映画 「PERFECT DAYS」 2023(令和5)年12月22日公開 ★★★★☆

 

 

まだ明けやらぬ早朝、道を掃く竹ぼうきの音を聞いて

平山は目覚め、布団をたたみ、階段を下りて歯を磨き、髭の手入れ。

窓の外の苗木にていねいに水をやり、作業着を身に着け、空を見上げます。

自動販売機でボス缶を買うと、停めてあった軽ワゴンに乗り、エンジンをかけ・・・

 

首都高に乗り、スカイツリーが見えたタイミングでカセットテープを押し込みます。

今日は「朝日のあたる家」

 

平山の仕事は渋谷区の公衆トイレの清掃。

大量の鍵を腰につけ、床のゴミを拾い、鏡で便器の裏まで確認して磨きあげます。

用を足しに人が入ってきたときは、終わるまで外で待機します。

 

 

そこへ同僚のタカシ(柄本時生)がやってきて

「平山さん、やりすぎっすよ。どうせ汚れるんだから」

タカシはスマホをみながらいい加減な仕事ぶり。

 

昼は神社のベンチでサンドイッチを食べながらカメラを取り出し

木に挨拶すると、木漏れ日のモノクロ写真を何枚か撮り、

小さな木の芽を見つけると紙袋へ。

 

銭湯が開くと同時に一番風呂へ。

雨が降ってもカッパを着て自転車を走らせ、浅草駅の地下でチューハイを飲み、

青く光るスカイツリー目指して帰宅し、

布団を敷いて文庫本を読む・・・・

 

そして翌朝も竹ぼうきの音で目が覚め・・・

と、このくり返し。

 

休みの日は、洗濯物を集め自転車に乗ってコインランドリーへ。

現像した写真を受け取り、日付を書いたおかきの缶に入れて押し入れへ。

古本屋で幸田文の「木」を買い、

行きつけのスナックで酒と食事して自転車で帰ります。

 

「おじさん、どこへいってたの?」

ある日、アパートの前に若い女性が。姪のニコでした。

「ニコ?大きくなったね」

「おじさんとママは仲が悪いの?」

「住む世界が違うんだよ。つながってないたくさんの世界がある」

 

「初めての家出よ。家出するならおじさんのところ、って思ってた」

 

 

平山は部屋にニコを泊めます。

自転車でいっしょに走ったり、銭湯にいったり、仕事にもついてくるニコ。

ニコはハイスミスの短編集「11の物語」に出てくる

すっぽんのビクターの話が好きだといいます。

 

 

ニコの母である妹に電話をすると、妹はすぐに運転手付きの車で迎えに来ます。

ニコは帰りたくないといいますが、

「いつでも来ていいから、支度しておいで」というと素直に従います。

 

「父さん、もうわかんなくなっているけど、ホームにいるから会いにいって」

「もう昔みたいじゃないから・・・」

「兄さん、ほんとにトイレ掃除してるの?」

 

ニコが外に出てきて

「おじさん、ありがと」と、帰っていきます。(あらすじ とりあえずここまで)

 

 

いい映画だったんですけど、

平山はほとんどしゃべらず、こちらが考える時間がたくさんあるもので、

いろいろ気になることもあるので、先にこちらから書いてしまいますね。
 

 

① トイレの清掃員が首都高を走って車通勤する??

 

これ、日本人観客の8割以上が同じことを思ったでしょうが、

掃除用具はそれぞれのトイレに置き場があるから、普通は 身ひとつでいくよね。

トイレットペーパーの補充に車が必要かもしれないけど、その場合も

本部みたいなところに電車(自転車)通勤して、そこから車で巡回すると思います。

 

② あの車は自前?

 

自宅前に止めているし、作業着の背中に書いてあるように

「The Tokyo Toilet」のロゴもないので自前だと思うんですが、

そうすると、あの路上駐車は違法ですよね?

そうでなくても、児童公園の入り口に駐車するのは

子どもの飛び出し事故の原因になるから、

ほんとにやめてほしいものです。

(実はこれ↑が一番気になりました)

 

③ 鍵かけなくていいの?

 

平山の朝のルーティンのなかで、鍵は何度も映るんですが、

毎朝、家の鍵をかけることなく自動販売機に向かい、そのまま車に乗り込みます。

最初の朝から気になっていて、よ~く見てたんですが、毎朝、鍵は閉めていません。

オートロックだったりしてね・・(笑)

 

④ 「THE TOKYO TOILET(TTT) プロジェクト」の趣旨に沿っている?

 

この映画はそもそもこのプロジェクトからの依頼と聞いていますが、

この映画を観た後にこのことを知ると、趣旨とは逆に

「高名なデザイナーの設計とか必要?」と思ってしまうな~

タカシみたいにプロ意識低い清掃スタッフが女子トイレも掃除するというのも、ちょっとイヤ。

(実際はお掃除スタッフはちゃんとした人たちです。最後にサイトを貼りました)

 

 

さて、本編に戻って続きです(ネタバレ

 

突然タカシから電話があり、

「お世話になっていて言いにくいんだけど、仕事辞めました」

「え?シフトどうするんだよ!」

 

2人分の清掃をするために平山は夜遅くまで働く羽目になりますが

急遽、別のスタッフが派遣され、ひと安心します。

 

