映画「小さき麦の花」 2023(令和5)年2月10日公開 ★★★★★

(中国語;字幕翻訳 磯尚太郎、 字幕監修 樋口裕子)

 

 

ロバの小屋のわらをスコップで掻き出している男。

「兄さんの服をきて、早く支度しろ!」

急き立てられてレストランにつれていかれます。

 

彼の名はヨウティエ。

農家の四男坊で、両親と兄二人は他界。

すぐ上の兄の家に住んでいて、働き者ですが未だ独身で、

兄は自分の息子の縁談話の前に(世間体を気にして?)

彼に縁談をもってきたようなのです。

 

 

相手の女性クイインは、体に障害があって、すぐ小便をもらしてしまい

左半身も不自由です。

今まで結婚相手もなく、兄夫婦にいじめられて生きていました。

 

「どう?ふたりはお似合いよね」

仲介者は兄たちから200元受け取り、

本人たちがイエスともノーともいわないまま、

ふたりの結婚は決まります。

 

記念に1枚写真を撮っただけで、結婚式もなし。

 

ヨウティエはクイインをつれてロバででかけ、

紙銭をたくさん燃やして亡き両親や亡き兄たちに結婚の報告をします。

 

この村のチョウという裕福な男が病気になり、

彼を助けるための集会が催され、彼の息子が壇上に上がりますが

「だれが助けるもんか」と村人は否定的。

贅沢三昧でBMWを乗り回している息子はみんなから嫌われているようです。

「父の病気が回復して

トウモロコシがたくさん収穫できれば、みんなに手間賃を払える」

「父はRHマイナスの珍しい血液型なので、ぜひ輸血に協力してほしい」

 

「パンダ型」といわれるRHマイナスの持ち主は

この村ではヨウティエしかいません。

いいくるめられて何度も献血に協力させられるヨウティエのことを

妻のクイインは心配でなりません。

 

2人とロバは 空き家になった家で生活をはじめますが、

ほどなくそこの持ち主が帰ってきて、

「空き家を解体すると政府からお金がでるから

明日出て行ってほしい」といわれます。       (あらすじ ここまで)

 

 

時代設定は2011年だそうですが、

ほんの10年ほど前とは思えないほどの貧しさ。

 

私が子どものころ

観たり読んだりした話のなかで強く印象に残るのは

豪華な宮殿やきらきらしたお金持ちの家ではなく

自分の家より貧しい家の暮らしでした。(私だけかもしれないけど・・・)

「ピノキオ」とか「小鹿物語」とか、

当時充分貧しかった日本のじぶんち以下だったのに

ディズニー映画で、ゼペット爺さんちが

「おしゃれなレトロ雑貨店」みたいになってるのを見ると

「これ、違うから!」と立ち上がって叫びたくなりますよ。

 

本作は、そんな子どもが観たら、唖然として

トラウマになるような絶対的貧しさ。

しかも、舞台は現代で、まわりにはBMWに乗ってる富裕層もいるから、

相対的にも貧しいのが、精神的には、さらにキツイです。

 

今の私からすると一番キツイのが

「妻が人前でおもらしをしても気づかない」という設定。

アテントとかライフリーはおろか、

家に帰ったとしても、着替えたり洗濯すら困難な環境なんですよ~!

(中高年としては、重労働や寒さよりこっちがショッキングでした)

 

戦争や災害や飢饉やパンデミックや・・

そんな不幸な状況下にあるわけでもなく

ただただ広い土地が広がってるわけですが、

「雄大な自然」なんていうきれいごとではなく

痩せた埃っぽい大地です。

 

世の中に見捨てられた二人の男女(と一頭のロバ)は

そこで這いつくばって働き、日々の糧を得るわけです。

機械もつかわず、すべてが人力(+ロバ)のおそろしく効率の悪い作業。

延々とイヤになるほどこういうシーンが続くのですが

救いは、ふたりがお互いを労わりあい、慰め合って生きていること。

ささやかな幸せに微笑み合い、肩寄せ合って生きています。

 

今まで自分の感情を全く表に出さなかったクイインが、

献血の時になると

「私の夫の血を抜かないで~ かわりに私の血をとってください」

と叫ぶシーンには心揺さぶられました。

 

つづきです (ネタバレ

 

家を追い出されたふたりは、別の空き家に住んで

今度は自分たちの家をつくろうとします。

 

 

粘土をこねて型にいれて乾かし、日干し煉瓦をつくるところから・・

大雨でレンガが流されそうになると、ふたりでビニールをかぶせて守ります。

 

譲り受けた10個の卵を孵し、ヒヨコを育てるふたり。

 

 

「親鳥はもういないから、

最初に観たおまえを母親だとおもって懐くよ」とヨウティエ。

 

「(最初に会ったとき)あなたがロバにやさしくしているのをみて

このロバは私より幸せだと思った」

「あなたとなら一緒に暮らせると思った」

ヨウティエは、照れくさそうに

「あのとき、お前があんまり見つめるから、目のやり場に困ったよ」

 

