映画 「ゴヤの名画と優しい泥棒」 2022(令和4)年2月25日公開 ★★★★☆

(英語; 字幕翻訳 松浦美奈)

 

 

1961年8月21日におきた名画窃盗事件。

ロンドン・ナショナルギャラリーからゴヤの名画を盗んだ罪で

ケンプトン・バントンという60歳の男が裁判にかけられています。

 

①「ロンドン・ナショナル・ギャラリーから80ポンドの額縁を盗んだか」

②「14万ドルの『ウェリントン公爵』の絵画を盗んだか」

③「『ウェリントン公爵』を見に来るギャラリーたちからその権利を奪ったか」

という問いかけに対し、

彼はすべてに無罪を主張します。

 

 

 

裁判から半年前の イギリス・ニューカッスル。

ケンプトンは、年金暮らしの60歳で、タクシー運転手もしているのですが、
年寄の乗客から料金を取れなかったり、おしゃべりが過ぎて客からのクレームも多く、

あっけなくクビになってしまいます。
彼の趣味は「執筆」で、タイプライターに向かって自作の戯曲を書き、

いくどとなく放送局に郵送していますが、採用されたためしがありません。

ところで当時、公共放送のBBCのテレビを見るためには

国に受信料を払わなければならなかったのですが
ケンプトンはそれに抵抗して、BBCのチューナーを外し、支払いを拒否していました。

これは法律違反で、そのために今回も13日間刑務所にいれられました。

それでも彼の意思は固く、
「テレビは老人たちの唯一の楽しみなのだから、BBCの受信料を免除して欲しい」
と、ケンプトンは息子のジャッキーを伴って辻に立ち、
通行人に呼びかけ、署名や寄付を集める運動をしているのですが、賛同者は少なく
そういう彼を一番冷ややかに見ているのが妻のドロシーでした。

 



クセが強くて人付き合いがうまくいかず、仕事も長続きしない夫にかわって
真面目で常識人のドロシーは議員宅の家政婦でしっかり働いて、家計をやりくりしています。

ふたりにはマリアンという娘もいたのですが、ケンプトンが買い与えた自転車の事故で
18歳で亡くなってしまい、そのことも夫婦の間を険悪にしていました。

(墓石には1930-1948とあったので、生きていれば31歳ですね)

ある時、テレビのニュースで、アメリカ人が落札したゴヤ作の「ウエリントン公爵」の肖像画を
イギリスにとり戻すために多額の税金が使われていることを知ります。
落札額はなんと14万ポンド!
「それだけの金があれば、国営放送を無料にできるじゃないか!」
「アートより慈善だ!」

腹がたったケンプトンは、ロンドンに出かけ、議会で訴えますが、誰も聞いてはくれません。

ちょうどそのとき、
「ウエリントン公爵」を見るために、ナショナルギャラリーには多くの市民が集まっています。

                                      (あらすじ とりあえずここまで)

 

 

タイトルでネタバレしてるので、最後まで書いてしまおうとも思いましたが、

とりあえず前半部分で一番興味を持ってしまうのは

① 当時イギリスの国営放送BBCは有料で、郵便局の職員が税金として取り立てていた

② 支払いを拒否すると投獄されてしまう!

③ BBCの放送はかなり面白いらしい!

 

一番興味深かったのは、

ケンプトンが社会的弱者(年金生活者や退役軍人など)がタダでBBC放送を見られるように

運動をしているわりに、けっこうみんなにスルーされてたこと。

どっかの国の放送局だったら、もっと興味持たれそうですけど・・・・

多分BBCはお金を払ってでも見たい放送をしてくれるんでしょうね。

あるいは民放のレベルが低すぎて、みんなBBCを見るのを前提にテレビ買ってるとか。

(この話は長くなりそうなので、別トピックで・・・・)

 

このケンプトンというおじさん、

悪い人ではなさそうですが、自分の立場もわきまえずにいつもひとこと多い・・・

正義感強くて、思い込んだことは突っ走るタイプで、

うーん、私は正直苦手なタイプですが、妻のドロシーがいちいち突っ込んでくれるので

ストレスなくみられました。

ドロシーにとっても、お気楽で明るい夫は、めんどうも起こすけど

いっしょに生きるのはけっこう楽しいのかもね。

いい夫婦です!

 

ドロシーが編み物をしてるシーンが多くて、

私と同じアメリカ式(右手に糸をかけてその都度ひっかける)だなぁ・・・

と思いつつ見てたんですが、なんか動きがぎこちなくて、

もしかしたらフランス式を逆の方向に編んでる?

