映画 「ザ・ホエール」 2023(令和5)年4月7日公開 ★★★★★

(英語; 字幕翻訳 松浦美奈)

 

 

オークリー大学の遠隔教育プログラム。

オンラインの文章講座のようですが、講師のところだけが

ウェブカメラの故障で、真っ暗になっています。

 

月曜日

 

巨体をのけぞらせて、チャーリーが発作を起こしています。

たまたま布教で訪れたニューライフ教会の宣教師トーマスが

鍵のかかっていない玄関から入って助けようとしますが

272kgの体では、起こすこともできません。

 

「救急車を呼びましょうか?」

「いや、その原稿を読んでほしい」

それはメルヴィルの白鯨のレビューのような文章で

それを聞いているうちに、チャーリーの容態は安定してきます。

「エッセイだよ。死ぬなら最後にこれを聞いて死にたかったから・・・」

 

 

看護婦のリズがやってくると

手際よく心音を読んだり血圧を測り、

「血圧、上が238、下が134」

「喘鳴も悪化してる」

リズはまた通院や入院を薦めますが、

「保険証がない」「お金もない」

と、チャーリーは拒むばかり。

 

トーマスがニューライフの宣教師だと聞くと、リズの機嫌が急に悪くなります。

彼女の父がそこの教区長?で、リズは宗教2世として辛い思いをしてきたようです。

「あなたの手助けには感謝するけど

ニューライフのバカげた終末論は聞きたくない」

 

 

火曜日

 

「うっ血性心不全」

きのうリズが言っていた病名に、肥満、高血圧をふくめて

ネットで死亡率をググってみると、

自分は余命いくばくもないことを知ります。

 

チャーリーはどこかに電話すると、

シャワーをあびて、髭を剃ります。

 

 

「私も将来太るってわけ?」

いきなり外から入ってきた若い娘はいらいらしています。

チャーリーが呼んだのは、離婚以来会っていなかった、17歳の娘、エリーでした。

 

「会えてうれしい。きれいだよ」

 

エリーが8歳のとき、(まだ太っていなかった)チャーリーは

教え子のアランと恋仲になってしまい、妻と娘を捨てたのです。

それ以来、エリーとは会うことも禁じられ、

エリーは父親のチャーリーに対して、憎しみだけを募らせてきたのです。

 

「今朝、停学になった。友だちの悪口を投稿したから」

「卒業もダメかも。レポートも書き直しだし・・」

 

開き直って愚痴をいいはじめるエリーに、チャーリーは

「卒業だけはしたほうがいい。レポートはパパがみてあげるよ」

「12万ドルくらい貯えもあるから、

ママに内緒で、それは全部エリーにあげる」

 

エリーはレポートをチャーリーにおしつけると、帰ってしまいます。

                 (あらすじ とりあえずここまで)

 

 

 

薄暗い室内にとてつもなく太った男がひとり。

オンラインで講座をもっているくらいなので、頭脳は明晰ながら

自分の体を動かすこともままならず、トイレにいくにも補助器具がなければいけないし

落としたものを自分で拾うことすらできません。

 

ある意味「身体障碍者」ともいえるんですが、

大きく違うのは、生まれつきや不幸な事故ではなく、

明らかに本人の自制心の欠如がありそうで、

ここまで放置してきた環境にも

問題がありそうです。

 

そして、チャーリー自身は自分の「おぞましい姿」を恥じているのですが

治療して健康になることは目指さず、

自分にのこされた余命で何をするかを考えるようになります。

それは8歳で捨てた娘のエリーに赦しを乞うこと、

そして彼女のために、最後に自分は何ができるか?と。

 

 

いや~、

こんなに病的に太っちゃった人が登場するドラマを見たことがありません。

内科的手術や脂肪吸引や食事療法や運動で

「ここまで痩せました~!」「がんばりました~!」

という実話は時々聞くけれど・・・・

 

本作は主演男優賞とメイキャップ賞でオスカー獲ったんですが、

これを見たらだれもが納得するはず。

けっこうアップが多かったし、服を脱ぐシーンもあったんですが

272kgまで巨大化してしまった男の姿を

残酷なほどリアルに再現していました。

 

