映画「クーリエ:最高機密の運び屋」 2021(令和3)年9月23日公開 ★★★★★

(英語 ロシア語; 字幕翻訳 チオキ真理)

 

 

1962年10月。

ソ連がキューバに核ミサイル基地を建設していることが明るみになり、

対立状態にあったアメリカとソ連は衝突寸前に陥る。

このキューバ危機を回避するために、アメリカ中央情報局CIAとイギリス情報局秘密情報部MI6は

スパイの経験など皆無だったイギリス人セールスマンのグレヴィル・ウィンにある諜報活動を依頼する。

それはモスクワに飛びソ連軍参謀本部情報総局GRUの高官と接触を重ね、

彼から得た機密情報を西側に持ち帰るというものだった。                   (シネマ・トゥデイ)

 

 

1960年8月12日、モスクワ

東西冷戦のただなか、フルシチョフの熱のこもった演説に拍手をおくるソ連軍の高官のなかに

オレグ・ペンコフスキーの姿がありました。

だれよりも高い忠誠心をもつGRUの模範的で有能な職員である彼は、

実はソ連の体制に強い不満をもっており、このままではだめだと考えるようになっていました。

 

ある日、彼はアメリカ人の若者のあとを追って、何かを手渡します。

「まっすぐ大使館に行って、首席公使にこれを必ず渡してほしい」と。

 

そのころセールスマンのグレヴィル・ウィンは、取引先と接待ゴルフをしていました。

帰ってきて、妻に「簡単なパットをわざと外して、旋盤を売ってきた」と。

東欧に出張が多く、商談をまとめるのが上手いウィン。

過去に浮気がばれて妻と険悪になったこともありましたが、

妻との平穏な余生を楽しみに、あと23年はこの仕事をしようと思っていました。

 

4か月後、

CIAのエミリー・ドノバンは、MI6のディッキー・フランクスと、極秘事項の相談をしています。

ソ連中枢の機密事項にアクセスでき、それを西側に提供してくれる

コードネーム、アイアンバーグと呼ばれる男(ペンコフスキー)の情報はここに到達していました。

西側の諜報機関としてはどうしても欲しい情報ですが、

それでは、誰がどうやって彼と接触するのか?エージェントでは怪しまれます。

 

そこで白羽の矢がたったのがウィン。

商談を装ってふたりは彼を呼び出します。

「スパイになってほしい」という衝撃の依頼に驚きますが、

核戦争の脅威から世界を救う仕事で、危険はないと説得され、

いつものような「ちょっと面倒な取引先からの依頼」

ビジネスのひとつとして、この話を受けることにし、

目印となるタイピンをつけて、いつもと同じようにモスクワに向かいます。

 

たくさんの商談相手と握手し会食。

そのなかにペンコフスキーはいました。

冷戦だろうが、機械や部品はどの国にも必要で、

「私はそれを売るためにここにきている」とウィン。

あたりさわりのない会話をしながら、ペンコフスキーは

「いちばん大事な質問をします、酒は強いですか?」

「唯一の取り柄(one true gift)です」と笑顔で答えるウィンでした。

 

ペンコフスキーが視察団の一員として訪英することもあり、

ウィンの家族と食事をとったり、普通の取引先を装いながらも、

妻のシーラは、夫の違和感に気づいていました。

 

「モスクワ出張が増えたら、なんかちょっとヘンなのよ。

急に怒りっぽくなったり、体を鍛え始めたり 夜も激しくて・・・」と友人にもらしますが、

せいぜい浮気疑惑程度で、まさか夫がスパイをしているとは思いもしませんでした。

 

キューバのミサイル基地情報などの重要機密情報はウィンによって国外に持ち出され

その後彼は(家族にばれることもなく)「任務」を解かれます。    (あらすじ とりあえずここまで)

 

 

 

 

言葉巧みに商品を売り込み、たくさんの人と会って、重要な人にはそれなりの配慮をつくし

大きな商談をまとめていく・・・そういうビジネスマンは今も昔もたくさんいて

ものづくりとは違う面から社会を支えてきたと思うんですが、

そういうごく平凡な

「体のゆるんだ大酒のみのセールスマン」が ある日スパイにリクルートされた実話です。

 

スパイといっても007やMIのように銃撃戦やカーチェイスがあるわけではなく

前半は、ル・カレのスパイ小説を読んでいるようなアナログな古典的な会話劇です。

ただ、当時のソ連の閉鎖的なさまは、今の北朝鮮を連想させますね。

フルシチョフを頂点とする共産党の一党独裁体制で、

「誰もがKGBと思え」といわれるほどの徹底した監視社会。

「貧困がバレないように観光客はモスクワから出さない」とか

「アメリカに情報を流したポポフ少佐は見せしめのためにみんなの前で処刑」とか・・・

 

そんな中でも何の訓練も受けていないウィンだからこそ、

仕事で身に着けた勘の良さや巧みな話術によって

厳しい監視の目をくぐって、何度かの「モスクワ出張」を難なくこなせたのでしょう。

 

それでも妻は夫の異変にきづいていました。

体を鍛えるようになったり、夜の営みが激しくなった・・・とかは

けっして人から要求されたものではありません。

自分から「いわゆるスパイ」に寄せてきてるようで、興味深かったです。

 

