映画 「ルイス・ウェイン 生涯愛した妻とネコ」 2022(令和4)年12月1日公開 ★★★★★
関連本 「吾輩は猫画家である ルイス・ウェイン伝」 南條竹則 集英社 ★★★★★
(英語:字幕翻訳 岩辺いずみ)
あらすじ、今回は一気に最後まで書いていますので
未見の方はご注意ください
1881年、ビクトリア朝のイギリス。
混雑した列車のなかでせわしく絵を書いているルイスに
犬を抱いた男性が声をかけます。
「画家の方ですか?よかったら絵を描いてもらえますか?」
「人間は描かない」
「いや、(ポメラニアンの)クレオパトラを描いて欲しくて・・」
「動物ならタダで書きますよ」
ダン・ライダーと名乗る男性は大喜び。
ルイスは動物専門のイラストレーターで、腕も良く仕事も早いのですが
趣味と謎の言動が多すぎて、その才能を生かし切れていません。
この日も農業ショーで雄牛に近づきすぎて蹴り倒され、
弱いくせに健闘に参加してズタボロにされて散々の帰還。
編集者のサー・ウィリアムからは、
両手で早書きする技術を絶賛され、
せっかくフルタイムの仕事も提案してくれたのに
オペラの作曲をしたいとかで、断ってしまいます。
家に帰ってこの話をすると、長妹のキャロラインはおかんむり。
父を早くに亡くしたウェイン家で唯一の男はルイスだけ。
母と5人の姉妹を養う義務があるのに、こんな調子で
なかなか安定した職に就くのは難しそうです。
経済的には苦しくても、ウェイン家は格式ある家柄のようで
妹たちの教育のために住み込みの家庭教師を雇っていました。
彼女の名前はエミリー・リチャードソン。
教養はあるのにちょっと風変わりな女性で
なぜかルイスとは最初から気があいました。
ルイスには生まれつきの口蓋裂があり、
それを隠すために蓄えていた髭を
思い切って剃って、素顔をエミリーに見せますが、
もとからそんなことを気にするようなエミリーではありませんでした。
「妹たちの勉強のため」という名目で、シェイクスピアの「テンペスト」の劇に
一家ででかけますが、
ルイスには「船が沈没して溺れる」というトラウマがあり、
途中で気分が悪くなりトイレへ。
心配して追いかけてきたエミリーといるところを人に見られ
へんな噂がたってしまいます。
「愚かな兄をそそのかして、うちは世間の笑い者よ」
「3日以内に荷物をまとめて出て行って!」
エミリーは解雇されますが、
ふたりの恋はぎこちなく開花し、
1884年にプロポーズ。
ふたりは結婚して家を出て、
実家に仕送りしながら二人で暮らすことに。
ところが、結婚後しばらくして
エミリーが末期の乳がんだということが告げられます。
そしてふたりは家のそばで子猫を拾い
ピーターと名付けました。
ルイスは毎日ピーターの絵を書き続けました。
服を着てまるで人間のようにふるまうネコたちの絵も・・・・
そして「The Illustrated London News」のクリスマス版に
2ページの空きができたとき、そのネコの絵が採用されます。
「世界は最初から美しいのよ、あなたが教えてくれた」
「人生の光線を屈折させる、あなたはプリズム・・・」
そう言い残してエミリーはこの世を去りました。
1891年、ルイス・ウェイン特集。
喪失感をうめつくすようにルイスはネコの絵を書き続け、
ブームに火がつき、一躍、時の人に。
「ナショナルキャットクラブ」の会長にまでなりました。
ところが、絵の版権はルイスにはないので
いくら印刷されて世に出回っても、お金は出版社にはいるだけ。
生活の苦しさはあいかわらずです。
妹のマリーが統合失調症となり、
ほかの姉妹も嫁ぎ先が見つからず・・・
そして、ついに頼りのピーターも亡くなってしまいます。
泣き続けるルイスでしたが
嘆き苦しむときほど彼は美しい作品を残しました。
その後、彼もマリーと同じく統合失調症を発症し、
1925年、貧困者用の病棟に彼はいました。
施設の視察にきた男性がルイスをみつけて驚きます。
「私です。あのときポメラニアンの絵を書いてもらったダン・ライダーです」
ライダーはルイス支援の募金を募り、彼はまたネコとくらせるようになりました。
(おしまい)
かなり端折りましたが、一気にあらすじを書いてしまいました。
ルイス・ウェインというイギリスの画家の伝記映画なのですが、
彼のことをご存じの方はどのくらいいらっしゃるでしょう?