 

ようやく手造りの家も完成し、

また紙銭を燃やして亡き両親と兄に報告します。

 

 

借り住まいしていた家も、持ち主が(補償金目当てに)帰ってきて

すぐに壊されますが、ヨウティエは軒に巣づくりしていた

ツバメのことが気になってなりません。

 

ある日突然兄がやってきて

「貧困世帯に80㎡以上の家を支給することになった」

「お前は誰よりも貧しいし、きっとお前が選ばれる」

 

そして兄の言う通り、街の新築の家がヨウティエ夫妻に与えられ

内見会にはテレビ中継もはいっていました。

「新居を前に今のお気持ちは?」と聞かれ

「人は住めるけど、ここじゃロバや鶏は住めない」とつぶやくヨウティエ。

 

 

ある夜、熱をだしたクイインを家に残して外出したとき、

ヨウティエの帰りを心配したクイインが 川に落ちて亡くなってしまいます。

 

残されたヨウティエはロバの手綱や鈴を外して山に放し、

小麦やじゃがいも、とうもろこし、すべての収穫を現金に換えます。

前借していた種や肥料代、妻用に買ってくれたコート代、卵10個、

借りていたものはきれいに清算して、残金だけを受け取ります。

 

ヨウティエが作った日干し煉瓦の家はブルドーザーであっけなく壊されます。

そして補償金の1万5000元が支払われますが

それを受け取ったのはヨウティエではありませんでした。(あらすじ ここまで)

 

 

「愛してる」という言葉もなければ

ハグさえもないし、けっして美しい絵面ではないのに

もう「愛」「愛おしさ」が画面からダダ洩れしているような映画でした。

 

ただ、それだけの作品じゃないような気がして・・・

 

 

「この二人をいじめる兄たちが許せない」

「地主の息子にむかつく」

という意見が多いみたいですが、

私は本作に「悪役」は登場しないように思いました。

 

彼らをふくめ村の人たちは、

この二人を(見た目から)下にみることはあっても

嫌ってるわけではなく、

バカにしながらも気にかけていたんじゃないかな?

(まあそもそも「バカにする」というのもアウトですけどね)

 

ふたりを家から追い出すのも、もともと賃貸契約があるわけでもなく、

勝手に住むのを黙認していたけれど、

政府の政策でお金が手に入ると聞いて、退去を迫ったわけです。

 

(今の中国に地主はいないと思うからこの言葉は避けたいのですが)

「地主の息子」だって、

献血のお礼に、お金じゃヨウティエは受け取らないから

絶対に受け取ってくれる妻のコート(失禁を隠せるから)を贈るとか

心細やかな人だと(私は)思いましたけどね。

ただ、それさえもヨウティエは最後には清算したけれど・・・

 

もし「悪役」がいるとすれば、それは今の中国政府。

この作品が世界中で上映、絶賛されて一番困るのも中国政府。

 

だって、100年前ならともかく、

ほんの10年前にこんな貧しい人はいるはずないことになってるから

あんまりヒットして欲しくないでしょうね。

 

空き家を壊すと1万5000元の大金を支給したり

一番貧しい人に住宅を支給してテレビ放映でアピールするのとか

ホントになにやってんだか・・・

(1万5000元は日本円にすると30万円ほどですが

ヨウティエが1年身を粉にして働いて結構な豊作でも、

経費を差し引いて3900元だったから

大金であることに間違いはないです)

 

こういう、声を荒げることなく、静かに政府批判を込めた中国映画といって

すぐに思い出されるのが、

これ

 
 
数字に表れる豊かさを求めるあまり
今の中国はちょっと迷子になってるんじゃないの?
 
2作とも、見終わってすぐそう感じました。
 
この2作、共通点はいろいろあって、
① 配給会社が「ムヴィオラ」
② 監督が新進気鋭の30代の若さ
③ キャスティングにお金をかけないため、主要キャストに監督の身内を起用
④ 国外では評価が高いが、国内では扱いが悪い
 
そして、ノンフィクションでないにもかかわらず、両方とも
今の中国の現実をしっかりとらえて世界に発信していると思います。
 
実はこの作品のラスト、
ロバを手放し、自分で食べるための小麦も残さず全部売った時点で
もうヨウティエは死んでしまうのかと思いました。
最後、補償金を受け取るのも彼ではなかったし・・・
 
ところが、実際は
「ヨウティエも街で暮らすのかぁ」
という声が入って終わるのです。
 
あまりに唐突!
生きててくれてホッとする一方、
街に行って彼が幸せになれるとは到底思えません。
 
「もしかして、この部分、検閲で無理やり入れさせられた?」
とか、ひねくれものの私はすぐに思ってしまった。
実際のところはわかりませんが・・・・
 
ツバメが巣づくりしてヒナを育ててているのに
それごとブルドーザーで壊してしまう・・・・
これは今の中国がやってることを
静かに批判する象徴的なシーンで、
ここが検閲にひっかからなくて良かったです。