映画「オーバー・ザ・リミット 新体操の女王マムーンの軌跡」 令和2年6月26日公開 ★★★★☆

(ロシア語: 字幕翻訳  梶山祐治)

 

 

 

20歳のマルガリータ・マムーンは、新体操王国ロシアの代表としてオリンピックに出場するために、

練習漬けの毎日を過ごしていた。

アテネオリンピックで個人総合の金メダリストになったアリーナ・カバエワをはじめ、

多数のオリンピックメダリストを育ててきたイリーナ・ヴィネルの指導は、精神面で特に厳しかった。

マムーンの演技は優美だが、コーチは彼女にさらなる要求をする。            (シネマ・トゥデイ)

 

試合会場に向かうマルガリータ・マヌーン(以下リタと書きます)の後ろ姿。

コーチのアミーナが「調子はどう?」と声をかけます。

「ダルくて調子悪い」

「そんなこと、彼女には通用しないわ」

 

この「彼女」というのが、
ナショナルチームの総監督をつとめるイリーナ・ヴィネル。

この厚化粧にジャラジャラの飾りとぼうしをかぶった70近いおばちゃんで

本作の実質主役の暴言ババアです。

 

 

リタはロシアの新体操界のトップ選手なんですが、そのとき連覇していたのは

2歳年下のヤナで、世間はこの二人をライバル視していました。

 

試合後「競い合うのはどんな気分?」と聞かれたヤナは

「リタとはお互いに支えあういい関係です。

私の調子が悪い時はリタがカバーしてくれます。

ロシアが勝利することが一番大事なことです」

と、優等生の答え。

リタは

「大事なのは自分に打ち勝つことです」

と、ぽつりと答えます。

 

 

今回も優勝したのはヤナだったので、

イリーナからリタに対して、容赦ないことばが浴びせられます。

 

「なぜあんなに酔っぱらいみたいにブレてた?」

「なぜダメだったか、今すぐ答えろ!」

「答えられないのか」

「さっさと消えろ! 能無しは去れ!」

 

 

こんなのアドバイスでもなんでもなくて、ただの人格攻撃ですよ。

ババアの攻撃は、リタだけでなく、 コーチたちにも向けられるから

「このままミスし続けたら、彼女は怒るし、私たちコーチが悪役よ」

なんて、言われる始末。

 

 

アミーナはリタが子どもの時から教えてきた専属コーチで

一般的にみたら、充分スパルタの鬼コーチなんですが、

ちゃんと褒めてもくれるし、ちゃんと信頼関係ができている感じ。

ババアとくらべたら聖母みたいに思えます。

ただ、ババアのほうが立場は上だから、逆らうことはできないのです。

男性コーチやトレーナーもいるけど、誰もが何にも言えない状況で

リタがどんなにののしられても口出しもできません。

 

ババアに対して

「練習だとできるけど、通しだと、最後のほう、疲れてしまう」

とか、リタ自身はちょいちょい言い訳はするのですが

「甘ったれるな」「バカなの?」

と、何倍にもなって返ってきます。

 

リタの楽しみは、休みの時間に水泳選手の恋人とスマホで話したり、

実家で家族と過ごすこと。

リタの母はロシア人ですが、父はバングラディッシュ人なので、

黒い髪とエキゾチックな顔立ちに完璧なスタイル。

ちょっと上を向いた鼻もたまらなくキュートな女神のような美しさです。

 

2016年のリオデジャネイロオリンピックの直前、

リタの最愛の父がガンに倒れます。

それだけでも大変なストレスなのに、

ババアもイライラしていて、周りに当たりまくります。

リタの衣装替えのタイミングがちょっと遅いだけで大騒ぎ。

 

「ブレてる」

「へたくそ」

「傾いてる」

「ポンコツが!」

「くそったれ」

「くたばっちまいな」

 

こういう暴言は(プライベートな練習場だけでなく)

試合の直前練習でも容赦なく、公衆の面前で怒鳴っているのに

だれも問題にしないんですよね。

 

「瀕死の父親を思って演技に生かせ」

とかまでいって、

どんだけ他人の気持ちの分からない鈍感なババアなのかと、あきれるばかりです。

 

場面変わって、リオデジャネイロのオリンピック会場。

恋人とバスで一緒になって、笑顔をみせるリタ。

ババアはリオには同行してないのでやれやれと思ったら、

練習会場の大きいモニターから

「とんだ弱虫だ」だの「まぬけ!」だの、ババアの怒号が飛び交います。

 

なんと映画の本編はここまで!