ウィンは行動を共にしているうちに、ペンコフスキーの考えや人柄に惹かれていました。

ペンコフスキーは家族といっしょに亡命させてもらう約束をCIA・MIと取り付けており

モンタナの大自然のなかでカウボーイをやってみたい、という夢をウィンに話していました。

 

以下、後半(ネタバレ)です。

 

ウィンは無事に職を解かれたものの、ペンコフスキーの亡命は難しいと聞かされ

「それじゃ話が違う!黙ってKGBに処刑させるのか!」

「まちがってる!」

彼への接触手段がないといわれると

「いまこそ僕を利用しろ! もし同じことがあったら、彼なら僕を見捨てない」

 

そのころモスクワでは、

ペンコフスキーは親友にもらったタバコを吸って意識を失い

病院に入院している間に部屋が捜索され、

機密書類をいれていた、隠し引き出しが見つかってしまっていました。

 

ウィンは「これが最後のモスクワ出張」と妻に言い残しモスクワへ。

亡命の手はずをペンコフスキーに伝えますが、

すでに監視対象となっていた彼は、あっけなくKGBに拘束されます。

 

ウィンは空港での手続きをすませ、帰りの飛行機に搭乗していました。

離陸を待つばかりでしたが、なかなか動きません。

ロシア語のわからない彼に、後ろの席の男性が英語で教えてくれますが

その直後にKGBが乗り込んできて、ウィンは拉致され、車に乗せられます。

(後ろの男性もKGBでした)

 

頭を丸刈りにされ、毛布1枚しかない極寒の刑務所に放り込まれたウィン。

満足な食事も与えられずやせ細った彼は、それでも自白調書にはけっしてサインせず

面会にやってきた妻には

「よくしてもらってる。ちょっと病気をしてやせちゃったけど」と笑顔を見せます。

そしてようやく1964年4月、

彼はイギリスで収監されたソ連のスパイ、モロディと交換に

ベルリンで開放されます。                        (あらすじ ここまで)

 

 

事前に関連本を読んでいたので、結末は予想できていたんですが

それでも飛行機が離陸しないところとか、心臓バクバクで観ていました。

彼が機内放送も聞き取れないほどロシア語がわからないのはちょっと意外でしたが

実際そうだったのか、ウィンの芝居だったのか?

 

実話をもとにはしているものの

「ウィンがペンコフスキーを亡命させる手助けをするために

自らモスクワ行きを志願した」

という部分は映画の脚色みたいで、

実際は別の用件でハンガリーに出張に行ったときにKGBにつかまったと

(前に原作本のテーマで書いた) この児童書には書いてありました。

 

 

 

 

それから、映画のなかでは運び屋はウィンだけみたいでしたが、

実際はほかにも複数いたようで、↑の本には

イギリス大使館員の妻とかが例にあげられていました。

そのなかでKGBに目をつけられて監獄にぶち込まれたのは彼だけでしょうけど・・・

 

後半、誰もが一番驚くのが、カンバーバッチの激やせぶり。

予告編には一瞬もでてきませんが、丸刈り全裸のシーンもあり、もうびっくりしました。

10キロ近く体重を落としたそうですが、いやいやもっとでしょう!

クリスチャン・ベールには負けるけど、

「ダラス・バイヤークラブ」の時のマシュー・マコノヒーのレベルですよ。

 

 

前半の 陽気で駆け引き上手のセールスマン役は

ほんとに彼の魅力全開で、適役だな~と思いながら見ていたので

あの真に迫った体当たり演技、この作品にかける本気度が伝わりました。

 

ペンコフスキー役のメラーブ・ニニッセの静謐な演技もよかったけれど

妻のシーラ役は誰か、最後まで気になっていました。

どこかで観たことあるような・・・と思ったら

なんと、「ワイルド・ローズ」のジェシー・バックリーでした。

 

(この画像はメイキングです)

 

ジェシーは、まだ31歳なんですね。

あんなはっちゃけた役でメジャーになりながらも、

ジュディ・ガーランドの晩年の聡明なマネージャーとか

今回の誰もが共感できる平凡な妻の役とか、

まさに「そこにいるべき人」を当たり前に演じられるのはすごい。

 

 

 

 

リンダ・カーデリーニみたいな女優さんになってほしいです。

 

 

ところで本作は

(妻に浮気も隠せないような)平凡なサラリーマンがスパイになって

世界を核の脅威から救う」

「冷戦下のリアル諜報戦」

というコピーに比べたら地味な仕上がりで

彼の持ち出した機密情報がどう利用されたかまではわからないから

ちょっとモヤモヤする部分もあるんですが、ともかく

ソ連がキューバに建設中の核ミサイル施設の内部情報が

西側にわたったことは間違いなさそうです。

 

ウィンとペンコフスキーの家庭のシーンに時間が割かれ

キューバ危機に詳しい人よりは、

私みたいになにもわからない人の心をとらえに来てますね。

 

何種類かある予告編も全部素敵!

ラストの激やせシーンはあえて外してありますが

それ以外の予告編を観るだけでも充分

カンバーバッチによるウィンの心の機微の繊細な表現を味わえます。

 

諜報戦を実話ベースで映画化するのって、いろいろ制約があると思うんですが

もう、これは最高! 迷わずに★★★★★です。