映画 「哀れなるものたち」 2024(令和6)年1月26日公開 ★★★★★

(英語; 字幕翻訳 松浦美奈)

 

 

 

青いドレスの髪の短い女性の後ろ姿。

うつむいていた彼女は、このあと身投げをします。

 

「POOR THINGS」の字幕

 

 

ピアノの前に座る髪の長い女性、ベラ(エマ・ストーン)。

言葉にならない音を発し、でたらめにピアノをたたいたと思ったら

こんどは手づかみで食事をはじめます。

それを微笑んでみているのは、モンスターと呼ばれる

天才科学者、ゴッドウィン・バクスター(ウィレム・デフォー)でした。

 

 

ゴッドウィンは、彼を敬愛する若い科学者マックス(ラミー・ユセフ)を自宅に呼んで

脳の損傷を手術したベラの回復記録をつけるように命じます。

 

「美しい痴人だ!」

いきなり殴りかかったり、皿を投げつけたりするベラに驚きあきれるマックスでしたが、

毎日髪が伸び続け、1日に15個の単語を習得する彼女に

科学者としての興味がわいて、毎日、職務を忠実に果たしていました。

 

 

それでも、いつまでもベラを屋敷内に閉じ込めておくことに疑問をもち、

警察への通報を匂わせてゴッドを問い詰め、真相を聞き出します。

 

橋から身投げした若く新鮮な妊婦の遺体が運び込まれたときのこと、

電気ショックで蘇生させたあと、胎児を取り出し、その胎児の脳を移植するという

前代未聞の手術を秘密裏に行ったというのです。

 

マックスは、ゴッドがベラを外にださないのは

自分の愛人にするためかと疑っていたのですが、

ゴッドは外科医の父親から、幼いころから度重なる実験台とされたことで、

体中がつぎはぎだらけ、胃液もつくれず食事のたびに調合するくらいで、

生殖機能も、もうゴッドには残っていないのでした。

「私はベラに対して父性的な感情しか持ってない」

 


 

ベラはちょうどそのころ、性に対する好奇心が芽生えていて

「キュウリをあそこに入れると幸せになる」

と得意気にマックスに披露し、

「ねえ、さわりっこしよう」と迫ってきます。

 

真面目なマックスは

「結婚するまでは純潔を守らないと」

と、ベラに結婚を申し込みます。

ゴッドも、屋敷に住むことを条件にそれを承諾。

法的書類をつくるために、屋敷に

ダンカン(マーク・ラファロ)という弁護士が呼ばれます。

 

ベラに興味をもった放蕩人のダンカンは、窓の外からベラの部屋を訪れ

「君はとらわれ人。私が君を救おう」

「金曜日にリスボンに立つ。一緒に行こう!」と提案。

 

ベラはゴッドに

「夜中にダンカンと駆け落ちして冒険するの」

「冒険から帰ってきたらマックスと結婚して2羽の鳩みたいに幸せに暮らすの」

 

ゴッドは反対すると思いきや、駆け落ちを認め、

こっそりベラの荷物のなかに大金を忍ばせ、

驚くマックスにも

「科学者が感情的になるのはみっともない」と制します。

 

「LISBON」の字幕

 

 

リスボンの街はおそろしく近代的で、トラムが空を飛んでいます。(←ベラの視点)

ホテルの部屋では、ベラが「熱烈ジャンプ」と呼ぶセックス三昧。

 

ベラはダンカンの目をぬすんで、好奇心からすぐ街を出歩き、

下品なことばを叫んだり、泣いている子どもを殴ろうとしたり。

見た目は大人なのに、礼儀や貞操観念がまだ成熟していないベラの行動は

まさに「奇行」で、「変人」しか見えません。

あまりに奔放で自由なベラに、ダンカンは疲れ果て、

ベラをトランクに押し込めると、

豪華客船での(閉鎖的な)船旅にでかけることにします。

 

 

「THE SHIP」の字幕

 

船のなかで出会ったマーサという老女(ハンナ・シグラ)とハリーという黒人哲学者から

学問の価値、読書の楽しさを教わると

性的なものからベラの興味は知的好奇心へと移行し

急激に成長を遂げていきます。

 

 

ある日、ハリーに促されて、アレクサンドリアの街を見下ろすと

なすすべなく死んでゆく子どもたちの姿が目にとびこみます。

「私はなにかしてあげたい、スラムの人たちにお金をあげるの」

船室にあったダンカンのお金をすべて箱にいれると

「あのかわいそうな人たちに渡して」

と、船員に箱ごと渡します。

 

有り金が消えて、泥棒だ!とさわぐダンカンに

「私があげたの」とベラ。

「お金はそれ自体がみじめ。

溝で死んでいく子どもたちに何もできず

私にあるのはわずかなお金だけ」

 

文無しになったダンカンは支払いが滞り、

ふたりともマルセイユで船をおろされてしまいます。

                    (あらすじ とりあえずここまで)

 

 

 

ベネチアで金獅子賞、アカデミー賞にも11部門ノミネートされているからか

R18をつけながらも、ものすごくスクリーン数多いですが、

ヨルゴス・ランティモス監督の過去作を見ていたら、ちょっと及び腰になってしまうのも事実で・・・

 

ただ、本作はすべての面でどこを切ってもパーフェクト!