これでおしまい!!

 

「翌日、リタは個人総合で金メダルを獲った」

「2日後、リタの父はガンで亡くなる」

「リタも引退する」

という、重要な展開があっさりと字幕で流れておわり                   (あらすじ ここまで)

 

 

 

新体操の女王ロシアのが金メダルをとるまでの

過酷な練習風景を「撮影できる範囲で接近して撮りました」

という ガチなドキュメンタリー。

 

バレエでもフィギュアスケートでも、美しさや優雅さを追求するものは、

その見た目とはうらはらに、

そこにいたるまでの訓練は過酷を極める・・・・

的なドラマはもう定番で、ほぼ想定内なんですけど、

本作に限っては、かなりの変化球で、ちょっと驚いてしまいました。

 

私たち観客も「オリンピックで優勝する」というラストを楽しみに

ババアに怒られても一緒に耐えていたのに、まさかの映像なし。

これには驚きました。

「あえてそういう構成にした」というよりは

きっとなんかの権利関係とかで画像が使えなかったんでしょうね。

 

映画を見終わって、即、リオオリンピックの動画を見て脳内補完した人多いと思いますよ。

「なんで お金払って、映画館行って、ずっと怒られつづけなきゃいけないの?」

ってお怒りの人もきっといたと思います。

私もあらすじ書くときに

「ババア」とでも書かないと、もう腹がたってたまりません。

そうでもしないと、こっちまでメンタルやられてしまいます。

 

それにしても驚くのが、これは権力者によるバワハラ・モラハラの「暴露もの」ではないこと。

エンドロールのspecial Thanksのところにイリーナ・ヴィネル(ババアの名前)が

ちゃんと書いてあったし、カメラを向けているのもしってるはずだし、

それでこの内容。

映ってないところではもっとひどいのかな?

 

映画以前に、試合直前の悪口雑言とか、きっとテレビのマイクにもはいってるでしょうし、

みんな知っててスルーしてる・・・・っていうか

「女帝」に対してはなにも言えない、ってところに

ロシアの深い闇を感じてしまいます。

 

選手の体もメンタルも、守ってやる筋合いのものではなく、

とにかく、「ロシアが金メダルをとればいい!」

「勝つのが正義!」ってことで、

そのためにはドーピングとか、全然悪いこととは思ってないのかも。

リオでも、リタが金メダル、ヤナが銀メダルと、ちゃんと結果をだしているから、

ババアの株は上がることはあっても、下がることはなかったんでしょうね。

 

ロシア、ロシアと書きましたけど、

日本でも少し前に女子体操界で同じようなことがありました。

 

                        ↑ この人 塚原千恵子女帝です

 

日本だって似たようなものかもしれないけれど、

とりあえず、ハラスメントが問題になっただけでもマシなのかも。

 

「ここまでしないと金メダル獲れないのか!」

というよりは

「メンタル強いガッツある子だけが残って、結局大舞台で強いのはそういう子」

って印象でした。

技術的なアドバイスをまったくせずに、ただただ怒鳴ってるだけのコーチは

ある意味「必要悪」なのかもしれないけれど、

今のスポーツ界では追放されて当然とは思いますけど・・・・

 

最後に、お口直しになりそうな画像をネットで見つけたので、

貼っておきます。

 

 

リタは引退したあと、2017年に結婚していました。

アレクサンダーって、映画のなかにも出てきてた恋人ですよね。

よかった! おめでとうございます!