映画 「ポトフ 美食家と料理人」 2023(令和5)年12月15日公開 ★★★★★

原作本 「美食家ドダン・ブーファンの生涯と情熱」マルセル・ルーフ(邦訳なし)

(フランス語; 字幕翻訳 古田由紀子)

 

 

畑で野菜を収穫したウージェニー(ジュリエット・ビノシュ)は広いキッチンで調理を始めます。

レシピをつくったドダン(ブノワ・マジメル)、畑の管理をしているルイ、

下働きの若いヴィオレット、それに今日は幼いポーリーヌが見学に来ています。

 

野菜を刻み、ザリガニを茹で、香草をちぎり、鍋をかちゃかちゃかき回し

酒を惜しげもなく注ぎ、重い寸胴鍋を持ち上げ・・・

ポーリーヌも含め全員が無駄のない動きで、ドダンのレシピが完成していきます。

 

今日やってきた友人の紳士は4名。

全員がかなりの美食家で、ヴィオレットが運んできた料理を

ドダンが解説しながら鮮やかな手つきで取り分けます。

 

 

紳士たちが薀蓄を語りつつ料理を堪能している間に

ウージェニーはデザートの「ノルウェーオムレツ」にとりかかります。

 

 

アイスクリームをたっぷりのメレンゲで覆い、焼き色をつけ、

見た目は完全に「焼き菓子」ですが、中から冷たいアイスクリームが登場します。

 

「メレンゲの耐熱性でアイスは冷たいままなんだ」

と、ドダン。

 

紳士たちはウージェニーの料理を絶賛し

「あなたは芸術家だ」とキスの嵐。

 

皇太子の使者がやってきて

「ユーラシア皇太子があなたを晩餐に招待したいとのことです」

                 (あらすじ とりあえずここまで)

 

 

冒頭から30分?40分?くらいは、セリフらしいセリフもなく

ひたすらロングショットの料理シーンが続きます。

劇伴はなく、鳥のさえずりや料理する音だけが聞こえます。

 

時代設定はいつごろ?このふたりの関係は?

とか、いろいろ頭を巡らせながら

観客はひたすら、料理の手際に見入ってしまうわけです。

 

水道はまだなく、井戸水を使っていたけれど、

薪をくべたりしないで、一見電磁調理器のようなのに鍋をかけていたので

意外と現代に近い?とか思ったのですが、

原作は100年以上前のベストセラーで、1880年の設定なんですって!

 

「美食家と料理人」だったら、ご主人様と使用人かと思っていたら、

ドダンは指示するだけじゃなくて、力仕事を引き受け、よく働くこと。

そして(若くて可愛いヴィオレットじゃなくて)

ウージェニーにずっと熱いまなざしを送っています。

 

このふたり、20年以上も一緒に料理をし、

ドダンのプロポーズにも応じずにずっと「美食家と料理人」の関係を続けてきていたようです。

 

 

幼いポーリーヌは誰か(ヴィオレット?)の姪と言っていましたが

初めてなのに、基本的な手順は承知しているようで、

手際よくアシスタントを務めます。

 

ポーリーヌは料理の技術はまだまだですが、天性の舌を持っているようで

ちょっと味見しただけで、使われている食材を言い当てることができます。

赤ピーマン、マッシュルーム、フェンネル、トマト、オレンジ、

ベーコン、パセリ、タイム、ローレル・・・

 

これにはドダンも驚き、

「数年後、あの子は新しい料理を発見するだろう」

 

4人の紳士たちは単なる「グルメな金持ち」というわけではなく

味覚も鋭ければ、知識量もすごいです。

 

そしてドダンはこの4人を引き連れて皇太子の晩餐会に出かけていきます。

 

つづきです(ネタバレ

 

 

 

まずは料理長からメニューの発表が。

3部構成でとてつもない長いメニューを延々と読み上げます。

 

「豊かな晩餐だったが、光も輝きもない料理のオンパレード」

「3部のはじめで胃がむかついた」

「下品な軟膏のような香りがした」

とか、さんざんな感想。

 

このころからウージェニーの体の具合が悪くなり

ぐったりすることが多くなりますが、

ドダンは彼女ひとりのために渾身の料理をふるまい

ウージェーニもついにプロポーズを受け入れて、ふたりは結婚します。

 

 

そして、皇太子からの招待のお返しに

こんどは皇太子を招いて料理をごちそうしようということになり

家庭料理「ポトフ」でもてなそうと・・・・

 