コインランドリーで文庫本を読んでいると、

いつものスナックのママが男といるところを目撃。

気になりつつもお店のドアをあけると、ママ(石川さゆり)は男と抱き合っていました。

 

 

驚いて店を後にして、コンビニでタバコと缶ビールを3本買って桜橋のたもとへ。

1本を飲み干してタバコにむせながら隅田川をながめていると、

先ほどの男(三浦友和)に声をかけられます。

 

「(ママの)元夫です」

7年前に離婚し、そのあとにママはお店をはじめたようです。

「私、ガンが転移しちゃって・・・

彼女に謝りたくなって、お礼をいいたくなって・・・

いや、彼女に会っておきたくなったんです」

 

 

 ふたりは乾杯。

「いいお店ですよね。あいつのことよろしくお願いします」

「いや、そういうのじゃないんで・・・」

 

「ところで影って重ねると濃くなるんでしょうかね?」

「濃くならなきゃおかしいですよ。ほら、濃くなった」

おじさんふたりでわりと真剣に「影おに」をはじめます。

 

翌朝、早くに目覚めた平山は、車に乗り込み、日の出に向かって高速を走らせます。

平山の顔のアップがつづき、ルー・リードの「パーフェクトデイ」がかかり・・・

                          (あらすじ ここまで)

 

 

 

平山は、寡黙な男だけれど、

人との関係をシャットアウトしようとしているわけではなく、

目があえば会釈するし、笑顔も多いです。

聞いている音楽も読んでいる本もセンスが良く知的レベル高いです。

寡黙だけれど人を遠ざけることもないから、

気づくとまわりの人たちのほうから声をかけてもらえ、

なにもしゃべらなくても用が足りてしまうんですね。

 

 

 

寡黙なおじさんから真顔で

「今度は今度、今は今」といわれたら、

反抗期のニコも言い返せなくなりますよね。

 

ところで、

平山がなんでこの仕事を始めたのか、結婚もせずに一人暮らしをつづけているのか、

それは最後まで語られません。

「実の妹の登場」で、なんとなく辛い過去が見え隠れしますが、

あの朝のルーティンの無駄のない動きとかを見ていると

「もしかして刑務所経験者?」とも思ってしまいました。

 

前科者をやらせたら、世界一上手い
役所広司。

 

役所広司のカンヌ男優賞が話題になっています。

むしろ「遅いよ!」といいたいくらいですが、

それよりも、セリフもほとんどなく、感情を高ぶらせることもなく、

クライマックスあったっけ??という脚本で演技賞をとるってすごいこと。

 

あえていえば、ラストがクライマックスかもしれませんね。

あのひとこともセリフのない、表情だけの演技のなかに

すべてが込められていたのかもしれません。

 

ところで、この作品の時間軸について

「TTTプロジェクト」を考えると、今年か、すくなくとも去年以降です。

平山の年齢は不詳。

季節の変化もないから短期間のように思われます。

マルバツゲームで9マス完成していたから、

「9日+休日+アルファーくらいかな?」と思っていたら

公式サイトに「映画にならなかった平山の353日」というのを見つけたので

365日マイナス353日→ 12日間の話でした。

 

冒頭から、かなりながい尺を使って

竹ぼうきの音からはじまる変化のない日が何日か繰り返されるのですが、

あらすじに書くべきか迷うレベルの 小さな出来事は起こるんですけど。

 

たとえば、トイレのなかで(閉じ込められてしまった?)泣いている男の子を見つけ

手をつないでその子の親をさがしていると、

ベビーカーを引いた母親がいきなり登場し、子どもをしかりつけ

平山にはお礼もいわずに、子どもの手をウェットシートで拭きはじめるんですね。

ふつうだったら平山はなにか事情を話すと思うんですが、彼はあくまでも沈黙。

ただ、母親に手をひかれた子どもが振り向いてバイバイしてくれるんです。

あの子は天使だったのかも。

 

 

街中でだれにも気づかれないかのように不思議な踊りを踊る

田中泯も、妖精だったのかも。

 

田中泯もカメオ的な登場ですが、ほかにもスナックの客がモロ師岡とあがた森魚。

あがた森魚のギターで石川さゆりが歌うとか、贅沢!

(ただ個人的には「朝日のあたる家」の日本語版はちあきなおみのがオススメです)

 

写真屋のおじさんが柴田元幸というのにもびっくり。

古本屋じゃないんですね~

 

よく考えたら、あらすじで省略してしまったこと、ほかにも思い出しましたが、

すべてが特に問題にならず、定位置に戻ってくるから書かなくても良い気がして・・・

でも、定位置からちょっとずれたところに着地するというか、

日々の生活のなかの変化って、ほんとうにその程度なものです。

 

 

タカシの好きなガールズバーの女の子に大事にしていたカセットを盗まれても

あとで返却されて、そのあとキスされても動揺せず、

ニコを母親から庇ってあげることもせず、

さゆりママに気の利いたことばをかけることもせず、

常に変化を嫌っているようにも思える平山。

 

彼の生き方が崇高なのか、そうでもないのか、

物質的豊かさより精神的な豊かさをめざすべきなのか、

すべて観客にゆだねられている、余白の多い作品です。

この世界とのかかわり方を考え

この1年をふりかえるのに最良の映画に出会えました。

 

みなさま、良いお年をお迎えください。

 

 

 

参考までに「TTTプロジェクト」のサイトを貼っておきます。