私は名前には聞き及びなかったんですが、
「統合失調症になった画家の書いたネコの絵」ということで
この一連の絵を見た記憶はあります。
特に末期と思われる右下の絵は
一見サイケデリックな抽象画にしか見えないのですが
これが「ネコの絵」を知ってみると、突然恐ろしく感じられました。
こういう精神医学の実例、みたいなことが主題の映画だったとしたら
なかなかトラウマになりそうな作品になったでしょうが、
本作は愛するネコの姿が満載の「愛の物語」です。
ルイスは類まれな才能をもちながら、生きるのには不器用な人物。
上流階級に生まれながら、父の死後は家族を養わなければいけないというのは
ビジネスの才能が皆無な彼にとってはなかなか厳しかったと思います。
まわりの空気が読めず、人付き合いが苦手な彼が恋をしたのは
妹たちの家庭教師のエミリー。
(映画のなかでは言ってなかったけど)
そのころ、住み込みの家庭教師というのは、結婚とは無縁の
生涯独身を決めたような女性がする仕事だったようで、
エミリーもルイスより10歳も年上の未婚女性でした。
23歳と33歳くらいのカップルだったんですね。
40代のベネディクト・カンバーバッチが20代から70代までをひとりで演じ、
クレア・フォイも30代後半なので、キャスティング的にはそんなに矛盾はないのですが、
100年以上まえの33歳の女性って、もっと年増のイメージじゃないかな?
ともあれ、最良の伴侶を見つけ、病気の妻を元気づけるために
ネコのピーターをモデルにした楽しい絵を書き続けるルイスでしたが
エミリーとの生活はわずか3年で幕を下ろしてしまいます。
(副題からは、一生添い遂げるみたいに思えますが
最初の方でエミリーはガンで亡くなってしまうんですよね)
短いあいだでしたが、エミリーとの夢のような日々。
「私は必要なときはここにいるから」と
美しい池のほとりでルイスにいうんですが、
ここのシーン、絵画のようにきれいでした。
「つらいことばかりでも、
世の中は美しさに満ちている」
「どんなに悲しくても、あなたは描き続けて!」
家柄や年齢や病気や、本人にはどうにもできないことで
差別や制約のあったこの時代、
今から考えたら、生きるのは窮屈に思えますが、
それでも彼らはそれぞれに一生懸命生きていた・・・・
この妹たちも最後までルイスの「足かせ」みたいな存在でしたが
誰ひとり結婚しなかったという彼女たちの人生はどんなだったのか。
それに比べたら、技量や仕事量に正当な報酬はなかったけれど
ずっと好きなことだけしていたルイスは幸せだったんでしょうかね。
彼は美術や音楽だけでなく、「電気」にも異常に関心があって
話し出すと止まらないんですが、まともな科学の知識があるとも思えなくて
聞く方はけっこうしんどいです。
エジソン役もやった人だったから、なんかおかしかったです。
カンバーバッチは今回も魅せてくれますよ。
せわしない早口に、とんでもない速さの両手書き。
エミリーとピーターに出会ったときのときめきの表情も
エミリーとピーターを亡くしたときの泣き虫っぷりも・・・・
23歳はちょっときつかったですが、
自然に年を重ね、
晩年の後ろ姿は、まさにおじいさんの姿。
彼は障碍のある人とか病人とかの役はさんざんやってきましたが、
こんながっつりのおじいさんははじめてかも。
すごい再現度でしたよ。
ところで、先日は「原作本」として紹介した「吾輩は猫画家である」ですが、
「関連本」のほうが正しいですね。
ただ、彼のことを書いた本(画集以外)で日本語で読めるのは
多分この本くらいだと思います。
公式サイトにも「(ルイスの作品は)夏目漱石にも影響を与えた」といっていましたが、
ちょっとその説明をしますね。
吾輩が主人の膝の上で眼をねむりながらかく考えていると、
やがて下女が第二の絵端書(えはがき)を持って来た。
見ると活版で舶来の猫が四五疋(ひき)ずらりと行列して
ペンを握ったり書物を開いたり勉強をしている。
その内の一疋は席を離れて机の角で
西洋の猫じゃ猫じゃを躍(おど)っている。
(夏目漱石 「吾輩は猫である」より)
下女のもってきた絵葉書の絵の説明が書かれているのですが
なんとこの絵葉書は同年代に実在し、それを書いたのがルイスというわけです。
「猫じゃ猫じゃ」というのは江戸時代から明治にかけて流行した端唄で
たしかに左端の猫は踊っているようにも思えますが・・・・・