映画 「GAGARINE ガガーリン」 2022(令和4)年2月25日公開 ★★★☆☆

(フランス語ほか; 字幕翻訳 手束紀子)

 

 

フランス、パリ郊外にそびえ立つ14階建ての公営団地ガガーリン。
この名前はあの人類初の有人飛行の英雄ユーリ・ガガーリンから名づけられたもので
1963年の竣工時には、ガガーリン本人が招かれていました。
作品冒頭は、当時の住民たちの熱狂する声と映像からはじまります。

それから60年近くたち、2024年のパリ・オリンピックへ向けての再開発のため、

老朽化したこの団地が取り壊されるという噂が出る中、
ガガーリンと同じ名前をもった16歳のユーリはここで一人で暮らしています。
離婚で父は家を出て、母までもが息子を捨てて恋人のところへ行ってしまったのです。

ユーリは団地の解体を阻止するため、

母の置いていった金のロケットと引き換えに、10キロ分の廃材を購入、

親友のフサームと、ディアナと3人で、団地のエレベーターや電気系統の修理を始めます。

ディアナは近所のロマ人キャンプに住む少女で、

機械いじりが得意で、自動車を修理して飛行機代をかせいでおり、

自由の国アメリカにいくのが夢だといいす。


団地の住民は移民や所得の低い層ばかりですが、

いろんなコミュニティやサークルができていて、貧しいながらも楽し気です。

皆既日食がみられた時は、ゴーグルを持っていない人用に

ユーリが大きな遮光テントを張ってあげて、みんなで太陽を見上げました。

 

 

そんなある日、共用部分の設備点検に調査員が訪れます。

ユーリたちのがんばりで電気系統はまずまずでしたが、

そのほかの修理不能部分があまりに多く、調査中に地下からボヤさわぎまで起きてしまいます。

 

「床の沈下、ひびが多く・・・・アスベスト、避難設備、衛生面にも問題あり」

「修繕は不能で、半年以内の住民退去、解体を勧告する」

 

退去命令が出ると

ほかの住民たちは名残惜しそうにしながらも、次々に引っ越していきます。

フサームも家族と団地を出ていきますが、

母に電話をしてもいつも留守電に切り替わり、ユーリにはいくあてもありません。

 

子どものころから知っている年配の住民の女性が

「お母さんの恋人の家には庭もある。あした迎えにくるっていってたわ」

と言い残して南仏に旅立っていきました。

 

喜ぶユーリでしたが、結局は母は来ず

「子どもがうまれて大変なの。フサームのところに行ってて」

と手紙があっただけ。


団地はすでに封鎖され、解体作業がはじまりますが、
行き場のないユーリは、団地に残ったものを集めて、宇宙船のような空間を作り上げます。

水と食料を確保し、温室の中では野菜や植物が育ち、プラネタリウムのような部屋もあります。
ディアナがやってきて、その出来に歓声をあげます。

ディアナのキャンプにも突然退去命令が出て、重機でみるみる解体されてしまいますが、

もともと不法占拠だったみたいで、ディアナの家族も慣れた感じで車で即退去!
ユーリは団地のなかで、ほんとうにひとりぼっちになってしまいます。  

                                (あらすじ とりあえずここまで)

 

 


 
オリンピックに向けての再開発で老朽化した住宅が取り壊される・・・

って、まあ映画のネタとしては格好のパターン。

北京オリンピック前に胡同の昔ながらの街並みがなくなっていくのとか、

東京オリンピックでも、去年、こんなドキュメンタリー映画がありました。

 

 

こちらは社会派ドキュメンタリーなので、

「五輪の陰で終の棲家を失う老人たち」の映画だと思うんですが、

もともとこのアパートは1964年のオリンピック前に建てられたものだから、

ほぼこのガガーリン団地と同じです。

 

ガガーリン団地のある場所は、パリ郊外の労働者階級の多く住む地域で、

そもそも60年代には共産党の強い、ソ連とも仲のいい土地柄ということで

この命名がされて、ガガーリン本人を呼んだりできちゃったみたいなのです。

 

そしたら、退去命令に対する反対運動が起こったり、

抵抗して居座ったりする人がいそうなもんですが

今は最初から住んでいる人より移民の方が多いみたいで、

あっけないほど粛々と退去していきます。(実際はどうだったかはわかりませんが)

 

実は廃墟とか廃線とかは私にはたまらなく魅力的な存在で、

全盛期の賑わいや人々のいとなみを想像するだけで充分楽しく

1時間半、これから解体されるアパートを淡々と映してくれるだけでよかったんですけど、

そういう懐古趣味の映画でもありませんでした。

 