渾身のレシピを生み出そうという矢先、

またウージェーニが倒れ、夜のうちに帰らない人となってしまいます。

 

葬儀を終え、傷心のドダンに

腕の良い料理人のリストをつくる友人たちでしたが

ドダンはそんな気にはなれず。

 

そこへポーリーヌの両親がやってきて

「娘に料理を教えて欲しい」とお願いされるも

ドダンは無理だと断ります。

「ポーリーヌは幼いですが、意思の強い子です。

娘にダメだと直接言って欲しい」

両親はそう言いおいて帰ります。

 

 

別の日、

ポーリーヌに料理の手ほどきをするドダンの姿がありました。

                      (あらすじ ここまで)

 

最後

「私はあなたの妻?料理人?」

「料理人だ」「メルシー」

というところで、はじめてピアノ曲があふれ出し、

胸がいっぱいになりました。

 

全編通じて、はじめての音楽です。

有名な曲なのにタイトルが出て来ず、ずっと口ずさみながら帰ってきました。

 

「タイスの瞑想曲」でしたね。(ピアノで弾いてたからわからなかったのかも)

おなじみの曲でここまで感動するか!と思うほど。

本編で劇伴なしだったことで、こんな効果があるんですね。

 

私には文句なしの★★★★★だったけれど、

じゃあ誰にでもオススメできるかというと、

起承転結のある、「なるほどね」と納得できる話ではないし、

料理が主役だけれど「グルメ映画」というよりは「アート映画」なので

その辺はご判断ください。

 

いろいろ予想していたこととも違いました。

 

① 料理対決じゃなかった。

 

皇太子の料理人に「家庭料理ポトフ」で戦いを挑むのかと思っていたら

そういう話ではないし、その前に終わってしまいました。

「主婦vsシェフ」みたいな料理対決ではないんですよ。

 

② 年齢のこと

 

ビノシュとマジメルが「年下のひと」で共演したのは1999年。

その後ふたりは実生活でもカップルになったわけですが

20年以上たっても、10歳の年齢差はかわらないんですけど、

「ウージェーニが年上の設定」はとくになかったですね。

官能的なラブシーンはなくなりましたが、

いっしょにキッチンに立ちながら、愛の火花がさく裂していました。

 

③ ブノワ・マジメルのこと

 

若い頃はその美貌ばかりが注目されていましたが、最近はクセの強い役が多くて

今回はやっとイケメン美食家だ~!と思ったら、お腹周りなかなかすごかったです。

 

 

美食家だったらたしかに痩せてたらおかしいんですが、

これは「役作り」というより、料理ばかりしていたらこうなったとか。

彼はプライベートでも料理好きだそうです。

ビノシュが「料理人」だから、彼女ばかりが料理するのかと思っていたら

料理をするシーン、マジメルのほうが遥かに長かったですね。そして見事な手さばき。

これも意外でした。

 

④ それほど食欲は刺激されなかった

 

これは私があまり食べることにこだわりがないからかもしれませんが

(でも美味しいものは好きです)

普段の食生活とあまりにレベルが違い過ぎるから。

「動物や畑の野菜の命を頂いている」という意識が強くて

きゃ~食べたい~!とはなりませんでした。

 

 

「バベットの晩餐会」を見た時は、むしろしばらく食べ物が食べられなくなりました。

 

ナプキンを頭からかぶって食べる「ズアオホオジロのロースト」も

調理法を聞いたら私は無理だな。(詳しくは検索してください)

 

コンソメを透明にするだけのために大変な手間をかけるのも

美味を追求するあまり動物を苦しめるのも

生きるための食事としては必要ある?とは正直思うんですけど

でも、食を追求する「芸術」としてはアリだと思います。

 

食事をしながら交わされるウィットにとんだ小噺や

料理を音楽にたとえたり、ドダンの表現は詩人のようです。

こういうのを「ガストロノミー」っていうんですね。

(私は液体窒素や遠心分離機を使うのがガストロノミーだと思ってました)

 

 

ここでポーリーヌとヴィオレットの食べているのは、

いわゆる「まかない飯」だと思うんですが、

これの盛り付けもすばらしく美しいです。

そしてポーリーヌが幸せそうに口に運ぶ姿を見ているときだけは

さすがの私も「おいしそうだな~」と思いました。

 

名言もたくさん出てきたんですが、ひとつだけ覚えているのが

「すでに持っているものを求め続けるのが幸せだ」

「それが君だよ」

 

このことばにはやられました。