でも本作はそれだけじゃないんですよ。

チャーリーの肥満だけは、わかりやすく「可視化」されていますが、

登場人物すべての問題や苦しみが浮き彫りになってきます。

 

続きです (ネタバレ

 

水曜日

 

オンライン講義を終えると、またトーマスがやってきます。

彼は、病院に行こうとしないチャーリーに、

せめて霊的な道で救済できないかと純粋に考えていたのですが、

「ニューライフの書いたものはすべて読んだ」

といわれてしまいます。

 

とりあえず、

床に落ちて拾えなくて困っていた部屋の鍵を 

トーマスに拾ってもらいますが

そこは恋人のアランが住んでいた思い出の部屋で

今もきれいに整えられています。

 

リズが肥満用の大きな車いすをもって現れます。

不要になったものをもらい受けたらしく、

それは部屋のなかでの移動に便利そうです。

 

トーマスは、リズから部屋の外に出るようにいわれます。

「私の兄はニューライフの宣教師で、教会の娘との結婚も決まっていたけれど

それがイヤで父からも教会からも逃げたの」

「私の兄アランが チャーリーの最愛の人だった」

「結局兄は川で命を絶ったけれど、教会は事故だと言い張っている」

 

 

木曜日

 

エリーがやってきて、冷蔵庫のものでサンドイッチを作りますが

食べ終わったチャーリーは眠ってしまいます。

そこへトーマスが。

 

「私が睡眠薬を仕込んだからパパは起きない」

エリーが大麻を吸い始めると、なんとトーマスも一緒に・・・

大麻を吸うトーマスの姿をスマホで撮影するエリー。

 

すると、トーマスはアランの部屋にこもって鍵をかけ、

自分の罪の懺悔をしはじめます。

「アイオワの教会では、だたパンフレットを配るだけ」

「戸別訪問しないと人は救えないと文句をいっても聞き入れられず、

大麻を吸ってるのもバレた」

「青年部の金を2436ドル盗み、この町にきたが、お金も使い果たしてしまった」

 

エリーはドア越しにトーマスの告白を

スマホに録音していました。

 

そこへリズが元妻のメアリーを連れてやってきます。

幸い、リズの処置で、無事にチャーリーは目を覚まします。

 

「エリーに12万ドル残している」という話に

リズは驚き

「そんなお金があるなら、ちゃんと治療を受けるべきよ!」

 

 

リズとエリーが帰ると、部屋のなかにはチャーリーとメアリーだけ。

 

「エリーの子育てに失敗して、邪悪な子になってしまった」

「同級生を泣かしたり、教師のタイヤを切ったり、そんなことばかり」

というメアリーに

「いや、すばらしい女の子だ。書く才能もある」

「ぼくにも子育てを手伝わせてほしかった」

 

 

みんなが帰ったあと、

いつもドア越しにピザのデリバリーをするダンと鉢合わせ。

いつも愛想よく声をかけてくれる彼が チャーリーの姿を見ると

「うそだろ?」といって逃げ帰っていきます。

 

大学にメールを送り、残った食べ物をむさぼり食うチャーリー。

 

そこへトーマスが嬉しそうに再登場。

「娘さんのSNS投稿で、ぼくのしたこと、思ってることが全部バレて

すっきり解決した」

「盗んだ金額もたいしたことないと、親も教会も許してくれた」

 

金曜日

 

チャーリーは最後のオンライン授業で、学生たちに

「正直に書くように」伝え、webカメラを起動させます。

ディスプレイに映った講師の姿に驚く生徒たち。

チャーリーはPCを投げて壊します。

 

エリーがやってきて

チャーリーが印刷して渡したレポートが不可になったと怒っています。

エリーは中身を確認もせずに提出していたのでした。

「声にだして読んでほしい」

 

それは、4年前にエリーが書いた「白鯨」の感想文でした。

「ママが4年前に送ってくれたんだ。見事なエッセイだ」

「君は僕の最高傑作だよ、エリー」

 

原稿を読むエリーに向かって立ち上がり、

最後の力をふりしぼって、一歩を踏み出そうとするチャーリー。      

                    (あらすじ ここまで)

 

 

 