(どうでもいい話ですみません)

 

それにしてもヘレン・ミレン、 

エリザベス女王も演じるオスカー女優なのに、この変貌ぶりには驚きました。

 

後半です





ロンドンから帰ってきたケンプトンの部屋には、なぜか
あの肖像画がありました。
ドロシーに知られたら大変なことになるので、
ジャッキーが戸棚のなかに秘密の隠し棚をつくり、そこに絵を隠します。

テレビからは「ナショナルギャラリーから『ウエリントン公爵』が盗まれた」

と言う大ニュースが流れ、

「資金力と専門的なスキルをもつ国際組織」とか

「盗み出したのは身体能力の高い特殊部隊にまちがいない」

とか、おおまじめに放送していました。

ケンプトンは犯行声明を出し、絵を人質に「受信料の無料化」を訴えますが

たくさん送られてくるイタズラの投書にまぎれて、全く注目されず。

困った彼は、絵の裏についていた本物の輸送用タグを同封して

デイリーミラー紙に送ると、ようやく見つけてもらえますが、

彼のへんな要求はだれも理解してくれません。

 

そのころ彼はパン工場に職をみつけ、キズ物のパンをもらえてドロシーも喜びますが

ある日、上司が同僚のパキスタン人を差別するのを黙っていられず、

上司に刃向かって、またクビになってしまいます。

 

長男のケニーは家をでていたのですが、人妻のパメラと関係ができて、

家に連れ込んでいるうちに、パメラに戸棚の中の絵が見つかってしまいます。

 

情報提供料を山分けしようという申し出はさすがに受けられないので、
絵を返しにいこうと包装をしているところを ドロシーにも見つかってしまいます。

 



ケンプトンはナショナルギャラリーに直接絵を持ち込み、逮捕されます。
そして冒頭の裁判シーンへと続きます。

 

 

弁護士のハッチンソンは、前代未聞の犯行動機に驚き、勝ち目のない裁判だと消極的でしたが

傍聴席にはたくさんの人が集まり、世間からも注目される裁判となりました。

 

なんで私益でなく他人のためにこんなことをしたのか?と問われ

「14歳でボートが漂流したとき抵抗をやめて待っていたら、1時間後に救ってもらえた」

「あなたがいて私がいる」「善意の心が世界を変える」

ハッチンソンも

「被告は貧しい人たちのために絵を借りただけ。だから盗人ではない」と弁護し、

12人の陪審員の出した評決は

額縁窃盗については「有罪」としたものの、ほかの罪はすべて無罪で、

懲役3か月の刑がくだされました。

 

ケンプトンが出獄して4か月後・・・・

 

 

実は、絵を盗んだのはケンプトンではなく、息子のジャッキーでした。

清掃人の交代時に赤外線センサーが解除になる時間帯のあることを偶然知って、

トイレの窓のカギを前もって開けておき、そこから忍び込んだのです。

絵は額縁から外して宿のベッドのしたにかくしてしまって、それだけは返せなかたので

「額縁の窃盗」だけは免れませんでした。

 

父はジャッキーの罪をかぶってくれたのですが、

ジャッキーは良心の呵責に耐え切れずにアイリーンにつきそってもらって自首しますが、

「君を起訴するためにはまたお父さんを呼び出さなきゃいけないからやめとこう」

といわれ、放免されました。

 

 

映画『007/ドクター・ノオ』は(まだ絵が見つかっていないときに製作されたので)

ドクター・ノオの部屋にこの絵があって、彼が盗んだことになっていました。

バントン夫妻はテレビでこれをみて、大いに盛り上がります。

 

「イギリスBBC放送では、2000年以降、75歳以上の高齢者の受信料は無料になった」

とテロップが流れ、ケンプトン本人の写真が映し出されます。    (あらすじ  おしまい)

 

 

 

これがケンプトン・バントン

 

これが妻のドロシー

 

 

最後の写真はあんまり似ていて驚きました。

あとで知ったのですが、これはケンプトンの親族からの持ち込みネタなんですって!

ケンプトンの孫のクリストファー・バントンという人物。

 

 

彼が生まれる直前にケンプトンは亡くなっていたので、直接会ったことはないのですが

父からこの話をきいていたし、祖父の書いた戯曲も残っているし

細かいエピソード(パキスタン人をかばってクビになったとか)もホントの話なんですって!

 

このクリストファーの父は、そうすると、ケニーなのか?ジャッキーなのか?

ケニーだったら、ヤバい仕事とか人妻と同棲とか、酷い描き方をしてるのは変だし

ジャッキーだったら、「真犯人!」ですからね。

もう私は気になって気になって・・・・この話、聞かなきゃよかったと思ってしまいました。

 

それはそうと、裁判のシーンもけっこう人情噺みたいで、

これは陪審員制度だからこその無罪ですね。

盗んだときの具体的な自供もなければ、状況証拠すらなくて、

「証拠不十分の無罪」で、捜査はさらに続く・・・となるのが本来の形。

 

60年前ですからね、こんなゆるゆるの時代だったのかも。

実写フィルムをじょうずに取り入れながら、(そんなにお金かけてそうもないですが)

1961年の時代感がちゃんと出ていたように思います。

 

ナショナルギャラリー、この(ちょっと恥ずかしい)盗難事件を機に、

さすがに防犯システムをちゃんと見直したでしょうかね?