じゃあ、どういう映画かというと、

宇宙飛行士になるのが夢のユーリが、ひとり取り残されてしまった団地を

宇宙船に見立てて、生命維持活動をする・・・

という、まさかのSF風味のファンタジックな話なんですよ。

 

見終わって予告編をみると、

「ああ、なるほど」と思うんですけど、そこまでの想像力はなかったなぁ・・・・

 

とりあえず、ストーリーを最後まで書いてしまいます。ネタバレ扱いで・・・

冬になり、ついに団地が爆破解体される日がやってきます。
その瞬間を見にたくさんの人が集りますが、そこにはユーリの姿はなく、

ディアナは心配になりますが、とりあってもらえません。

爆薬が仕掛けられ、カウントダウンがはじまり・・・
爆破の瞬間を迎えても爆発せず、かわりに8階のすべての窓からハロゲンライトの灯りが灯りました。
ライトはモールス信号でSOSを伝えていました。

 

SOSを読み取ったディアナは、制止をふりきって建物のなかに飛び込みます。
倒れているユーリを発見すると、みんなで担いで彼を運び出します。
ユーリはゆっくりと目を開けました。            (おしまい)

 

 

「なかに人がいるのに爆破」とか、「海の上のピアニスト」じゃないですか!

1900みたいな悲劇的な最期を迎えるのかと思ったんですが

ユーリは最後生きて運ばれたような気がしたので、ほっとする半面

「この落とし前(爆破責任者とかの)はどうつけるんだろ?」

とか、もやもやしながら席をたちました。

 

いや、それ以前に

16歳の少年が親から見放され、団地に放置されて、

その団地が解体されるときいても、

「赤んぼが生まれて大変だから来るな!」とか、あり?

 

ほかにも、

ユーリは学校には行ってないの?

学校にいってなくて、なんで機械や天体に詳しいの?

そんな子どもがエレベーターとか直しちゃっていいの?

高そうな望遠鏡とか、誰が買ってくれたの?

とか、気になることが続々発生して、結局最後まで答えらしきものはなし。

 

親に全く捨てられたとしても、それにかわる支援があるはずなのに

それもなくて、最後はアパートごと爆破されちゃうの?

 

途中から、これはファンタジー映画なのかな?と思いつつも

現実部分が受け入れられなくて、なかなか頭が切り替えられませんでした。

 

前半部分から、ユーリが白いつなぎをきて、フルフェイスのヘルメットを抱え

まるで宇宙飛行士のようないでたちでぼーっと現れるシーンがあって、

このユーリの「夢」をどんどん広げたものがこの映画、ということなんでしょうね。

 

このシーンの画像は見つからなかったけど、

この予告編の「全身像」がこれにあたります。

 

ラストに近くなると、オレンジ色の宇宙服っぽいジャージ姿で、

いきなり無重力で宇宙遊泳したり・・・・

 

 

極寒の屋上で「船外活動」してるようなシーンとか

ライカ犬まででてきて、完全に「宇宙飛行士ごっこ」ですね、これは。

 

温室作って野菜を育てるのとか、「オデッセイ」で

宇宙に取り残されたマット・デイモンが、ジャガイモ育てて命をつなぐのを連想しました。

 

 

来場者特典のポストカードがまだ残っていたようで、こんなのを頂きました。

8階だけハロゲンライトが光っている団地が、まるで、宇宙ステーションのように見えます。

 

こういうビジュアルを最初から前面に出してくれれば

もうちょっと作品を楽しめたんじゃないかと思いました。

 

あとから良さがじわじわわかってくるのですが

現実部分の理不尽さにちょっとついていけなくて、見終わったときはきょとんとしてしまいました。

 

「これは社会派映画でも廃墟萌えの映画でもなく

解体寸前の団地に取り残された少年が、

たったひとりで宇宙ステーションごっこをする映画です」

というのを知った上で、もういちど見たくなりました。(ネタバレも悪くないかも)

 

 

 

 

関係ないけど、前にサハリンに行ったとき

「ガガーリン公園」というのがあって、

「ガガーリンはサハリン出身なのか!」と思ったら

一度本人が来たことがあるだけ、と聞いて驚きました。

 

「来てくれたからこの名前が付いたのか」

「来てほしくてこの名前を付けたのか」

いずれにしても、社会主義の国で「英雄」になるのって

名誉だけど大変なことだな、と思いました。