映画 「帰れない山」 2023(令和5)年5月5日公開 ★★★★☆

原作本 「帰れない山」パオロ・コニエッティ 新潮クレストブックス

(イタリア語他: 字幕翻訳 関口英子)

 

 

1984年夏

イタリア、トリノに住む少年ピエトロは11歳。

父は仕事人間のエンジニアでしたが、

山が大好きで、夏休みの間、

妻と息子をモンテ・ローザ山麓のグラーナ村の別荘で生活させ

自分も時々車でやってきては登山を楽しんでいました。

 

過疎の村には子どもはたったひとり。

ピエトロとおない年の ブルーノという羊飼いの少年で

息子の遊び相手にしようと思ったのか、

母が家に呼んで食事をさせたりしていました。

 

ブルーノは体もひと回り大きく、山や動物にも詳しく

ふたりはすぐに仲良しになりますが、

父親不在で叔父夫婦に預けられているピエトロは

日々、牛の世話などの仕事に追われています。

 

ピエトロの父は、地図をながめては、次の登山ルートを計画し

そのうち、ピエトロもそれに同行するようになります。

そしてある日、父はブルーノも誘って

3人で氷河登山にでかけます。

 

 

これは子どもにはかなり難しいコースで

結局ピエトロの高山病で、引き返すことになりますが、

弱音を吐かずにクレバスを越えるブルーノのことを

父はかなり気に入ったようです。

 

労働力としてこきつかわれて、ろくに学校にも行けないブルーノを

ピエトロの両親は気の毒に思い、彼の叔父に援助を申し出ます。

「ブルーノをピエトロの家にひきとって

そこから学校に通わせる」という申し出を

叔父は受け入れたようですが、ピエトロは憤慨。

トリノのような騒々しい都会はブルーノにあわないと

大反対しますが

ブルーノ自身は、ずっと山にいたいわけじゃないと。

 

でも結局ブルーノの父が反対して、出稼ぎに連れて行ってしまい、

彼を援助したいという両親の思いが

ふたりを引き裂く結果になってしまいました。

 

その後ブルーノとは15年も会うことなく、

日々が過ぎていきます。

 

ピエトロは父と折り合いが悪くなり

一緒に登山することも、山の別荘にいくことも無くなり、

大学を辞めた彼は家を出て

厨房でバイトしながら、小説家を目指すような生活。

そしてある日、父が運転中に急死してしまいます。

               (あらすじ とりあえずここまで)

 

 

少年時代の舞台は1984年。

このときピエトロとブルーノは「もうすぐ12歳」だったから

今50歳くらいの人が同世代ですね。

 

ひよわな都会っ子と田舎のたくましい子の交流とか

ありきたりな感じっぽく始まりますが、

これが全然ありきたりじゃない。

 

ピエトロの父は、生活の基盤は都会におきながらも、山岳・自然が大好きで

ブルーノと遊ぶようになってから息子がたくましくなってきたのが

うれしくてたまらないんですね。

そして、ピエトロの母は、(教師なので勉強をみてやるのですが)

家の仕事でブルーノがろくに学校にも行けていないのが不憫でならない。

それで(多分ピエトロも喜ぶだろうと思って)

「費用は全部もつから、ブルーノを息子と同じ学校に・・・」と申し出るのです。

 

ところがピエトロはこれが面白くない。

彼にとってブルーノは山とセットで、都会の水があうわけないし、

だいたい自分に相談もなしに決めたことも、

両親がブルーノばっかり褒めるのも気に入らなかったのかも。

 

母は

「ブルーノの将来のためよ。

ちゃんと勉強の機会を与えられたうえで、人生をえらべばいい」

 

そして、ブルーノ本人も

「おれがこの山にずっといたいとでも思ってるのか?」

そして山に向かって

「こんなところ、出て行ってやる」と、大声で叫びます。

 

で、結局、ブルーノの父が帰ってきて申し出を拒否し、

いっしょに出稼ぎにつれていってしまうのです。

 

ピエトロの両親は(多少強引なところはあるけれど)

息子の意見も聞くし、丁寧に説明してくれるけど、

ブルーノの父親は飲んだくれで、反抗しようものなら

殴られるんだろうなあ・・・

1984年って、じゅうぶん現代ですが、

田舎ではそんなものなのか。

 

「13歳でブルーノはもう大人になっていた」

といっていたので、この年で学校もいかずに

ブロック職人として(?)働かされていたのでしょう。

 

一方、ピエトロは自分が恵まれているとか全然気づかず

「親から束縛されてるかわいそうな自分」だと思ってるんですね。

アメリカ文学、映画、ドキュメンタリー・・・

没頭できるものをふらふら探し続けるピエトロ。

 

「夢見る前に大学くらい出ろ」

「人生を無駄にするな」

と父にいわれて、

「父さんみたいな人生はごめんだ」

と、家を飛び出してしまうのです。 あーあ。

 

 

前半は、登山のシーンが多く、

かなり細く切り立った尾根を子連れでずんずん歩いていきます。

(これを後ろからカメラで撮影してる人、すごい!)