一切の手抜きはないし、これ以上の映画って作れないよね?って思いました。

もう語彙力のない私には的確な表現ができません。すごい!すごい!しか言えなくなっちゃう(笑)

 

ゴッドの再生手術で、ベラは胎児の脳ミソと全取り換えしたわけだから、

最初の方のベラは、体は大人でも、幼児と同じことしかできません。

食べ物は吐き出すし、そこらへんのものを壊して喜んでるし、

ベラにとっては解剖室の遺体も、高価なお皿同様「おもちゃ」でしかなく

ナイフでぐちゃぐちゃにして血まみれにして遊んでいるのです。

 

「この時点で既に不快な人」にはけっこう辛いものがあるかもしれませんが

ただ観客に悪趣味なものを見せつけるだけの作品ではけっしてないので、

ちょっとご辛抱ください。

 

性的な興味も恥じることなく口にするので、ちょっと焦りますが、

「マックスと2羽の鳩みたいに仲良く暮らす」というゴールを

あの時点で直感しながら、「冒険」に惹かれるのも正直な気持ちで、

それに反対しない科学者ゴッドの判断もあっぱれですね。

 

ダンカンとの逃避行は充分刺激的でしたが、

「外の自由な世界に連れ出す」といっていたダンカンが

新しい世界を知ってどんどん成熟していくベラからしたら、

結局は「女性の自由を奪う旧式の男」だということがだんだんわかってくるんですね。

 

つづきです(ネタバレ

 

「PARIS」の字幕

 

一文無しでパリにいるわが身を嘆くダンカン。

ゴッドが持たせてくれた緊急用のお金をダンカンに渡して

ベラはこの町で娼婦として、ひとりで生きていくことにします。

 

全身タトゥの強烈な容姿をした売春宿のマダム・スワイニー(キャスリン・ハンター)は

売春を純粋にビジネスと考えていて、ベラを気に入り

年をとって価値がなくなる前に体で稼ぐのは悪いことじゃない、

私はあんたたちの稼ぎから(のピンハネで)この孫を育てているのさ、と。

 

娼婦仲間のトワネットは社会主義者で、ときおりベラを集会に誘い

ふたりは性的にもなぐさめあう関係になり、ある日、

トワネットは、ベラの体に帝王切開の手術痕を見つけます。

 

育ての親ゴッドが永眠という知らせを受け取り、ベラは家に帰ります。

 

 

「LONDON」の字幕

 

家に帰ると、ゴッドはまだ生きてはいましたが、もう僅かの命でした。

 

「私の質問にこたえて!私の赤ちゃんはどこにいるの?」

「君がその赤ん坊だ」

 

事情を理解したベラは、マックスとの結婚を決意しますが、

式当日、祭壇までエスコートしようとゴッドが立ち上がると、

いきなり

「やあ、ヴィクトリア、元気か?」

と、見ず知らずの男が登場します。

 

彼はアルフレッド(アルフィー)・ブレシントン将軍。

ベラの体の持ち主であった、自殺した女性ヴィクトリアの夫で、

ダンカンが探し当てて連れてきたのでした。

 

「ぼくは君の夫。君は妊娠で精神を病んでいた」

「みつけたよ、愛する人。さあ、家に帰ろう」

 

馬車に乗せられてベラはアルフィーの屋敷へ。

彼は使用人たちに銃を向けたり、きわめて残虐な性格の人物でした。

自分の性的快楽を奪うため女性器切除(FGM)の相談をしているのを知ったベラは

屋敷から逃げ出そうとしますが、見つかって銃を向けられてしまいます。

ベラはクロロホルムをアルフィーにかけて銃を奪い取り、

アルフィーの脚を打ち抜きます。

 

 

「POOR THINGS」の字幕

 

「アルフィーが死ぬのをみたくないから手術をして」

マックスに頼み、ゴッドの死を看取ります。

 

医師になることを決意したベラは、ゴッドの屋敷で

自分と同じ手術をしたフェリシティや、パリの友人トワネット、そしてマックスと一緒に暮らします。

庭には、頭に手術痕のあるアルフィーが四つん這いで草を食んでいました。 (おしまい)

 

 

 

 

ゴシックホラー調の外見ながら、SFチックでもあり、

でも不条理な部分はほとんどなくて、意図はしっかり伝わります。

ベラの成長物語でもあり、フェミニズム作品でもあります。

衣装もすごいし、美術の作りこみも完璧ですよね。

11部門全部イケるんじゃないの?って思いました。

 

成長物語、というと、

木の人形に魂が吹き込まれて人間の子になり

すこしずついろんなことを覚えていく「ピノキオ」に近いですが、

「ピノキオ」は児童文学なので、「善悪の判断」がメインで

性的な描写は皆無でした。

 

本作はかなりセックスに重心が寄っていて、

あからさまな描写も多かったですが、不思議といやらしさは感じませんでした。

パリの売春宿の場面も多く、

売春宿といったら、女性の「性的搾取の本丸」みたいな扱いをしそうなものですが、

ビジネスのひとつとして淡々と描いていて驚きました。

 

セックスそのものの快楽以外に、どうやって客を喜ばせ

効率的に稼げるか、までベラは考えていて

「客が女性を選ぶんじゃなくて、たまには反対もありなんじゃない?」

という提案もありました。

 

変態チックな行為で喜ぶ客や、息子たちの性教育と称してセックスを見学させたり

いろんな客がでてきましたが、この辺はあんまりストーリーと関係なくて

監督の趣味かな?と思ったりして。

最後のヒツジ(ヤギ?)のくだりもちょっといじわるでしたね。

 

2時間21分の長尺でしたが、だれることなくずっと「見どころ」で

エンドロールの最後の最後まで味わい深かったです。

 

もっといろいろ書きたいけれど、日付がかわりそうなので、この辺で。