えればよいのです。

そして、「ミツバチのささやき」のあのシーンが

50年後の映画で見事に再現されました。

もうそれだけで胸がいっぱい。そういう映画でした。