同性の恋人を失い、

心を病んで引きこもりになったあげくの272kg。

最近の映画だと、こういう人を「暖かく見守る」傾向にある気がするのですが、

本作は冒頭から手厳しい。

 

最初の発作も、ゲイポルノを見ながら自慰行為していて起きたものだし

ピザの食べかたは汚いし、そのあとゴミ箱に吐いたりもするし

着替えも困難なのに、汚れはシャツで拭いちゃうし、容赦ないです。

 

チャーリー以外の登場人物について・・・・

 

8歳で父が男と駆け落ちして、母はキッチンで酒を飲んでるとか、

エリーもなかなかハードな環境で育ってたし、

宗教と同性(チャーリー)への愛の挟間で悩んで自死を選んだアラン。

 

エリーを「いい子」に育てられていないことを

チャーリーに隠しておきたかったメアリーの苦しみもはじめて告白されます。

9年ぶりにふたりきりになったチャーリーとの会話は、

なんともエモい思い出話になりました。

「あなたはいつも、エリーのことばかり気にしていたわね」

「メアリー、君はどうしていたんだい?」

「アランを偶然見かけて(文句言おうとしたら)

持っている買い物袋が重そうで手伝ってあげたら

ていねいにお礼をいわれたわ」

「エリーが小さい時、3人でいっしょにオレゴンの海にいったわね」・・・

 

 

トーマスの自身の問題は、あっさり解決してしまいますが、

彼はチャーリーとの出会いを運命だと思っており、

自分が宣教師として霊的に救うのが使命だと考えているんですが

あっさり否定されてしまいます。

 

というか、映画のなかで、宗教(カルトとか関係なく)に対しては

かなりぞんざいな扱いですよね。

チャーリーはアランを愛したことには少しの後悔もなく、

同性愛は全肯定、宗教は全否定ですね。わかりやすくていいけど・・・

 

そして、最後にリズ(ホン・チャウ)の存在。

最初は「担当の訪問看護師」みたいに登場しますが、

雇われているわけではなく、「友人」として好意で世話をしてくれている関係が

ちょっと不思議な感じだったんですが・・

 

 

チャーリーと仲はよさそうにしているけれど

「恋人」というわけでもなさそうで・・・・

 

それが、トーマスの登場で、彼女の出自がわかるんですね。

彼女はチャーリーの恋人アランの妹だったのです。

(養女といってたので、多分 家庭内で人種もちがうのでしょう)

 

愛する兄を失った悲しみ、悔しさは、

もしかしたら、チャーリー以上かも。

チャーリーの世話をする義理もないのに、献身的に介護をしたり

家の片づけや買い物をしたり・・・

リズなしではチャーリーの生活はありません。

 

ただ、チャーリーの病状はすでに

非力な看護師ひとりではどうにもならないところまで来ており、

専門医の診察や入院も薦めるも、「お金がない」と拒否。

娘のために12万ドルも蓄えがあったことを知ると

冷静なリズがはじめてブチ切れる場面もありました。

 

あと、パンを喉に詰まらせ、息ができなくなったチャーリーに

必死で応急処置をほどこすシーン。

「私の目の前で死なないでちょうだい!」

 

リズが冷静さを失うたびに、彼女の心の叫びが聞こえるようでした。

 

 

リズは自分の献身の限界を感じており、

医療従事者なのに、健康的な食事でなく、

チャーリーの好きなジャンクフードを与えてしまっていることにも

多分自己嫌悪、を感じているんだろうな。

 

こんなに辛いのに、チャーリーの介護をやめられないのは

リズ自身がそれを心のよりどころにしているから・・・なんでしょうか。

 

リズに限らず、

人間は他人のケアをして、自分は誰かの役にたっていると思い込むことで

生きていられるものなのかもしれません。

 

 

最後に、タイトルにもなっている「白鯨」について。

 

 

 

 

映画「白鯨との闘い」は、

原作者のメルヴィルがエセックス号の生き残りに取材した時の実話が元になっており、

7年前に見たときに、「白鯨」も一応読んでいたのですが、

エリーのような視点では読まなかったので、驚きました。

13歳であんなことが書ける少女は、ホントに才能あるのかも!