高所恐怖症の人だったら目がくらみそう・・・

 

 

さらに危険そうな氷河も、父はぐいぐい先導していきますが

ピエトロが高山病とわかると、あっさり引き返し

これは正しい判断、と思ったんですが

ピエトロにとってはこの日のことは

きっと苦い思い出になったんでしょうね。

 

画面にはひたすら雄大な景色が映し出され

「山岳映画」といってもいいくらいなのに

親子や親友の繊細な心の機微や行き違いが

ひじょうにせつないストーリーになっています。

 

父の死により、またブルーノとの関係が復活します。

後半です。(ネタバレ

 

 

ピエトロが山の別荘につくと、ブルーノがやってきます。

「お悔やみを」

バイクにふたり乗りして山の方へ。

「親父さんはこの場所を気に入って、

土地を手に入れて家を建ててほしいと頼まれた」

「死んでも約束は残る。お前も手伝ってくれ」

 

無理というピエトロに

「教えてやるから」

「冬が明けたらやろう。4か月でできる」

ブルーノは今はブロック職人になっており、

家づくりはプロのようなもの。

しかたなく、ピエトロも同意します。

 

 

別荘には父の地図が残っており、

それを見ると、自分と疎遠だった間、父とブルーノが

たびたび一緒に登山していたことがわかりました。

 

石積みの家が完成すると、

ブルーノは自分の夢を語ります。

(ブロック職人はやめ)叔父の農場を復活させて

手作りチーズを作って売る仕事がしたいと。

ピエトロのトリノの友人たちを招待した時

そのなかのラーラという山育ちの女性が

ブルーノに共感して農場を手伝いたいと申し出ます。

 

ラーラはもともとピエトロの彼女なので

ブルーノも気を遣って電話してきますが

「ラーラは決めたことはやる。俺との関係は気にするな」

と答えます。

 

やがてラーラはブルーノの子どもを授かり、

娘を育てながら、ふたりは夢をはぐくみます。

 

 

「父さん、もうひとりの息子は自分の道をみつけたよ」

 

ピエトロもようやく小説が本になって、収入をえられるようになり

ヒマラヤ方面にも旅をし、アズミという恋人もできるようになります。

 

商売が軌道にのりかけたブルーノとラーラでしたが、

ブルーノの採算度外視のこだわりのやり方と

確実に利益を出そうとするラーラが衝突し

結局、多額の借金を背負うことになってしまいます。

 

「手伝わせてくれ」というピエトロに

「大金すぎて無理」とラーラ。

結局牧場は差し押さえられ、ラーラは娘をつれて実家に戻ってしまいます。

 

行く場所のないブルーノはあの石積みの家に住んでいたのですが

その家も雪に完全におおわれ、心配した家族の要請で

山岳救助隊が屋根を切断して降り立つも、ブルーノの姿は無し。

 

手がかりはなく、雪解けを待つことになります。

「これがあの人が望んだことなの?」と泣くラーラ。

ピエトロは、「違う」といいながらも、

「山に傷つけられたことは一度もない」といい、

鳥葬すら肯定していたブルーノのことを思っていました。

 

春になり、遺体をついばむカラスたちの姿  (あらすじ ここまで)

 

 

後半になって、同じような髭面がふたり出てきて、

「RRRかよ~!」

って思った人、私だけじゃないですよね(笑)

 

最後、髭を落とすときまで、

ピエトロ役が(今どきの言葉だと)「国宝級のイケメン」ルカ・マリネッリだったとは

まったく気づきませんでした。

髭の力は大きいですね~

 

髭のおっさんになっても、ふたりの友情は変わらず、

ピエトロのことを村の言葉で「石」の意味の

「ベリオ」と呼ぶのも昔と同じ。

 

二人の友情はほほえましくもあるけれど

なかなかにビミョーな関係で、

ピエトロの父の信頼も、元カノ、ラーラの愛情も

全部ブルーノに持っていかれます。

ただそれは、彼が奪い取ったわけではなく・・・

 

父は62歳で亡くなり、そのときピエトロは31歳。

つまり、自分が生まれたときの父の年になってるのに

結婚も子どもも定職もなく、親に心配かけて生きてる自分。

「おれはなにやってるんだ!」

と、ようやく自省するピエトロでしたが、

結局その後も、最後まで世界中をフラフラして過ごしています。

(これはこれで徹底してますが)

 

一方のブルーノは、子どものころから人生の選択肢が

ほとんど与えられず、狭い世界で必死に生きてきたんですね。

愛する家族ができ、彼はおそらく人生でただ一度

チーズ作りという「自分の夢」をかなえようとします。

(たしか職人でいたほうが収入は安定するといっていました)

残念ながら「商売」としては成功しなかったんですが、

「失敗したら次の手」というのが、ブルーノにはなかったんだろうなぁ・・・

 

 

おそらく、ふたりの生き方の対比がこの映画の主題で、

それは原題の「Le otto montagne(8つの山)」にもあらわれています。

 

ピエトロがネパールで聞いてきた話として、

世界の中心には、須弥山という高い山があり

そのまわりを海と8つの山に囲まれていて

須弥山だけに登ったものと

周囲の8つの低い山に登ったものでは

どちらのほうがたくさんのことを学べるか?

という問いで、(答えは特にないんですけど)

ブルーノは須弥山をひたすら極め、

ピエトロはあてどもなく8つの山を登り続けている・・・

ということでしょうか。

 

哲学的でもあり

ホームドラマのような微妙な人間関係もあり

そして雄大な自然を満喫できるという、

けっこう風変わりな作品かもしれません。